それぞれの恋心
その夜、マルティアは村長の家に泊めてもらうことになった。
部屋で報告書を書いていると、夕食の用意ができたと、クラリスが呼びに来る。
マルティアは村長の家族と共に、穏やかで賑やかな夕食の時間を過ごした。
素朴だが温かみのある料理に、他愛のない会話。
王女という立場を意識せずに済む、久しぶりに肩の力を抜けるひとときだった。
食後、マルティアは村長の厚意により家の一室を借りることになった。
一方、護衛として残ったシルフィスと二名の騎士は、村の外れにある空き家をあてがわれる。
宿屋のない村で、教会もシスターだけが住まう小さな建物だ。
野営という選択肢もあったが、それでは警戒も行き届きにくい。
屋根と壁のある空き家は、護衛任務には十分だった。
夜が更けると、護衛たちは交替制で村長の家の警護にあたった。
村の外れにあてがわれた空き家を拠点に、
時刻を決めては二人一組で配置を入れ替えていく。
不審な気配があれば即座に合図を送れるよう、
村長の家との距離や死角も、あらかじめ確認されていた。
その頃、クラリスはマルティアに呼ばれ、静かな部屋で二人きりになっていた。
昼間の賑やかさとは違う、夜ならではの落ち着いた空気の中で、
いつしか話題は互いの胸の内へと向かっていく。
「クラリスさん、イヴァンス君から、いろいろ聞いているわよ」
クラリスは一瞬、言葉に詰まり、困ったように視線を彷徨わせた。
自分の知らないところで名前が出ていたことに、少し戸惑ったのだ。
「先ほどもシルフィスさんが、私のこと知ってるみたいに挨拶してきたんですけど……
イヴァンス、私のことなんて言ってたんですか?」
「恋人だって。でも、もう一人付き合うのを許してほしいって、公言してんだって」
「あ、あいつ……そんなことまで話してたんですか! は、恥ずかしい……」
クラリスの顔は、見る見るうちに真っ赤に染まっていった。
「ちゃんと付き合ってるわけじゃないんですけどね……」
「でも、好きなのね?」
「……はい。昔からの付き合いですし。
あれだけ私のことを思ってくれているのも事実ですから」
少し間を置き、クラリスは続けた。
「イヴァンスがドラゴン討伐に行くって話になったとき、
いたたまれなくなったのも……本当ですし」
そう言って、真っ赤になりながらも、
クラリスはマルティアに自分の本当の気持ちを打ち明けた。
「しっかり手綱を引いておくのよ。男なんて、
放っておくとすぐふらふらするものだから」
「……マルティアさんは?」
「グレッグ将軍がね……。
お互いの立場があるから、なかなか簡単にはいかないのよ」
少し間を置いて、マルティアは静かに続けた。
「お互いに想い合っていても、政治が絡むと簡単にはいかないものなの。
子供のころから抱いてきた恋心だったけれど、
ただ“そばにいたい”という理由だけで許される立場じゃなかった。
だから――
私は学園に入り、騎士団への道を選んだの。
王女が騎士団に入隊するなんて、普通はあり得ないでしょう?
それでも、諦めたくなかった。
自分の力で、その“あり得ない”を通したかったのよ」
一度言葉を切り、マルティアはどこか照れたように微笑んだ。
「父もね、私の気持ちには気づいていたみたい。
今回の討伐隊の編成は、
私とグレッグ将軍に少しでも時間を作るためだったと聞いているわ。
普段はあんなに威厳のある父だけれど……
国民には決して見せない、そんな一面もあるのよ」
「……それでも、幸せそうですね」
「クラリスさんもね」
穏やかな言葉を交わしながら、
二人の話は途切れることなく続き、
ストーン村の夜は静かに更けていった。




