報告と算段
二日後、イヴァンス、クラリス、村長の三人とレックは、
ついに帝都・アルフォース城の門前に立った。
クラリスは、マルティアの好意で同行することになった。
高くそびえる城壁、石畳の通りを行き交う人々のざわめき。馬車の軋む音や、遠くで響く鐘の音
――村で過ごした日々とはまるで違う景色が、彼らを迎え入れる。
イヴァンスは足を止め、深呼吸を一つ。
「マルティアさん、これから俺たちはどうするんだ?」
クラリスは落ち着いた声で答えた。
「まずは軍務卿に報告しなければいけません。
宿の手続きはこちらで済ませておきますね」
四人が城門に近づくと、門番が慌てた様子で迎えた。
「マルティア王女、本日帰還のご予定でしたか。申し訳ありません。
帝国評議院に連絡いたしますので、こちらでお待ちいただけますか?」
一人の門番が慌てて帝国評議院へ走る。
マルティアは騎士団の一人に向かい、手早く指示する。
「イヴァンスたちの宿の手配を頼むわ」
続けてシルフィスには、帝国評議院での報告が終わった後に街の案内をお願いし、
さらに二コラ商会の店主へ渡す報告書も手渡してほしいことを伝えた。
準備が整うと、マルティアはイヴァンスたちを従えて、
城壁沿いに建つ帝国評議院へと向かった。
建物は皇族の住まうアルフォース城のすぐ横にそびえ、
石造りの重厚な外観に帝国の威厳が漂う。
門前の衛兵に軽く会釈し、
中庭を抜けて内部へ足を踏み入れると、
静寂の中に緊張感が満ちていた。
広間の奥、鉄仮面のように冷徹な印象を持つ軍務卿の執務室に入る。
重厚な扉をくぐると、冷たい空気が一気に満ちた。
軍務卿は机に座し、読んでいた報告書からこちらに目を移す。
マルティアは一歩前に進み、頭を下げる。
「マルティア参謀、入ります」
その声は落ち着いていて、王女としての気品ではなく、あくまで参謀としての態度である。
軍務卿は微動だにせず、淡々とした声で告げる。
「報告を聞こう」
イヴァンスやクラリス、村長、そしてレックも自然と背筋を伸ばす。
マルティアは討伐隊の経過、村での出来事、ドラゴンの赤ちゃんの保護――一つひとつを簡潔かつ正確に説明した。
軍務卿は黙って聞き、必要な箇所だけメモを取った。
報告を終えると、軍務卿は低く淡々と告げる。
「ふむ……グレッグ将軍の報告と一致しているな。よろしい。王宮に戻り、少しばかり休暇をとるとよい。
せっかくだ、そこのお嬢さんには誰かをつけ、帝都を案内させたまえ。
一緒に帰還したシルフィスあたりが適任だろう」
言葉の端々から、軍務卿はマルティアの思考の先まで読み切っていることがうかがえる。
世話になったストーン村の発展のため、街を調査し、
商会の子爵・二コラに相談するであろうこと。
さらに、同行しているシルフィスに報告書を渡す手配も済ませているに違いない。
そして実は、同行者であるクラリスが喜ぶであろう姿を、
自分の娘と重ねていたことは、誰も知る由もなかった。
――まさに、先を見通す策士。
軍務卿は、部下の能力も行動も、
すべて計算のうちに置いているのだ。
軍務卿はすぐに、帝国評議会の開催手続きに取りかかった。
案件は三点――母ドラゴンの遺体の取り扱い、レックの管理の所属、そして帝国の教育の底上げである。
まずは、ランジール皇帝のもとへ報告する必要があった。
しかし、皇帝に直接面会する前に、
軍務卿は帝国評議会の事務手続きを整え、書類や証拠となる資料の確認を済ませる。
静まり返った広間を抜け、軍務卿は厳かな足取りで皇帝の執務室へと向かった。
室内に入ると、軍務卿は詳細な報告を行い、さらに適切な提案を続ける。
「陛下、今回のドラゴン討伐に関しては、あまりにも軍務省と騎士団の手柄が大きすぎます。
貴族派の抵抗が強くなれば、今後の運営に問題が増えてしまうでしょう。
ですので、母ドラゴンの遺体の取り扱いは宰相に一任し、簡易の葬儀と墓地の用意のみを命じるのが妥当かと考えます。
帝国全土の学校配備は、本来学術卿が主体となるべきですが、民生卿と法務卿に任せるのも一案でしょう。
ただし、ドラゴンのレックは研究対象として学術卿管理とし、イヴァンスを学術卿付きドラゴン研究員に就かせるのが最善です。
これにより、イヴァンスの取り込みは確実になり、ドラゴンの管理も皇帝派のものとなります」
皇帝は少しだけ怪訝な顔を浮かべ、軍務卿に問いかける。
「学校事業が民生卿と法務卿の管理になってしまうと、今後の学校運営が貴族派に完全に抑えられてしまうのではないか?」
軍務卿は落ち着いた声で答える。
「陛下、聖教会に依頼することで、教会自体を学校施設として使用し、
教師も聖教会の聖職者とするよう手配いたします。
設立事業自体は民生卿や法務卿が主導となりますが、
現場が聖教会に委ねられることで、貴族派も大きく口を出せないと考えます。
さらに、今回の事業によって聖教会との結びつきが強化されますので、
対外的にも大きなメリットがあるかと存じます」
軍務卿は感情の色を一切顔に出さず、淡々と事実と最適解を口にする。
だが、その一言一言には、貴族派も皇帝派も、街の発展も、レックの管理も
――すべて計算され尽くしている恐ろしさがあった。
言葉は冷たいが、その冷たさの奥で、帝国の未来はすでに緻密に動かされているのだ。




