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夏の向日葵  作者: 暁紅桜
第5章_夏の嵐
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12話《十数分前》

「それじゃあ、帰るときにまた連絡くれ」

「うん、ありがとう」


 お盆が明けて、ルミは夕月ゆづきに学校まで送ってもらい、登校した。

 久しぶりの学校には、夏休みにもかかわらず、既にたくさんの生徒が部活に勤しんでいる。


「暑いなぁ……」


 夏空を見上げ、ルミは校舎の中に入って行く。

 昇降口を抜け、階段を登って二階にある職員室に美術室の鍵を取りに向かう。


椎葉しいば先輩、もう来てるんだ」


 鍵は既に、先に来ていた椎葉が持っていったようで、教室は空いているとのことだった。

 先生に「わかりました」と告げたときに、歌恋かれんと一緒じゃないのかと聞かれて、返事に戸惑った。最近ずっと一緒にいることは、先生たちも気づいていたようで、少し気恥ずかしく、慌てて職員室ででてしまった。


「歌恋先輩……」


 結局、連絡は一切来なかった。最初の方は既読もついていたが、今ではもう既読はつかなくなった。何度も見た個人メッセージのやりとり。ルミはぎゅっと、胸の前でスマホを握りしめた。


春宮はるみやさん?」


 不意に名前を呼ばれ、声のした方に視線を向けると、そこには袴姿の慎也しんやの姿があった。


「こんにちは」

「こ、こんに、ち、は……」


 俯き、少し小さな声で挨拶をするルミ。慎也とは撮影会の時少し話しただけでそこまで親しいというわけではない。それに、その時は歌恋がそばにいたが、今は一人で、どうすればいいのかわから図、ただあわあわとするだけだった。


「あ、ごめん。急に話しかけて。見かけたからつい」


 手を合わせて慌てて謝罪する慎也。それを見たルミは、少し落ち着いて、小さな声ではあったが「いえ」と答えた。


「今日は先輩と一緒じゃないんだね。さっき見かけたから、てっきり一緒だと思ったけど」

「見かけたって?」

神薙かんなぎ先輩。補講もないのに来てたから、てっきり春宮さんの付き添いだと思ったけど」

「先輩、来てるんだ……」


 どうして、という疑問もあったが、それ以上に歌恋に会えるかもしれないという嬉しさの方が優っていて、思わず笑みがこぼれてしまう。


「春宮さんは、いいな」

「え?」

「あっ、ごめん。別に深い意味はないんだ。ただ……」


 俯き、彼はどこか寂しさそうに言葉を漏らす。


「同姓だったら、もっと楽だったのかなって」

「……そう、でもないかもしれません」

「え?」


 思わず出てしまった言葉に、ルミは慌てて口を手で抑える。なんでそんな言葉が出たかわからない。でも、同姓だから、異性だからって、なんでもうまくいくわけではない。今の現状がそうなのだから。


「あの、高崎たかさき先輩」

「ん、何?」

「先輩は、歌恋先輩に告白しましたか?」


 その問いかけに、一瞬きょとんとする慎也だったが、すぐに顔を真っ赤にして慌て出す。


「な、え?お、お兄さん、から、き、聞いたの?」

「い、いえそんなことは」


 想像以上に戸惑っていることにも、夕月が知っていたことにも、ルミは二重で驚いた。

 別に、誰かに聞いたというわけではない。ただほんの少し、やりとりを見て、そう思ったのだった。それを慎也にいえば、バレバレだったかと恥ずかしそうに頭をかいていた。


「告白はした。でも、受け入れてはもらえなかった。多分先輩には好きな人がいる。春宮先輩じゃない、別の人」


 寂しそうな慎也の瞳。自分でもなく、ましてや恋敵と思っていた相手でもないという悔しさが彼の中にはあった。

 ルミは無意識に片手を唇に持っていく。

 頭の中にはあの日の光景と言葉が浮かんで響き、体があの日の熱を思い出して、少しだけ疼いた。


「それじゃあ、俺は部活に戻るね。先輩を見かけたら、よろしく伝えておいて」

「は、はい」


 手を振ってその場をさる彼に、ルミも慌てて手を振り返した。

 遠くなっていく足音。しばらくすれば辺りは静まり返り、ルミはその場で俯いた。次に彼女が動き出したのは、吹奏楽部の合唱が始まった瞬間。美術室に向かって一歩、長い髪をなびかせながら踏み出した。


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