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奇人街狂想曲  作者: かなぶん
第二節:雨上がりの逃走劇

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第22話 遅れた誤算

 闇間を爆ぜる炎。

 照らされた顔は虚ろと思しき表情を示すが、青の双眸の奥底では、昏い激情が静かに凪いでいた。

 見るとも為しに見つめ続けて、時の経過だけが頭上の月によって表され――

 その頭が不意に、小さく前へ突き出された。

「…………送り火、みたいなものさ」

 述懐のように呟く声は、無表情でありながらどこか喜悦を交える。

「人のモノに手を出すのは、賢い選択ではないだろう?」

 炎に向かって問えど、返事はない。

「僕はねぇ、これでも一応、親として彼女を愛おしく思っているんだ――っと」

 言えば更に前へ突き出される頭。不自然な姿勢を強いられているにも関わらず、ここで初めて浮かんだ表情は苦笑だった。

「短気だねぇ。安心なさい。あの娘は無事だよ。これは……まあ、ちょっとした嫉妬だね」

 そう言うと、指輪を幾つもつけた趣味の悪い手を、炎の中へ躊躇いなく入れ、空気を送るように燃えている布をひっくり返す。

 朱に染まる朝焼けのグラデーションは、すぐさま焦げつき、灰を目指して炎の浸食を甘受する。

 そんな布とは対照的に火傷知らずの手は、身体を支えるべく地に置かれた。

「本当は僕が介入すべきことではない。分かってるさ。僕は一つ昔の者。それでも――お節介でも、親として何かしてあげたいんだ。あの子が望むなら、叶えてあげたい」

 今度は手を炎へ翳すに留め、しばらく爆ぜる音に目を細める。

 そうして振り返れば、後頭部に突きつけられていた銃口が眉間に埋められた。

 突拍子のない行動。

 しかし、相手は怯まず、振り向いた方も皮肉の笑みを浮かべるのみ。

「まあ、君は気に食わないんだろうが。……店主、望みはないのかい?」

 答えの代わりに軽い破裂音が響く。

 至近だったにも関わらず大幅にずれた弾は地に埋まり、深く抉れた穴だけが放たれた存在を知らしめる。

「…………ワーズ・メイク・ワーズに望みはないよ。ただ、この身の種に従って種の温存を図るだけ。だから人間は大好き。でも死んだ者を思う芸当はしない。――お前のように」

 最後は吐き捨てるように告げ、下げられる銀の輝き。

 用は済んだとばかりに、ふらりと傾いで背けられた顔色は、白いまま、何の変化も映さない。

「やれやれ……しんみりムードはおじさんに似合わないってか。やめてよね、人の傷抉って挑発すんの。それでうっかり君を傷つけちゃったら、ますますおじさん凹んじゃうよ」

 おどけた調子でうなだれながら、滲む声には苦笑が混じる。

「知るか。……ああ、そうだ」

 無下に切り捨て去ろうとした背が、ふと思い出したように止まった。

 振り返る白い面はシルクハットの影の中、どんな形状をしているか分からないが、ぱっくり開いた血色の口は言う。

「望み、一個だけあったよ。ワーズ・メイク・ワーズは猫が食べたいんだ」

「それは……生まれた時からずっと言ってたじゃないか。それこそ、君の身体が本能的に求めるだけで」

 肩透かしを喰らったような返答に対し、血色が笑みに引き結ばれた。

「そう。……けど、最近は特に食べたいんだ。泉嬢がいるから猫も近しいし」

「…………もしかして、慰められているのかな、おじさん」

 惚けた言い草を白い面は鼻で笑い、ふらふら背を向けて駆け出していく。

 残された青い目は炎に戻り、焦げた姿をふんわり慈しみながら眺める。

「望みは望むからこそ望み足りえる……望み続けられない望みは望みじゃない……つまりは、希望を捨てるなってことかな? 全く……店主にしては上等だ。と、すると、コレを燃やしたのもあながち無駄ではない……と思って良いんだろうかねぇ?」

 思い起こすのは、白いシャツの娘。

 拝借した罪悪感はちょっぴりあるものの、総合的に考えれば、良かったのかもしれない――そう結論づけたのも束の間。

「……うん? シャツ?…………あっれー? もしかしてお嬢さん、すっごく危険な状況じゃない?」

 口調は軽いが、笑んでいた口の端が引きつった。

 曲りなりにも奇人街。

 露出は極力避けるべきで、結果的に剥ぎ取ってしまった衣服は、芥屋の従業員を知らしめるモノ。

 最近、猫と従業員に関して不穏な噂が横行しているため、身につけるだけで今までより更に安全な衣服は、燃えカスと化している。

 慌てて立ち上がり、白い面が走り去った方向を目指そうとすれば、非常に不味い気配が近寄ってくる。いつもならさっさと逃げるところだが、相手が去ったばかりの黒一色を追う可能性がある以上、足止めをしない訳にもいかない。

「うわー、おじさん、ここまで後悔したの久々かも。お嬢さん、無事でいてね」

 やがて来るであろう、嬉々とした合成獣の少女に身構えつつ、褐色の髪の娘を思い起こした中年は、濃ゆい顔を半ばげっそりとしたものへと変えていくのであった。

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