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困惑

ご覧いただきありがとうございます

1986年5月26日月曜日、前日の日曜日が運動会だったためその代休で学校は休みでだった。


せっかくの休みだし、運動会で疲れていたので、俺としては昼までゆっくり寝ていたかったのだが、朝の9時からジュンこと山口淳平、イケこと小池伸二、フジダイこと藤井大介のいつもの四人組に、西豊治、吉岡大を加えたメンバーでイケの自宅近所の児童公園で遊ぶ事になった。


俺達は昼まで公園で野球をしたり、駄菓子屋で菓子を買って食べたりして遊び、昼前に解散してそれぞれの自宅に昼ごはんを食べに帰って行った。午後には俺と吉岡を除くメンバーがジュンの家に再集合するらしいが、俺はそれには加われない。


今日は月曜日なので、母は仕事に行ってるし、姉は中学の授業がある。父は東京に単身赴任で不在なので、昼ごはんは俺一人で食べる。母が前日に買っていたパンと、朝に作って冷蔵庫に入れてあった焼きそばが昼ごはんである。


俺は焼きそばを電子レンジに入れて温めた。冷蔵庫から麦茶を出してからコップに注いだ。


まずは温めた焼きそばを食べて、それからパンを食べた。


焼きそばとパン一個だけでは育ち盛りの体にはやや物足りない。もう少し何か食べたかったので、冷蔵庫や台所の戸棚を探ってみたが、こういう時に限ってすぐに食べられそうな物が無かった。


京子からは午後2時に来いと言われている。まだ2時間近く時間があるので、自分の部屋で時間が経つまでテレビを視た。


京子の家へは午後2時ちょうどくらいに着くように家を出た。自転車で数分の距離なのですぐに着く。


アパートとはいえなかなか綺麗な建物で家賃もそれなりにはするであろう。2階にある京子の部屋の前に立ち呼び鈴を押す。


十秒かそこらでガチャッという鍵の開く音がして、ドアが開き京子が顔を除かせた。


「いらっしゃい。さぁ、入って」


京子に促されて俺は玄関から中に入った。


「私の部屋で待ってて。飲み物何がいい? 少し暑くなってきたから、冷たいのがいいのよね?」


中身が21歳である京子は、前の人生で俺を家に招くのは慣れているのだろう。手際よく動いて、まるで俺が何を飲むのか知ってるかのように、台所の冷蔵庫から既に麦茶のピッチャーを出している。


(確かに、俺はダラダラお喋りする時はコーラやジュースよりも、麦茶やウーロン茶の方が好きなんだよなぁ)


俺は心の中で、京子の前の人生の世界にいた俺もそのあたりの好みは同じなんだなと思った。


しかし、京子が知っているのは21歳までの俺である。俺はその倍の年齢まで生きた経験があり、京子の知らない年月を生きているうちに、習慣も多少変わっていた。


「ホットのブラック」


俺が言うと、京子はなるほどという感じにうなずきながら戸棚からコーヒーカップを取り出した。


京子は俺用のホットコーヒーと自分用の麦茶を持って来た。


京子の部屋には椅子が勉強机の所に一つしかないので、俺はベッドに座る事になる。


「ベッドにこぼさないでよ」


京子が俺に注意しながらコーヒーカップを手渡して、自分は勉強机の椅子に座った。


「今の時期でもホットを飲むのね?」


京子は自分の読みが外れたのが悔しいのか、自分の知らない飲み物の嗜好を持つ俺が意外だったのかわからないが、真面目な表情で尋ねた。


「真夏の炎天下でも、コーヒーはホットで飲みたいんだよ。もっとも、缶コーヒーは別として、カップに入れて飲むコーヒーは社会人になるまで、ほとんど飲んだ事がないけどね」


「ふうん、そうだったね」


京子が納得したようにうなずいた。


「こないだの話だけど……」


俺はここに来た目的を切り出した。別にコーヒーを飲んでくつろぎに来たわけではない。


「田村君が過去に戻る事が無意味である理由ね」


「そうだよ。その理由を理論的に教えて欲しい」


これは重要な事である。俺が過去に帰る意味を失えば、何を目的にこの世界に来たのかわからなくなってしまう。


「今、私は過去に戻ると言ったけど、その言い方から間違ってるのよね」


俺には京子が言う意味がイマイチよくわからない。


「どこが間違っているのかい?」


俺は自分に意見が無いので、京子に先を促した。


「過去に戻るの、戻る、が間違ってるのよ」


京子は得意気な表情で言った。



「戻るじゃなければ?」


「日付上過去とされるに行く、と言えばいいわね」


俺は更にわけがわからなくなった。京子はあえて俺にわかりづらい言い方をしているのだろうが、話の要点がなかなか見えて来ない。


「今の自分を考えてみればわかるんじゃない?」


「今の……自分……」


俺は今の自分について考えてみた。今の自分は一年間小学生をやって、無事に一年間やり通せたら、未来に……いや、死んだ時基準だと過去に戻る事によって、死を回避出来る事になっている。


(あぁ、そうか)


俺は頭の中にひらめく物があった。だが、概念としてはわかるのだが、うまく言葉にまとめられない。


「うまく言えないんだけど、死ぬ直前に戻るにしても…………えーと、何て言えばいいか……」


俺は言いたい事を表す言葉が思いつかなかった。


「どうやら、少しわかりかけてきたようね」


京子は笑顔でうなずきながらノートを出して、そこに一本の横線を引いた。


「これが田村君の人生、横線の左に行くほど昔になるとするわね」


京子が一旦話を切って俺の方を見た。俺が理解しているか確認するつもりのようだったので、俺は黙ってうなずいた。


「この横線をあなたの最初の人生と仮定しましょう。線の途切れている所が、2017年4月1日」


「俺が死んだから途切れてるわけだな?」


「そうよ。じゃあ、今度は私の人生を書くわね」


俺の線の下に京子は短い線を引いた。俺の線の3分の1にも満たない短い線であるが、それを見て俺はピンと来た。


「その短さは12歳で自殺した最初の人生だな?」


「そうよ、私の最初の人生を表す横線よ。そして、私の二度目の人生はどう表せばいいと思う?」


京子が鉛筆を俺に渡しながら質問してきた。俺は鉛筆を手にノートに書かれた京子の最初の人生を表す横線を見つめていた。


「こうじゃないかな? 二度目の人生は、確か、4年生くらいに戻って21歳まで生きたんだから、このあたりから始まって俺の半分くらいだな」


俺は京子の最初の人生を表す線のエンド、つまり12歳の地点の少し前あたりから横線をなぞり始めた。やがて、12歳のエンド地点を過ぎてノートに新たな線が延長されて行く。そして、21歳だから俺の線の半分くらいの長さで線を引くのをストップした。


「田村君、わかったような顔をしてて、全然わかってなかったのね」


京子がため息を吐きながら言った。


「正確はこうよ」


京子は俺がなぞり始めたあたりから、最初の人生を表す横線から枝分かれした新たな横線を引き始めた。そして、俺の線の半分くらいの長さまで枝分かれした横線は延びていた。


「つまり、二本目の線が引かれるわけか」


その線を見ながら、俺はある言葉を思い出した。


「これが並列世界か……」


横線が三本引かれたのを見ていると、確かに並列である。


「ようやく、わかってくれたわね。じゃあ、私の三度目の人生は?」


俺は京子の二度目の人生の12歳あたりから線を分岐させた。まだ、京子はこの世界に来て日が浅いから、分岐した線は横に折れてすぐにストップした。


「正解よ。じゃあ、私が田村君の二度目の人生の線を引いてあげるわ」


京子は俺の最初の人生を表す横線の、12歳のあたりから分岐した線を自分の三度目の人生を表す横線に合流させた。


「なるほどね。俺の二度目の人生と君の三度目の人生は同じ並列世界だもんな」


俺は納得してうなずきながら言った。


「じゃあ、田村君がこちらで一年間過ごした後、死ななかった事にするために、死ぬ直前に戻ったとしたらどうなるか線を引いてあげるわ」


京子が俺と京子の人生が合流した線から線を少し延ばした。これが一年間という意味だろう。


そこから点線を俺の一度目の人生に向かい延ばした。点線は転生という意味だと俺は解釈した。


京子が延ばした点線は俺の一度目の人生を表す横線に合流する事なく、その手前で止まった。そして、一度目の人生の横線から分岐を作り点線と交わらせ、そこから横に線を引いた。


「こうなるのよ」


京子は俺をジッと見つめながら言った。


「あぁ……なるほど」


俺はノートに書かれた何本もの線を見ながら、京子が何を言いたかったのか理解した。


「仮に死ぬ前に戻ったとしても、そこにいる妻と子供は、俺が死んだ時にいた妻と子供とは厳密に言えば別人という事だな?」


俺の言葉に京子は大きくうなずいた。


「そういう事よ。つまり、田村君が死ぬ直前に戻っても、そこは田村君があそこで死ななかった世界という別の並列世界なのよ。田村英樹君が2017年4月1日に死んだという世界はそのまま存続しているのよ」



「神様が言ってた、死んだ事を無かった事にするというのは、あくまで俺自身にとって死んだ事が無かった事になるだけだったのか」


俺は言った後考えて込んでしまった。京子の言うように、妻や子供のためにという大義名分は無くなってしまった。


「もし、帰るか帰らないかの選択で、帰らない選択をしたとしても、帰る選択をしたという並列世界は作られて、今ここにいる田村君とは別の田村君がそこに行く事になるわ」


京子が説明するが、言葉の意味はわかるのだが、それを具体化して頭に叩き込む事が出来ない。そもそも、並列世界など漫画の中の話だと思っていたので、現実になったとしても、そこまで細かい設定まで考えつかないだろう。


「という事は、間抜けな祖先のために、過去にロボットを送り込んで未来を変えようというあの漫画は、ストーリーが成り立たない事になるな」


俺は誰もが知っている有名な漫画を思い出した。当時の日本人の子供はほぼ全員読んだ事がある漫画であり、ストーリーの根本は並列世界やタイムトラベルが題材なので、俺達はまがいなりにも並列世界についての知識があった。もし、あの漫画が無ければ、並列世界とは何かという事から理解しなければならず、大変な手間になっていただろう。


「要は妻や子供ではなく、君を選べと言いたいんだろ?」


あれこれ難しい事を抜きにすれば、この言葉に集約されるはずだ。


「そうよ」


京子は『文句あるか?』と言わんばかりのドヤ顔で言った。普通の人間なら、少しくらいはためらいがあるはずだが、ここまで堂々と言われると一周回って清々しさまで感じさせる。


「そうか、でも俺は最初の人生と違う並列世界であっても、子供が成長して行く姿は見たいさ」


「………」


俺の言葉に京子の表情が険しくなった。


「それと同じくらい、君と歩む未来ってのも見てみたい」


実際のところ、こちらも俺の本音である。確かに、京子と二人で生きて行くという選択肢は魅力的だ。考えただけでもワクワクする。


「まぁ、すぐに決められる事ではないわね」


京子は表情を幾分柔らかくして言った。京子としても、一人の人間のこれからの人生の大きな岐路での選択が即決出来るわけがない事くらいはわかっていた。


この時、俺はふと思った。ここに来た時は京子と共に人生を歩もうなど全く考えていなかった。しかし、今では半分くらい、このままこちらに残ってもいいと考えている。


(今、決められる事ではないが、どうしようか決まらない時点で、あちらの人生に戻る気持ちが薄れているんだろうなぁ)


俺自身、改めて考えてみると、もう既に京子の虜になっているのだろう。むしろ、ここからあちらに帰る理由を見つける方が困難にすら思えた。


「あぁ、もうわけわかんなくなってしまったよ」


あれこれ考えると、自分がどうしたいではなく、どうするのが周囲も含めてベストなのかが問題になりそうである。


「今、ここで決めろとは言わないわ。あなたがそのような選択をする時の判断材料を与えただけだから」


京子が落ち着いた表情で言った。感情の高ぶりは治まったようである。


「その選択をする時まではまだ300日くらいあるし、それまでにまだ色々考えると思うんだ。やっぱり、その時にどう考えているかは今はわからないよ。今ここで、どうすると言うのは軽率すぎると思うね」


俺は正直に言った。帰るにせよ残るにせよ、ここで決めてしまってその時に気が変わっている可能性もある。ここで確約するのは絶対に後悔する事になると俺は考えていた。


「オーケー、悩ませてしまって悪かったわね。もう、この話は終わりにしましょう」


京子が笑顔で言って飲み物を片付けるために立ち上がった。


「田村君、今日は何時まで居られる?」


京子がコーヒーカップとコップを片付けるために行った台所から大きな声で尋ねた。


「6時には帰らないとな」


俺も京子に聞こえるように大きな声で答えた。しばらくして、洗い物をして濡れた手をヒラヒラさせながら京子が自室に戻って来た。


「まだ3時間以上あるわね」


京子が穏やかな笑顔で言ってから、ベッドに座る俺の横を通り抜けて寝転んだ。


「田村君も大人なんだから、たまには女の体を触らないといけないでしょ?」


ベッドに寝転んだ京子が、手を伸ばし俺を自分の方に引っ張っている。


「……あぁ、そうだな」


俺は京子に引っ張られながら、自分の体を京子に覆い被せていった。


それから3時間あまり、俺と京子は大人に戻りベッドの上で濃厚な時間を過ごした。

次回はクラス内で実にくだらない事件が起きます。

お楽しみに

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