奈落 ー 決戦前夜
夜は深かった。
焚火の火は小さく揺らぎ、兵たちはそれぞれの持ち場で息を潜めていた。
明日、彼らの多くはここにいない。
それを誰もが理解していた。
誰も口にはしない。
言葉にした瞬間、何かが崩れてしまう気がした。
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レインズは静かに剣を磨いていた。
刃に映る炎の影は、やけに長く、重く揺れている。
「…明日は、必ず終わらせる」
誰にともなく落ちた声を、夜風だけが拾った。
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近くではドレクが粗末な革袋を抱え、仲間と酒を分け合っている。
笑ってはいるが、その笑いは空ろで、目の奥に怯えが滲んでいた。
「最後に飲むなら、今しかねえだろ」
杯を掲げた手は、わずかに震えていた。
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ティクは火から離れ、闇の中に立っていた。
彼はただ空を見上げている。
星は見えない。
だが、その眼差しは戦場の先を見ていた。
遠い未来か、それとも――何もない虚無か。
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焚火が小さくはぜる。
火花が舞い、すぐに闇へ溶けた。
静けさは祈りに似ていた。
それでも、祈りは届かない。
ここで生きる者たちは知っている。
明日を決めるのは神ではなく、刃と硝煙だけだ。
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ヴァレオンは何も言わず、焚火を見つめていた。
炎の奥に映るのは未来ではない。
死だ。
そして、その死の向こうにしか“旗”は立たない。
嵐はもうすぐ来る。
この静けさは、最後の静けさだった。




