第0話 水鏡の夢
知らない物語の断片が、まるで古い映画のフィルムが焼けるように、意識の裏側にこびりついて離れない。
夢を見ていた。
木霊するモンスターの咆哮、立ち込める硝煙、鉄錆の混じった血の匂い。そのただ中で、一人の男が立っていた。
彼の振るう剣はすでに刃こぼれし、身体からは鮮血が滴っている。それでも彼は止まらない。背後で怯える、誰かの安寧を守るために。
その英雄は、モンスターに怯える人々の為にこの世界に魔術をもたらした。
その英雄は、押し寄せてくるモンスターの群れから、故郷を一人で守護していた『狐の獣人』の負担を減らした。
その英雄は、陽の当たらない湿った湿原に住む。誰からも顧みられない、孤独な一匹の『黒いスライム』に名前と居場所を与えた。
その英雄は、瞳から光を失った『癒しの聖女』の手を優しく取り、吹き付ける風の中、世界がいかに残酷で、同時に美しいかを語り続けた。
その英雄は、遥かな高みに至ったが故に絶望し、過ぎ去った過去に想いを馳せるしかなくなった一人の『剣士』に未来への希望を与えた。
その英雄は、生まれながらに空を奪われた『片翼の女王』に、作り物の翼の知恵を与えた。
その英雄は、ただ契約のままに動く無機質な『ゴーレム』のその胸を叩き、「君はどうしたい?」と問いかけた。
そしてその英雄は……静寂が支配する月の夜に、祈るように目を閉じる『エルフの少女』の胸を、その剣で貫き、殺した。
他を救うための、あまりに清廉で、あまりに独りよがりな犠牲の強要。彼女の流した血が、彼がこの世界にもたらした救済の光さえも、どす黒く塗りつぶしていく。
そしてその英雄は……エルフの少女を殺されて激昂する一人の『竜人』を騙し、殺した。
そして全員の理想であり続けようと自分を殺し続けた英雄に与えられたエンディングは、『愛する人』に殺されるというバッドエンドだった。
きっと全ての人の理想になることなんて不可能だ。
誰かの理想が、違う誰かにとっても理想とは限らないのだから。
本当に馬鹿げた夢だと思う。きっとこの英雄は、子供の時に眠りについてから一度も目を覚まさなかったのだろう。
……でも全員の理想であり続けるという生き方は、願いは、果たして間違っているのだろうか?
結果はどうであれ、少なくとも僕は、その生き方を美しいと思ってしまった。
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水鏡に映った偶像はここで終わる。
ここからの物語は一度決まった運命を改稿する物語。
この物語を虚構にするまでの物語。




