勝利の栄光を君へ
帝都中央闘技場――。
一般の部決勝終了後。
勝者の発表と表彰のため、闘技場中央には帝国旗が掲げられていた。
そしてその場には、帝国皇帝ランジールの姿がある。
観客席はまだ興奮冷めやらぬまま、大きなどよめきに包まれていた。
「これが一般の部初代王者か……」
「ライブリオ隊、最後まで強かったな」
「でもあの試合、意味分からんかったぞ」
そんな声が飛び交う中。
勝者であるライブリオが、皇帝の前へ呼び出される。
ランジールは静かに頷いた。
「ライブリオよ」
低く、落ち着いた声だった。
「一般の部初代王者としての勝利、見事であった」
「はっ」
ライブリオは深く頭を下げる。
まだ呼吸は整いきっていない。
それでも、剣士としての礼だけは崩さなかった。
ランジールは続ける。
「特別だ。賞金以外の褒美を与えよう」
その言葉に観客席がざわつく。
「望むものがあれば申せ」
「帝国として可能な範囲であれば叶えよう」
一瞬の沈黙。
ライブリオは剣を握り直した。
そしてゆっくりと顔を上げる。
その頬は、ほんのり赤く染まっていた。
「陛下」
少しだけ声が震える。
「ここで……一つお願いがございます」
ランジールが眉を上げる。
「申してみよ」
ライブリオは深く息を吸った。
そして、まっすぐ前を見据える。
「この勝利を……」
一拍置いて。
「ネーミアに捧げてもよろしいでしょうか」
その瞬間、闘技場がざわついた。
「……ほう?」
ランジールはわずかに目を細める。
だが、すぐに口元を緩めた。
「むろんだ」
「好きにするがよい」
静かに許可が下りる。
次の瞬間。
ライブリオは一歩前へ出た。
そして――。
剣を高く掲げる。
そのまま叫んだ。
「この勝利を――ネーミアに捧げる!!」
一瞬の静寂。
そして。
「ネーミア!!」
「俺と結婚してくれ!!」
――ドォォォォォン!!
闘技場が爆発したように沸き上がった。
「はぁぁぁぁぁ!?」
「今言ったぁぁぁ!!」
「王者告白かよ!!」
「初代王者が何やってんだ!!」
実況席までもが壊れる勢いだった。
『で、ででで出ましたぁぁぁぁ!!』
『ライブリオ選手、優勝の場で公開プロポーズ!!』
『これは前代未聞です!!』
歓声と悲鳴と爆笑が入り混じる。
その中心で。
ライブリオは剣を掲げたまま固まっていた。
顔は真っ赤だった。
言ってしまった。
今さら引き返せない。
その視線の先にいるのは――ネーミアだった。
「……っ」
ネーミアもまた、同じように固まっていた。
頬を真っ赤に染め、目を見開いたまま動けない。
「おい、あれ……」
「ネーミア、顔真っ赤じゃん」
「ガチじゃねぇかこれ」
観客席のざわめきが変わっていく。
ネーミアはゆっくりと両手を胸元へ添えた。
「……もう」
小さく息を吐く。
「ほんとに、勝手なんだから」
そして、ふっと視線を逸らすように笑った。
怒っているようでもあり
困っているようでもあった。
それ以上に――嬉しそうでもあった。
その様子を見ていたカンサルが、ぽつりと呟く。
「……ネーミア」
隣でテミールも腕を組んだ。
「やっとか」
カンサルは苦笑したまま視線を向ける。
「やっとだな」
少しだけ肩をすくめる。
「えらい時間が掛かったんだから」
「今さら遠慮するなよ」
その言葉に、ネーミアは小さく俯いた。
そして。
「……ばか」
小さく、それだけ呟いた。
その声は怒っているものではない。
完全に照れていた。
テミールが低く笑う。
「いいじゃねぇか」
「王者様だぞ?」
「堂々としてりゃいい」
ネーミアはもう一度ライブリオを見る。
剣を掲げたまま、不安そうに自分を見つめる男。
「……ほんとにもう」
ため息と一緒に。
わずかに笑った。
「今さら、確認すること?」
その一言で。
闘技場の空気が一気に変わった。
「うおおおおお!!」
「通ったぁぁぁ!!」
「これで成立だ!!」
「初代王者カップル誕生だ!?」
実況も完全に崩壊していた。
『こ、これは……成立です!!』
『初代王者、公開プロポーズ成功ぉぉぉ!!』
歓声と笑いと拍手が渦になって闘技場を包む。
ライブリオはようやく剣を下ろした。
ネーミアも、小さく頷く。
その頷きは試合の勝利よりも重い答えだった。
闘技場の喧騒がようやく少し落ち着き始めた頃だった。
笑い声と歓声がまだ残る中、ランジール皇帝が静かに手を上げる。
その一動作だけで、場の空気が引き締まった。
「ライブリオよ」
ライブリオが反射的に背筋を正す。
「はっ!」
ランジールは淡々と告げる。
「その勝利の褒美だが」
一瞬の間。
「こちらで結婚式の準備をさせよう」
「……え?」
ライブリオの思考が止まる。
ネーミアも同時に固まった。
「け、結婚式……?」
ランジールは構わず続ける。
「近日中に執り行うがよい」
あまりにも当然のような口調だった。
まるで日程を決めるだけの話のように。
「……陛下」
ライブリオが顔を真っ赤にしながら口を開く。
「そ、そこまで大げさな話では……」
だが。
「何を言う」
ランジールは即座に切り捨てた。
「帝国の初代王者が掲げた勝利宣言だ」
「それを国が祝わぬ理由があるか?」
「むしろ祝福すべき事案であろう」
その場が完全に静まり返る。
ネーミアは顔を真っ赤にしたまま俯き。
ライブリオも言葉を失っていた。
観客席から再びどよめきが起こる。
「え、国家案件になった!?」
「結婚式、帝国主催!?」
「規模デカすぎだろ!!」
実況も興奮を抑えられない。
『な、なんとぉぉぉぉ!!』
『ライブリオ選手の結婚式、帝国主催決定ぃぃぃぃ!!』
『初代王者、優勝と同時に人生最大イベントも確定です!!』
その喧騒の中で。
ランジール皇帝は静かに言葉を締めた。
「褒美とは、そういうものだ」
そして一拍置き。
「断る理由があるなら申してみよ」
ライブリオはネーミアと顔を見合わせる。
だが二人とも、何も言えなかった。
その沈黙を見て、ランジールは満足そうに頷く。
「ならば決まりだな」
「式の準備を進めよ」
その一言で。
帝国の歴史に、新たな国家行事が加わった。
こうして――。
一般の部初代王者ライブリオは、勝利の余韻も冷めぬまま、
帝国主催の結婚式という国家行事へ組み込まれることになった。
Aランク冒険者であろうと。
初代王者であろうと。
ランジール皇帝にとって、有能な人材は帝国の財産だった。
祝い事には最大限の支援を惜しまない。
その代わり、一度帝国との縁が生まれれば、その絆はより強くなる。
それが皇帝ランジールという男のやり方だった。
こうして帝国はまた一人。
Aランク冒険者を、ごく自然な形で帝国との強い絆の中へ迎え入れたのである。




