捕縛戦、開始
夜の野営地は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
焚き火の炎だけがゆらりと揺れ、商隊の荷馬車の影を長く伸ばしている。
騎士団はすでに配置につき、外周を円形に固めていた。
“護衛”というより――“封鎖”。
そんな空気だった。
その中で、ジャックだけが焚き火の少し外側に立っていた。
火を見ているわけでもなく、夜空を見上げているわけでもない。
ただ、楽しそうに笑っている。
「……ねぇ」
ぽつり、と。
その声は軽い。だが、妙に芯がある。
「これさ~、もう囲まれてるよね」
一瞬、空気が止まった。
スランザが目だけを細める。
「……気付いたか」
「気付くも何もさ~」
ジャックは肩をすくめる。
「殺気がビンビン感じるわけよ~。
こういうのってさ、もう“襲いますよ”の合図でしょ~」
焚き火の向こう。
森の闇が、わずかに“濃く”なる。
レキサルは静かに目を閉じた。
「やはり、既に包囲されておりますな」
淡々とした声。
「数は……少なく見積もっても二十前後」
「ふーん」
ジャックは楽しそうに笑った。
「じゃあさ~、ぼくちゃん単独でやっちゃう?」
軽い冗談のような言い方。
だが、その場の誰も笑わない。
スランザが短く息を吐く。
「やるなら勝手にしろ。ただし今回は任務だ」
その言葉に、レキサルが静かに首を振った。
「いえ」
一拍。
「今回は“訓練”でもございます」
視線が、森の奥へ向く。
「セラフィス様が選ばれた方々です。
であるならば、我々がすべてを片付けてしまうのは本意ではありますまい」
ジャックは少しだけ目を細めた。
「……お手伝いに徹するってことね~」
「左様にございます」
レキサルは穏やかに言う。
「補助に徹し、場を整える。それが我々の役目です」
その瞬間、スランザが視線を横に流した。
「……イヴァンス」
低い声。
「すでに囲まれてる」
「……え?」
イヴァンスが顔を上げる。
スランザは森の一点を見たまま続ける。
「北、東、西。三方向。
さっきからずっと“距離を詰めてる”」
プラーサの表情が強張る。
「それって……完全に……」
「そうだ」
スランザは短く言い切った。
「囲まれてる」
その言葉が落ちた瞬間。
ジャックが軽く手を振った。
「ま、とりあえずさ~」
明るい声。
「騎士たちにはちょっと散歩してくんね~って言っとくわ」
「……散歩?」
ベラミカが目を細める。
「うんうん」
ジャックはにこにこと笑う。
「みんなでちょっと周辺を見てくんね~って感じでさ」
軽い調子。冗談のような口ぶり。
だが、その言葉が落ちた瞬間――空気が自然に“動き始めた”。
ジャックは騎士団の責任者に何事かを軽く伝える。
ほんの短い確認。
「この辺、少し見回りしてくんね~。問題なさそ?」
「はっ、了解しました」
それだけで話は終わる。
違和感はない。
むしろ“当然そうするべきだ”という流れにすら見える。
そして次の瞬間。
「じゃあ、行こっか」
ジャックが肩を軽く回す。
「みんな、これをつけてね」
プラーサが小さな魔道具を取り出し、一人ひとりに手渡していく。
耳あての形状をした掌に収まる程度の大きさ。
「……これは?」
ジャックがそれをひょいと持ち上げる。
「魔道具テレパスです」
プラーサが短く説明する。
「意識を繋げて、念話ができるようになります」
「へぇ~?」
軽い声。
だが次の瞬間、
ジャックの表情が、わずかに変わった。
『……聞こえる?』
自分の思考に、別の“層”が重なる。
『――装着、確認』
イヴァンスの声。
いや、声ではない。直接届く。
「……は?」
ジャックが思わず間の抜けた声を出した。
スランザも同時に、わずかに眉をひそめる。
「……今の、誰だ」
『私です』
即座に返ってくる。
プラーサの思考。
『全員、接続できてます』
一瞬の沈黙。
そして――
「……ははっ」
ジャックが、ゆっくりと笑った。
「なにこれ、めっちゃ面白いんだけど」
くすくす、と肩を揺らす。
「声出してないのに会話できるってやつ?やばくない?」
スランザは黙ったまま、目を閉じる。
意識を探る。
『……位置も、分かるな』
ぽつりと流れる思考。
その瞬間。
プラーサが意識を広げた。
『今、私がサーチしている範囲……共有してます』
森の輪郭。揺れる気配。
点のように浮かぶ“存在”。
それが――
“全員に見えている”。
「……おい」
スランザが、わずかに息を吐いた。
『これ……全員で同時に“把握”できるのか』
『はい』
プラーサが応じる。
『敵の位置も、揺れも、ある程度まで共有できます』
ジャックが、くすっと笑う。
「いいねいいね~」
視線を森へ向ける。
「……なるほどね~」
軽く肩をすくめる。
「それであんなに“気配読み”にこだわってたわけか~」
納得したように頷く。
「これ前提ならさ~、ズレたら即アウトだもんね~」
くすくす、と喉の奥で笑う。
「そりゃ鬼みたいに詰めてくるわけだ」
スランザが小さく舌を鳴らす。
「……全員で同時に“見る”前提か」
(誤差が、そのまま死角になる)
短く、的確な理解。
セーニャが念話を流す。
『ですので皆様との訓練でかなり精度が上がったと思います。
実際、最初は念話だけでしたから。
今ではサーチの共有までできるようになりました』
ベラミカが静かに補足する。
『誰か一人のミスが、全体の隙になるわよ』
その時――
レキサルが、静かに口を開いた。
「スランザ」
穏やかな声音。
だが、その一言で空気が引き締まる。
「これが最後の講義にございます」
一拍。
視線は、森ではなく“内側”へ向けられていた。
「プラーサ殿のサーチのずれを、きちんと補正して差し上げられませ」
スランザは短く息を吐く。
『……了解だ』
ジャックが、にやりと笑う。
「いいじゃん、それ」
一拍。
「ちゃんと“チーム戦”になってきたってことだね~」
その瞬間――
森の奥で“何か”が動いた気配が、全員に同時に流れ込んだ。




