第44話 誰の答え
「どうして撤回したの?」
桐島の問いに、瀬戸はすぐには答えなかった。
瀬戸は短く息を吸った。
「……根拠がなかったんだ」
「根拠?」
「ああ。神谷一人が原因だっていう見方に、納得できなかった。でも、違うって言えるだけのものも持ってなかった」
桐島が眉を寄せた。
「それで、撤回したの?」
「それだけじゃない」
瀬戸は、一度息を吐いた。
「違うと思うなら、何でそう思うのか、自分で考えなきゃいけないだろ」
「うん」
「でも、俺には答えがなかった。考え続けても、ちゃんと説明できる気がしなかった」
瀬戸は、膝の上に置いた手を見た。
「だから、やめたんだ」
「考えるのを」
桐島は、黙って聞いていた。
「納得したわけじゃない。ただ、もう考えなくていいことにしたかった」
「……自分で?」
「ああ。俺が決めた」
田所が口を開いた。
「でも、それっておかしいことか?」
瀬戸が顔を上げる。
「根拠もないのに、違うって言い続ける方が問題だろ」
「そうだな」
瀬戸は答えた。
「そこは俺も間違ってなかったと思う」
「だったら、何を後悔してるんだよ」
「言い切れないことと、疑問まで引っ込めることを、一緒にしたんだ」
田所は、続きを待った。
「根拠がないなら、断定しなきゃいい。でも、納得できないって思ったことまで、なかったことにしなくてもよかった」
「……それで?」
「分からないなら、分からないって言えたはずなんだ」
瀬戸は、少しだけ言葉を選んだ。
「神谷一人が原因だって決めるには、まだ分からないことがあるんじゃないか。そういう疑問として話すことも、できたと思う」
桐島が首を傾げた。
「でも、それで何か変わったのかな」
瀬戸は、すぐには答えなかった。
「分からない」
そう言ってから、続ける。
「誰かが一度、立ち止まって考えるきっかけにはなったかもしれない。でも、何も変わらなかったかもしれない」
「……そっか」
「今になって、そう思ってるだけだ」
桐島は、瀬戸を見ていた。
「それでも、後悔してる?」
「ああ」
瀬戸は答えた。
「結果が変わったかどうかじゃない。俺は、自分が納得してないことまで、考えるのをやめたから」
田所が、短く息を吐いた。
「でもさ。疑問に思ったことを全部言ってたら、きりがないだろ」
「そうだな」
「それに、根拠がない話をされた方は困ることもある。誰かが疑われるような話なら、なおさらだ」
瀬戸は頷いた。
「それは分かる」
「だったら、簡単に口にすればよかったとも言えないだろ」
田所の声は強くなかった。
瀬戸も、その指摘を否定するつもりはなかった。
「誰かが原因だって、根拠もなく言うつもりはない」
「じゃあ、何を話すんだよ」
「俺が、まだ納得できてないことだ」
田所が眉を寄せる。
「それを聞いた方は、どうすればいいんだ?」
「同じように疑ってくれなくてもいい。答えを出してくれって言うつもりもない」
瀬戸は、そこで一度言葉を切った。
「ただ、俺が疑問に思ってることは、俺の言葉で話せるはずなんだ」
「……話して、それから?」
「確かめられることがあるなら、確かめる」
瀬戸は答えた。
「分からないことは、分からないまま考える」
田所は、椅子の背に体を預けた。
「俺には、それでいいのか分からないけどな」
「ああ」
瀬戸は、田所を見た。
「七年前の俺を責め続けたいわけじゃない。ただ、また同じように黙って終わらせるのは嫌なんだ」
田所は何も言わなかった。
「今度は、自分で引っ込めずに考える。必要なら、人にも話す」
瀬戸はそこで言葉を切った。
「それが、今の俺の考えだ」
桐島が、小さく息を吐いた。
「……そっか。だから、今は話したんだね」
「ああ」
「少し分かった気がする」
桐島は田所を見た。
「でも、根拠がない話は慎重にした方がいいっていうのも分かる」
「そうだろ」
田所が答えた。
「うん」
桐島は、少し考えてから続けた。
「私も、まだ神谷のことをどう考えたらいいか、分からないし」
瀬戸は、桐島の言葉を聞いていた。
水野が口を開いた。
「私、ちょっと思ったんだけど」
瀬戸がそちらを向く。
「七年前、同じように何か引っかかってた人、ほかにもいたかもしれないよね」
田所が水野を見る。
「……誰かいたのか?」
「ううん。私は知らないよ」
水野は首を振った。
「でも、そう思ってても、言葉にしなかった人がいたかもしれない」
瀬戸は黙って聞いていた。
「だから、今、瀬戸が話してくれたのはよかったと思う」
水野は続けた。
「少なくとも、こういう考え方もあったんだって、私は知れたから」
「……そうか」
「うん」
水野は、少しだけ声を落とした。
「それで神谷のことが分かったわけじゃないけどね」
「ああ」
「私も、まだ決められない」
それ以上、水野は続けなかった。
瀬戸は、目の前の五人を見た。
話したことで、神谷の件について新しく分かったことはない。
それでも、水野は聞けてよかったと言った。
その言葉を、瀬戸はすぐに返せなかった。
「……瀬戸」
岡崎が呼んだ。
「何だ」
岡崎は少し迷ってから、口を開いた。
「話してくれて、ありがとう」
瀬戸は、思わず岡崎を見た。
「礼を言われるようなことじゃないだろ」
「うん。そうかもしれないけど」
岡崎は、小さく笑った。
「知らなかったから。瀬戸が、あの時そんなふうに考えてたなんて」
瀬戸は、返事に迷った。
岡崎も、それ以上は言わなかった。
瀬戸はようやく、小さく頷いた。
相馬は席に座ったまま、話を聞いていた。
桐島が田所を見る。
「田所は?」
「何が?」
「瀬戸の話、どう思った?」
田所はすぐには答えなかった。
「撤回した理由は分かった」
そう言って、瀬戸を見る。
「でも、俺はお前と同じようには考えられない」
「ああ」
瀬戸は答えた。
田所は、少しだけ眉を上げた。
「それでいいのか?」
「お前は、そう考えてるんだろ」
「ああ」
「だったら、聞く」
田所は、しばらく瀬戸を見ていた。
瀬戸が声を掛けた。
「お前は、どう考えてるんだ?」
田所は、瀬戸を見返した。
それから、ゆっくり口を開いた。
「じゃあ、今度は俺の話を聞けよ」




