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第37話 反芻

 いつまでも一人で塞ぎ込んでいても仕方がない。

 

 薄暗い部屋の中でふと窓の外へと目を向けると、空はすっかり燃えるような茜色から、夜の訪れを告げる濃い藍色へと染まり変わろうとしていた。


 どうやら僕は、かなりの時間を眠りに溶かしてしまったらしい。

 

 立ち上がり僕は自室の扉を開けた。廊下に漂う冷たい静寂が、少しだけ火照った頭を冷ましてくれる。

 

 とりあえず目覚めたことを報告しようと、僕は軋む床板を踏みしめながらゴレムさんの部屋へと向かい、控えめにドアを叩いた。


「ん?アラタさんですか?入って良いですよ。」

 

 部屋の中から、いつもと変わらない穏やかな声が響く。ドアを開けると、ランプの暖かなオレンジ色の光に照らされたゴレムさんが、優しく微笑みかけてきた。


「体の方は大丈夫ですか?」


「はい……すいません、ご心配をおかけして」

 

 僕は自分の不甲斐なさに少し目を伏せながら答えた。


「いえいえ、そもそも私が言い出したことですしね。気に病むことはありませんよ」


 ゴレムさんはふわりと笑うと、少し身を乗り出した。


「どうです?コナトスさんに話、聞けましたか?」


「それが、情けないことに……」

 

 僕は力なく苦笑いを浮かべ、バツが悪そうに頭を掻いた。


「ハハ!そうだったんですね。でも、もう聞く必要もないでしょう?」


 ゴレムさんの朗らかな笑い声が、僕の胸のつかえを少しだけ軽くしてくれる。


「コナトスさん、まるで憑き物が綺麗に落ちたような、清々しい顔をしてましたから」


「それなら……よかった」

 

 ほっと安堵の息が漏れる。彼が前を向けているなら、僕の失態も少しは報われるというものだ。


「ちなみに、アカリとコナトスは今どこに?」

 

 ふと二人の気配がないことに気づき、室内を見回しながら尋ねる。


「さっきまでここで待ってたんですけどね。流石に待ちくたびれたみたいで、二人で先にご飯を食べに行くって出かけていきましたよ」


「あれ、ゴレムさんは一緒に行かなかったんですか?」


「いや……ここで目覚めたアラタさんを、一人ぼっちで置いて行くのは流石に可哀想だなと思いましてね」

 

 ゴレムさんは悪戯っぽく目を細めた。


「ゴレムさん……」

 

 胸の奥がじんわりと温かくなる。やっぱり、この人は人が良すぎる。


「アレスとの決闘について気になっているのでしょう?でも、その話し合いはみんなが揃ってからにしましょう。まずは腹ごしらえです。私たちも夕飯にしましょうか。準備、手伝ってもらえますか?」


「はい!勿論です!!」

 

 沈んでいた気持ちはどこへやら、僕は弾んだ声で大きく頷いた。

 

 そんな温かなやり取りをしていると


 ——バンッ!!

 

 突如、階下からギルドの入り口の重厚な木の扉が、乱暴に開け放たれる大きな音が響き渡った。


「アラタいるー?」

 

 続いて、よく通る快活な声。急いで階段を降りて行くと、そこには満足げな笑みを浮かべたセイヴィアが立っていた。


 そして、その背後——大きな影のように付き従うシュピーゲルさんが、ひどくバツが悪そうに、借りてきた猫のように背中を丸めて立っている。


「あっ!セイヴィア!!………なんだか、結構てこずったみたいだね」

 

 僕は思わず目を瞬かせ、絶句した。シュピーゲルさんのトレードマークとも言える重厚な鉄兜。その側頭部に、見事なまでの『拳大の凹み』がくっきりと刻み込まれていたのだ。


「うん。ちょっと彼と『話し合い』をしてたらさ。遅くなっちゃったよ」

 

 セイヴィアは悪びれもせず、屈託のない笑顔で言い放つ。

 

 ……絶対にひと悶着あったんだろうな。いわゆる話し合い(物理)というやつだ。


 誰の拳がその硬い鉄兜にこれほど見事な一撃を入れたのか、想像するのは全く難しくない。

 

 僕は心の底から、無言で俯くシュピーゲルさんに(御愁傷様です……)と深い哀悼の意を送った。


「ま、まあ丁度良かったよ。今からゴレムさんとご飯作るところなんだけど、セイヴィアも一緒にどう?」

 

 僕はなんとか引きつりそうになる頬を引き締め、空気を変えようと提案した。


「いいの!?」

 

 セイヴィアの顔がパッと明るくなる。


「うん。良かったら、シュピーゲルさんもどうですか?」

 

 恐る恐る、彼にも声をかける。


「俺は……」シュピーゲルさんは兜の奥で視線を彷徨わせるように口ごもり、「準備は手伝うが、共に食事をとるのは遠慮しておく」と固い声で断った。


「そんな寂しいこと言わずに、一緒に食べましょうよ」


「そうだよシュピーゲル。ボクももう怒ってないからさ。そんな子供みたいな意地張らずに一緒に食べようよ」

 

 原因を作った張本人であろうセイヴィアが、からかうように背中を叩く。


「……意地を張っている訳ではないんだが。ハァ……」

 

 シュピーゲルさんは兜の奥で深いため息を一つこぼし、観念したように肩をすくめた。


「……分かった。俺もいただくとしよう」



⬜⬜⬜⬜⬜


 ギルドの厨房に移動した僕たちは、早速4人で夕食の準備に取り掛かった。


「それじゃあ、シュピーゲルさんはそっちの野菜をお願いできますか? アラタさんはお肉の筋切りを」


「了解です!」


「……ああ、分かった」

 

 ゴレムさんの的確な指示のもと、僕とシュピーゲルさんは手分けして調理を進める。


 驚いたことに、シュピーゲルさんは非常に繊細で無駄のない包丁さばきを見せていた。手際よく、そつなくこなしていく様は、どこか歴戦の料理人を思わせる。


 というか……鉄兜邪魔じゃないのだろうか?


「うーん……あれ? なんでこうなるの……?」

 

 一方で、一人厨房の端で苦戦を強いられているのがセイヴィアだった。

 

 どうやら彼女は料理をするのが初めてらしく、まな板の上の野菜は見るも無惨な大きさに乱切り(というより破壊)され、鍋に入れようとした調味料は派手にこぼれている。


「あっ! 焦げちゃった!」


「セイヴィア、火力が強すぎだよ。もっと弱火で……って、うわぁ!?」

 

 僕がフォローに入ろうとした矢先、セイヴィアがむきになったように両手をバシッと合わせた。


「もうっ、こうなったら……『憑依(ロード)・ゴレム』!!」

 

 カッ、と彼女の身体が淡い光に包まれたかと思うと、セイヴィアの雰囲気が一変した。

 

 彼女はまるで熟練の職人のような滑らかな動きで包丁を手に取ると、トトトトトッ!と、先ほどまでの不器用さが嘘のような目にも止まらぬ千切りを披露し始めた。


 これはアイドルバトルの時に見せた技?今度はゴレムさんの技術を完全に再現しているのだろうか?


「て……いや、料理のために能力使うなよ!!」

 

 僕はたまらず声を上げてツッコんだ。

 

 当のゴレムさんは「おや、私の手捌きそっくりですねぇ」と呑気に感心しているし、シュピーゲルさんは無言で黙々と野菜を洗い続けている。

 

 そんなこんなでドタバタはあったものの、なんとか無事に美味しそうなシチューと香草焼きが完成した。


「いただきまーす! うんっ、美味しい!」


「ええ、皆さんのおかげでとても美味しくできましたね」

 

 大きなテーブルに料理を並べ、和やかな雰囲気で食事を進めていた最中のことだった。

 

 ふと視線を向けると、シュピーゲルさんの姿が、いつの間にか消えていた。


「あれ? シュピーゲルさんがいない……」


「そういえば、いませんね」とゴレムさんが言う。

 

 せっかく一緒に食べようと言ったのに。

 

 僕は少し気になって、「ちょっと探しに行ってきます」と席を立ち、ギルドの中を歩き回った。

 

 薄暗くなり始めたギルドの一階。その一番端っこ、影に隠れるような目立たないテーブル席に、一人の人影があった。

 

 食事をとっているその背中は、見慣れない白髪の男性のものだった。しかし、その体格や横に置かれた見覚えのあるへこんだ兜から、彼が誰なのかはすぐに分かった。


「シュピーゲルさん、こんなところにいたんですか」

 

 僕が近づきながら声をかけた瞬間。

 

 彼は横にあった鉄兜を素早く被り直し、こちらを振り向いた。


「お前か……俺のことは気にしなくていい」

 

 兜の奥から響く声は、いつも通り低く、そしてどこか他人を突き放すような響きを含んでいた。

 

 僕は彼の向かいに立ち、少しだけためらいながらも口を開いた。


「あの、答え難かったらいいんですけど……一緒にご飯を食べたがらないのって、その鉄兜を被っていることと何か関係があるんですか?」

 

 素顔を見せたくない理由が、何かあるのだろうか。そう思っての問いかけだったが、シュピーゲルさんは少しだけ顔を背けた。


「……いや、単純に人見知りなだけだ。」

 

 明らかに何かを誤魔化している、不自然な声色だった。深く追及してはいけないような気がして、僕が言葉に詰まっていると、不意にシュピーゲルさんが静かな声で問いかけてきた。


「お前は……今楽しいか?」


「え?」


「この生活が、だ」

 

 思いがけない質問に僕は少し驚いたが、素直な気持ちを口にした。


「はい……とても。英雄だの、一騎討ちだの、大変なこともいっぱいありますけどね。でも、楽しいです」

 

 僕の答えを聞いて、シュピーゲルさんは兜の奥で小さく息を吐いた。それは安堵のようにも、深い後悔のようにも聞こえた。


「そうか……なら良い。お前は……俺みたいになるなよ」


「え? それってどういう……」

 

 僕がその言葉の真意を問いただそうとした途端、シュピーゲルさんは椅子から立ち上がった。空になった皿をテーブルに置き、僕を一瞥する。


「美味かった。悪いが片付けておいてくれ」


「あ、ちょっと!」

 

 引き留めようと手を伸ばした僕を遮るように、彼は背を向けた。


「明日の朝には戻る。聖女様にはそう伝えておいてくれ」

 

 そう言い残し、シュピーゲルさんは足早にギルドの出口へと向かい、重たい木の扉を開けて夜の街へと消えていった。

 

 残された僕は、彼が座っていた席と空の皿を見つめながら、言葉の意味をただ一人、反芻することしかできなかった。


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