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幕間:一 簒奪者の淫欲、家名の恥

ブックマーク、評価などありがとうございます。

今回と次回のエピソードには、刺激が強く、人によっては不快に感じられるかもしれない描写があります。ご注意ください。

 ランベルトは、気が進まなかった。

 王府より、アメルハウザーの城へ派遣されることになった理由は承知している。その任務の重要性にも疑いはない。


 なにより、王家に仕えるものとして、与えられた任務に不平不満を漏らすような愚は犯せない。

 それだけわかっていても、ランベルトのため息は灰色に曇った。


 昼夜兼行の強行日程に不満はない。十分な供も装備も与えてもらった。

 そもそも王家におけるアメルハウザーの窓口はここ十年、ランベルトが一手に引き受けてきたのだから、自分以外に適任がいないことも理解している。


 不満なのは、これから訪ねる相手のことだけだ。


「簒奪者め」


 馬を走らせながら、誰にも聞こえないようにつぶやく。

 先代、エックハルト・アメルハウザーは徳の高い人物だった。親しく会話をさせていただいたことは数度しかないが、それだけで人物の大きさは知れた。

 心ひそかに敬慕していた。


 それが、暴政の濡れ衣を着せられ、討たれた。ほかならぬ実弟、コルネリウス・アメルハウザーによって。

 兄とは似ても似つかぬ男だった。見た目の押し出しだけは悪くないのが、いっそう始末に負えなかった。


 欲望に弱く、自尊心だけが高く、人を人として見ない。

 あまりにも不遜な面つきに、会うたびにこらえようのない吐き気を覚えたものだ。


「お前の、思う通りにはいかんぞ」


 王からの勅書を懐に、ランベルトは馬を責める。

 遠くの山際にはすでに、天を衝く尖塔を備えた、アメルハウザーの勇壮な城が見えている。



***



「ランベルト殿。これはこれは、よくいらっしゃった」


 大声で告げながら、コルネリウスが謁見の間に入ってくる。

 王家の使者として訪れた。その旨も参上するおおまかな時刻もすでに先行させて伝えてあった。

 にもかかわらず、ランベルトはこの間で四時間も待たされた。


 苦言のひとつも呈さなければなるまいと、振り返ってコルネリウスの姿を見るなり、しかし、言葉などどこかに飛んで行ってしまった。


「すこし、お待たせしてしまったようですな。まったく申し訳ない」


 ゆったりと進み、大儀そうに腰かける。ランベルトは対面に座ったコルネリウスの顔をまじまじと見つめ、こういった場において取るべき態度について思案しなければならなかった。

 酩酊も甚だしい赤ら顔は、つい先ほどまで酒を飲んでいた証だろう。王家の使者を下座に置く無礼も、不愉快だが不問にしてよい。


 しかし、その装いだけは、我慢ならなかった。


「コルネリウス殿。私ならばあと十分待つくらい、どうということはありません。いますぐ、お召し物を正してこられよ。恐れ多くも、王の勅書を賜る装いではあるまい」


 怒りを押し殺し、声が震えぬように笑顔を繕った。しかし、膝の上に置いた拳の震えだけはいかんともしがたい。

 コルネリウスは、裸身にナイトガウン一枚羽織っただけの姿で、王家の使者に謁見しているのだ。


「ああ、これはお見苦しいところを。しかし、まんざら意味のないことでもないのですよ、ランベルト殿」

「なに?」

「すぐに、貴殿もお分かりになる」


 にたり、と厚い唇が酷薄な微笑を形づくった。

 その意味を考える間もなく、コルネリウスが卓上の鈴を鳴らすと、ぞろぞろと女たちが部屋に入ってきた。


 半裸、とすら言えない。

 あえて局部を露出させることを目的とした下着のみに身を包んだ女が、後から後から部屋に入ってくる。


 十数人ほどもずらりと並び、全員が肌をあらわにしたまま、直立の姿勢を取る。

 羞恥に肌が染まり、歯の根がかみ合ってないものもいることを思えば、彼女たちが望んでそうしていないことは明らかだった。


 コルネリウスが右手を上げると、女たちが一糸乱れぬタイミングで深く首を垂れた。


「わたしどもは、コルネリウス様にお仕えしております。ご命令にはすべて従いますので、なんなりとお命じください」

「まあ、こういうことですな」


 ますます笑みを深くして、コルネリウスは、指を枉げた。

 するすると傍に侍ったふたりの女の胸を、その太い指でもてあそぶ。


 女は羞恥に頬を染め、身体を固くしている。

 そういう出自の女ではないのだろう。明らかに、命を脅かされ、その代償にこの恥辱に耐えている。


「コルネリウス殿! これは……」

「まあまあ、そう大きな声を出さないでいただきたい。酒の残った頭には、それが響くのです。……おい、もっとこっちによれ。そうだ、足を広げていろ。もっとだ、もっと開け!」

「私はただちに失礼させていただく!」

「まだご用件を聞いておりませんが? あ、こら、腰を引くな。指が届かないだろう。……興がそがれたな、額を床につけて謝罪せよ」


 腰を抱かれていた女のおもてに、屈辱の色がさっとよぎった。

 しかし、コルネリウスの不興を買うわけにはいなかったのだろう。


 乳房も臀部も、頼りない一切れの布でしか隠すことを許されない女は、その場にひざを折り、床に頭をつけて謝罪の意を述べた。


「そうだ、立場がよくわかったか? 元騎士団だろうと何だろうと、わしに逆らえばこうなるのだ。お前は、なんだ?」

「わ、わたしは、コルネリウス様のお慈悲で生かされているだけの、な、何のとりえもない愚か者でござい、ます。こ、コルネリウス様を、よ、喜ばせることにしか、能のない女で、ございます!」

「そうだな。あえてそれを飼ってやっているわしに、常に感謝の念を絶やさぬことだ。お前の命と、大切な家族の命が惜しいのならな」


 コルネリウスは、その女の頭にあえて足を乗せ、さらにそれを舐めるように言った。女は表情を殺したまま舌を伸ばす。

 ランベルトは、席を立った。この嬌態は、明らかにおのれに見せつけるために繰り広げられていた。いますぐ退席しなければ、おのれの誇りに傷がつく。


 しかし、立ち上がったランベルトの肩に、女たちが次々としなだれかかってきた。

 強引に振り払ってなお動こうとすると、耳元でささやかれた。


「お慈悲を。お願いします、お座りになってください。ここで、あなた様に去られてしまえば、わたしどもの落ち度とされます」

「そうなれば、またあの、ひどい責めや罰が……。お願いです、わたしたちのために、今しばらくのご辛抱を」


 歯を食いしばった。声も漏らさなかった。音を鳴らして椅子に座り、コルネリウスをにらみつける。

 怒声を浴びせかけようとしたところを、哄笑でさえぎられた。


「いやあ、愉快だな。愉快だ。笑え。辛気臭い顔は好まぬ」


 コルネリウスは、足元にひざまずく女に向かって言った。

 女は一度固く目を閉じ、強引に口角を上げた。


 ひきつった、見るも無残な、それでも笑みにはなった。

 コルネリウスは満足そうに前をはだけて、顎をしゃくる。


 女の舌が、這いあがっていく。


「嬉しいか、わしに仕えることができて。兄のような偽善ばかりの無能ではなくて」

「光栄に思います、コルネリウス様」

「そうか、では続けろ。うむ、よい」


 あまりのことに血の気が引いた。剣を、執事に預けたことを後悔しないわけにはいかなかった。

 この獣を、一日でも早く排除しなければならない。


「コルネリウス殿」

「おお、ランベルト殿。どうですかな、その堅苦しいベルトをお外しになっては。気に入るものがいなければ、まだ奥におる者たちをお呼びしましょう」

「こちらが、王からの勅書にございます」


 下種の声など、耳に入れるだけ不快だった。

 懐から書状を差し出し、卓上に広げる。


 コルネリウスの濁り切った目が書面に注がれ、やがて眉間に深い皺が寄った。

 歯ぎしりの音が聞こえたかと思うと、喉の奥から怨嗟の呻きが漏れた。


「なんだこれは! 話が違うではないか!」

「しかし、これが王命であります」


 努めて冷静に返す。コルネリウスは立ち上がり、全身を震わせている。その怒りに触れぬように、女たちは一斉に退いた。

 そのことがさらに癇に障ったのか、コルネリウスが女の一人に手を伸ばしかけた瞬間、耐えかねてランベルトは大喝した。


「控えられよ! ここに記されておる通り、王府はいまだ貴殿を、アメルハウザーの正当な後継として認めておらぬ! 狼藉も大概にされたらどうか!」


 王都にも、鼻薬を嗅がされたくらいでは信念を曲げぬ、清廉な官僚は残っている。

 彼らと共謀の末、ようやくここまでたどり着いた。


 エックハルト・アメルハウザーが遺した一人娘、リリイ・アメルハウザー。

 彼女が、まだ生きている。


 王府は、コルネリウスとリリイのいずれにも、いまだ正式な後継者の地位を認めないとする態度を、この書面でもって明らかにした。

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