奈落 ー 誓い
奈落の戦い・第一話「誓い」
焚き火の明かりが揺れ、金属の擦れる音が夜気に混じった。
誰かが武器を磨き、誰かが革袋を傾け、微かな酒精の匂いが漂う。
湯を分け合い、苦い豆の香りを啜る者もいた。
低く交わされる言葉は笑みに似て、戦の前のひとときとは思えぬほど穏やかだった。
ヴァレオンは沈黙のまま仲間を見渡した。
その眼差しに言葉は要らない。
レインズの横顔――冷ややかで揺るがぬ黒曜のような静けさ。
その確かさは人を従え、場を支配する。国が形を得たとき、この男は宰相として未来を導くだろうと、ヴァレオンは疑わなかった。
ドルクの背――雷鳴のように大きく、烈火のように真っ直ぐな影。
義に沿って刃を振るうその姿は、すでに近衛を率いる将軍に等しい。民と城を護る者として立つ姿が、ありありと浮かんでいた。
サラの瞳――澄んだ泉に灯火を宿す光。
知と慈しみを兼ね備えたその眼差しは、子らに学を授け、民を豊かにする。彼女が学び舎で子供たちに微笑む光景は、幻ではなく未来そのもののように思えた。
それは夢想に過ぎなかった。
だが脆い幻想ではなく、鋼の未来。
この戦いを越えたなら、必ず実現するという確信だけが、ヴァレオンの胸奥で燃えていた。
焚き火が小さくはぜ、夜の帳が深まる。
誰もが武器を傍らに、杯や湯を手にしていた。
そのひとときの穏やかさを断ち切るように、剣が掲げられる。
「勝利を」――レインズが低く唱える。
「守護を」――ドルクが応じ、火花のように重なる。
「帰還を」――サラの声は柔らかくも清らかだった。
「生を」――ティクの言葉は小さく、それでも焔に届いた。
「……信を」――ロカが俯き、曖昧に言葉を落とす。
声は祈りのように重なり、夜空へ昇った。
星々が応えるように瞬き、その静けさは儀式の聖堂に似ていた。
ヴァレオンは沈黙のまま剣を掲げる。
その沈黙こそが頂点の誓いであり、誰よりも雄弁だった。
そして彼らは歩み出す。
待ち受けていたのは光ではなく、深淵の闇――底知れぬ奈落。
踏み込んだ瞬間、世界は祈りごと色を失った。