13話《好奇心》
「失礼します」
学校に戻り、二人は美術室の鍵を取りに職員室に向かった。ルミは中に入り、歌恋は外で彼女が戻ってくるのを待った。
来た時と同じ、校舎内に吹奏楽部の演奏が響き渡り、遠くから、僅かに運動部の掛け声が聞こえる。
室内とはいえ、エアコンの入っていない校舎は扉や壁で閉鎖されている分、外よりも暑さを感じてしまう。歌恋の額から汗がにじみ出て、頬を伝って床に落ちる。タオルで拭っても、汗が引くことはない。
「失礼しました」
職員室の扉が開き、足元を僅かに涼しい風が通り抜けた。扉の方に視線を向ければ、中に一礼するルミの姿があった。
「鍵あった?」
「はい。まだ戻ってないみたいです」
「そっか。まぁ作業してればそのうち戻ってくるだろうし」
「そうですね。今日は少し進めたいので、頑張りましょう」
「頑張るのはルミだけどね」
二人並んで美術室へと向かう。話す内容は午前中だったりカフェで話したため、つい先ほどの職員室のことを話した。涼しかったや、入るときに緊張したとか、知らない先生に対応されたなどなど。
「あ、先輩。私、ちょっとお手洗いに行ってくるので、先に鍵を開けててもらっていいですか?」
「待ってようか」
「大丈夫です」
「そう?」
ルミから鍵を受け取り、彼女が女子トイレに入って行くのを確認すると、そのまま美術室へと足を運ぶ。
鍵を開けて中に入れば、物音ひとつ聞こえない。
出入り口のエアコンパネルを操作して、ルミの絵の近くに荷物を置いて椅子に腰掛けようとした。
だけど、歌恋はふと、奥の扉に目を向けた。
帰り道にルミはその教室のことを聞いた。毎年、美術部員の中で一番の優秀者に与えられ、そこで自由に絵を描くことができる。出入りも本人か、本人の許可した人間しかできない。ここ三年は椎葉がずっと使っており、部員の間では次は誰が使うのだろうとそわそわしているのだと。
「そういえば、ちゃんと見たことなかったな」
椎葉がいつも絵で賞を取っているのは当然歌恋も知っている。だけど、どんな絵を描いているのかは実際のところ知らない。
少しだけ芽生えた好奇心。歌恋はゆっくりと扉に近づく。部屋がしまっていれば、大人しく椅子に座ってルミを待とう。もし、開いていれば……。
ギシっと僅かに扉が軋みながら、ゆっくりと扉が開いた。鍵は閉まっておらず、歌恋はゆっくりと中に入る。
美術室と同じ、鼻を突く絵の具の匂いを強く感じながら、教室内にある絵を見渡していく。動物の絵や食べ物の絵。植物やよくわからない絵など、いろいろな絵が中には飾られている。ルミの描いているものと違って、絵の具の色が濃く出ており、ものすごいインパクトを感じる。
「さすが……っていうのかな。やっぱり才能あるんだ」
僅かに溜息を零しながら、一歩、一歩と足を進めて行く。
「ん?」
不意に目に止まったその絵には、黒い布が被せてあった。他の絵はまるで好きに見ていいと言っているのに、この絵だけはダメだと言っているようだった。どんな絵なのだろうと思いながら、黒い布に手を伸ばし、ぎゅっと掴んで上にめくろうとした。
「先輩!」
背後から聞こえた声にどきっとして、布から手を離して後ろに振り返る。そこには、頬を膨らませたルミの姿があった。
「勝手に入っちゃダメですよ。椎葉先輩に怒られます」
「ごめんごめん。好奇心で思わず……」
「もう……入ったことは黙ってますから、早く出ましょう」
「わかったから引っ張らないで」
二人はそのまま準備室から出て行き、ゆっくりと扉を開いた。
またしんと静まり返った準備室内。他の絵よりもひっそりとその存在を隠しているその絵は、歌恋がめくろうとしたことで、少しだけその姿が表に出してしまった。
僅かに見えるキャンパスの右下には、この作品のタイトルが鉛筆で書かれていた。
【愛しい百合】




