幕間:二 王家の判定、すべて勝者のもとに
前回と今回のエピソードには、刺激が強く、人によっては不快に感じられるかもしれない描写があります。ご注意ください。
王府への帰途、振り返れば、空に煙がたなびいていた。人を焼く煙だろう。
たかだか一週間で、いくつの命が失われたことか。
あの獣に、統治などをさせてはならない。
ランベルトはその意を強くしたが、国政として、封建領主の治世には口を出さぬのがしきたりだった。
せめて、あの勅書が戒めとなれば良いと思っていたが、コルネリウスの様子を見れば逆効果だったようだ。
あんな人間が少なくない人間の生殺与奪を握り、その悪をただすことが自らにはできなかった。
そう思えば、なんの成果もなかったこの旅の、帰路の情けなさもひとしおだ。
「リリイ・アメルハウザー」
唯一の希望の名を口にして、ランベルトは馬に鞭を打った。
たくましい身体が躍動し、風の中、疾駆する。
あらゆる、ほとんど脅迫的なまでの歓待のすべて拒み、振り払うようにして下城した。
留まっていれば、いかなる陰謀に巻き込まれたか知れない。
「頼むぞ。私には、ここまでしかできなかった」
幾度か目にした、美貌の姫君の姿を思い描く。
黄金をまぶしたような髪と、意志の強そうな瞳が印象的だった。
しかし、少女の肩は細い。
それでもその肩に、この領地の行く末を、ゆだねるしかない。
望むべく結果は、奇跡に等しい。
コルネリウスの追及を潜り抜け、力を蓄え、その暴政を討ってもらう。
年端のいかぬ少女だ。付き従うものも多くはないだろう。政治も戦も経験がない。
なにより、領主を相手に戦をするだけの器量があるかどうか。
正しくエックハルト・アメルハウザーの血を引く彼女が立ち、仲間を集め、コルネリウスと戦端を開くまで、すべてがうまく運んだとして、幾年かかるものか。
「それまで耐えてくれ、領民たちよ」
ランベルトの呟きは風にさらわれ、やがて散った。
その願いが、思いが、誰かのもとへ届くことはあるだろうか。
***
ガラスの砕け散る音がした。続いて女たちの悲鳴が響き、獣が吼えるような憤怒の猛りが轟いた。
火焔を噴き上げんばかりに顔を赤くして、コルネリウスは怒り狂っていた。
「ふざけるな、なぜだ、どうしてこうなる!」
うなり、部屋を徘徊し、調度品を蹴り散らし、怒声を上げる。獣だってもう少し分別のありそうなものだ、と女たちはひそかに思っている。それがわかるだけに、コルネリウスはいよいよ荒れた。
淫欲と酒で、どろりと淀んだ目が、怒りの矛先を求めて漂った。元メイドのひとりが標的にされ、髪を掴まれ引き倒される。
「な、なにを! お、お許しください!」
無論、ランベルトが去ってから、女たちは残らず全裸に剥いてある。抵抗する元メイドの頬を張り、おとなしくさせると、コルネリウスはその肌に爪を食い込ませた。
「なぜだ、なぜわしの思う通りにならん!」
「お、おやめください、コルネリウス様!」
すでに女の声は耳に入っていない。にも関わらず、ほとんど本能的に、コルネリウスは自らの欲望をむき出しにし、その猛りのままに女を責めた。憚って視線を下げる周囲の女をののしり視線を集めてから、馬乗りになって女を辱める。
その間も、コルネリウスの頭からは、ランベルトに告げられた顛末が去らない。
「なぜ、なぜ! なぜ誰も! 誰もわしを認めないのだ!」
気絶するほどに責められた女は、その挙句のさらなる責めで意識を取り戻し、またあまりの衝撃に気を失いかける。死にそうになって口を開閉させるころになってコルネリウスはその女を解放し、また別の女にのしかかった。
そうして、裸の王は、むさぼるように色にふける。
コルネリウスの欲は、無尽蔵と言ってよかった。異常体質なのだろう。一日中、飯を食い排泄をし、時には眠りながらでさえ、女を抱いた。それをすることでしか精神の均衡を保てなかった。
狂人の類なのだ、とコルネリウスは自覚していた。こうして酒色にふけっていないと思考がまとまらない。欲望を解放させながらでないと生きてはいけない。貧しい農家に生まれていたら、成人する前に己の色欲と精力で身を滅ぼしていたに違いない。
床に髪を敷いて、息も絶え絶えに倒れこむ女たちを見下ろして、コルネリウスは歯がみした。いくら女を犯したところで、一向に気が落ち着かない。
「あの小僧……」
始末の意味で女の口を使いながら、コルネリウスは考える。ここに至った経緯、その果てにある結末を。
もともと、王府への付け届けだけは欠かさなかった。時に王政に口を挟む越権を犯す兄よりも、多くの官僚に、自らの方がうまく取り入っていた。だからクーデターを起こしたのだ。
コルネリウスがエックハルトを討っても、王府は不問に付す。さらには、正当な後継者としてコルネリウスを承認する。
そういう密約だった。
しかしたしかに、その条件には、禍根を残さぬ意味で、リリイ・アメルハウザーの首を取ることがあった。
しかし、そうだ、王府との話は付いていたのだ。そこに抜かりはなかった。そのはずだったのに、事情が覆った。ランベルトか、あるいはいくらかのエックハルト寄りの重臣の差し金に違いない。
「なぜ、地方領主のひとつくらい、放っておかんのだ!」
王府の軍に攻められればひとたまりもないが、王は自国内の争いの鎮圧に軍を用いられることを病的に嫌われる。そこが狙い目だった。うまく政治を丸め込めば、自分が立てるものだと思ったのだ。
今になって、王府は約定違えて、とんだことを言い出した。小憎らしいランベルトの顔を思い出しながら、コルネリウスは砕かんばかりに奥歯を噛んだ。
――兄上の排斥について、貴君の言い分にはなにやらつじつまの合わぬところがある。一方で、貴君の言い分を虚偽であるとするだけの根拠は王府も持たぬ。
――エックハルト・アメルハウザーの娘、リリイ・アメルハウザーが存命であることも我々は聞き及んでいる。人づてに聞く彼女の言い分によれば、貴君こそ簒奪者であるという。
――王府はこれまでのしきたりに従い、領主の相続争いに強権をもって介入することはしない。しかし、亡き領主の弟君と姫君が、並び立たぬ主張をされている現状において、一方のみを重んじる沙汰を下すわけにもいかぬ。
――したがって、どうしても、結論はこのようになろう。
――両者、意を尽くして話し合うなり、矛を交えるなり、好きにされよ。倶に天を戴かぬというのであれば、どちらかが地上から消えるしかあるまい。いずれが立とうとも、それが堂々たる戦場での果たし合いによるならば、ただ一方のみが凱歌を上げるならば、あるいは双方の合意による結果であるならば、王家は名のもとにアメルハウザーの保存を約束する。
――「すべて勝者のもとに」。それこそが国是である。
ランベルトは、さらにこのようなことを付け加えた。それまではせめて、城を持つコルネリウスを領主として認めるが、このままでは相続は許されない。一代限りの贅を尽くして滅ぶか、旧主の胤を焼き尽くすか、選べ。
言ってしまえばそういうことになる。
いかにも、あの道楽の過ぎた、何を考えているかわからぬ王の考えそうなことだ。
リリイ・アメルハウザーを殺さない限り、アメルハウザーはコルネリウスのものにならぬ。であれば、やるべきことは決まっているのだ。
いや、と女を蹴倒して、コルネリウスは立った。意識のある女すべてを土下座させ、その頭を尻を眺めながら考えをまとめていく。
何も、こうまで怒る必要はないのだ。やることはこれまでの方針と何も変わらないし、それはきっと、人間が二本足で歩くことくらい容易なことだ。
つまり、リリイを見つけ出し、血祭りにあげる。できればあの生意気な面を悲痛に歪ませ、無様に許しを請わせてから、考えられる限りの淫虐を尽くしてから首をはねる。
そのことに、変わりはないのだ。
「たかだか小娘ひとり、ろくな武力も持たぬ。全力で探し出し、この騒ぎを終わらせてしまえばよい」
手ごろな尻を蹴り上げて、そうと決まれば、とコルネリウスは浴室へ足を向ける。風呂にでも入りながら、また別の女を抱きながら、今後の算段を付ける。
数分後、城中に届くような嬌声が、浴室に響き渡った。
王の衣をまとった獣の日々は、そのようにして過ぎる。
金の少女獅子が、いままさにその玉座を取り戻すべく鋭い牙を磨いていることなど、知る由もなく。




