12-2 どうしようもない幼馴染みと恋人に
(オレだって幸佑のそばにいたいって思ってるんだよ)
いつからこんなふうに思い始めたのかなんてわからない。気がついたら幸佑を幼馴染み以上に思うようになっていた。そもそもただの幼馴染みなら、いくらねだられたからって夏休みが終わってまで部屋に通ったりするはずがない。
(元セフレに会ったときにイライラしてモヤモヤしたのもそのせいだ)
あのとき、オレはあの男に嫉妬していた。それでも気づかない振りをしたのは、幼馴染みでいられなくなる未来を想像して怖くなったからだ
。
「もしかしてコウちゃんも俺のこと、そういう意味で好きになってくれてるってこと?」
さっきまでとは明らかに違う柔らかい声に耳が熱くなる。なんて答えていいかわからなくて視線を逸らすと右手を握りしめられてドキッとした。
「教えてよ」
甘えるような声に顔まで熱くなってきた。「ねぇ、コウちゃん」という声が妙に色っぽく聞こえて首筋がぞわぞわする。何か言わなくてはと思ったものの変な声が出てしまいそうな気がしてキュッと唇を噛み締めた。そんなオレに「頑固だなぁ」と笑った幸佑が手の甲をスリスリと擦るように撫で始める。
「もしコウちゃんが少しでも恋人になっていいかなって思ってくれてるなら、俺めちゃくちゃうれしい」
「……」
「もちろん、これからもっともっと俺のこと好きにさせてみせるけどね」
「……」
「あっ、そっか。もっと好きになっても、それが幼馴染みとしての好きか恋人としての好きかコウちゃんにはわからないか」
さすがにいまのは聞き捨てならない。「それくらいわかるだろ。馬鹿にしてんのか?」と反論すると、「それもそっか」と答えた幸佑の声はうれしそうだ。
「それなら俺がおもちゃなんかと一緒じゃないって言ったのも信じてくれるよね?」
「……それは……」
「まぁ、言われて少しだけドキッとしたけどさ」
ちろっと視線を向けると、少し困ったように幸佑が眉尻を下げている。
「正直、頭を殴られたような気がした。すぐに違うって思ったけど、本当に違うのか不安になった。だって、誰かを好きになったのはコウちゃんが初めてなんだもん。コウちゃんが好きだって気持ちには自信があるけど、それが昔のおもちゃとどう違うのかなんてわからないし」
「だってあのおもちゃ、いまでも覚えてるくらいお気に入りだったからさぁ」と続く幸佑の声は心なしか弱々しく聞こえた。
「でもコウちゃんを好きなのは絶対に間違いじゃない」
幸佑の眼差しが真剣なものに変わった。じっとオレを見ながらさらに言葉を続ける。
「小さい頃おもちゃが俺にとって宝物だったみたいに、いまの俺にとってコウちゃんは宝物だよ? でもおもちゃと同じだなんて思ってない」
「……変なこと言ってごめん」
「もう気にしてない」と笑う幸佑に、もう一度「ごめん」と謝った。
「そんなことより、さっき幼馴染みでも恋人でもとか言ってたの、あれってコウちゃんの本心なんだよね? 恋人でもってことは、少しは俺のことそういう意味で好きになってくれてるってことだよね?」
さっきまでの真剣な顔はどこにいったのか、幸佑の顔がキラキラと輝いている。あんまりにも期待に満ちた表情にオレのほうが恥ずかしくなってきた。
「ねぇ、教えてってば」
甘えるような声に顔を逸らしたのは赤くなっているのを見られなくないからだ。幸佑への気持ちを自覚したからか気恥ずかしくて仕方がない。それでもここでだんまりになるのは違うと思い、ちろっと視線を向けた。
「おまえさ……オレがトオヤマって奴に壁ドンされてるのを見て気持ちに気づいたって言ってたよな」
「うん」
「オレも……前に駅で会ったセフレだった奴? あいつ見てて、イライラしたっていうかモヤモヤしたっていうか……」
甘えるように幸佑を見つめる男の表情を思い出すだけでイラッとした。
「……あのとき、あいつに嫉妬してたんだと思う」
「なんだ、やっぱり俺が言ったこと当たってたんだ」
幸佑がうれしそうにオレの手を握る手に力を込める。
「それなのに違うなんて言うんだもん。コウちゃん、頭いいのにやっぱりうっかりさんだよね」
「しょうがないだろ。あのときは自分の気持ち、よくわかんなかったんだよ」
「けっこう時間経ってるけど、その後もわからなかったの?」
「それは……だって、付き合ったとしても駄目になったらどうしようって考えたからっていうか」
「なんだ、コウちゃんもめちゃくちゃしっかり考えてくれてたんだ」
「うるせぇ」
「あはは」
自分が情けなさすぎて、「いまでも幼馴染みとしての好きのほうがでかいのを忘れるなよ」と釘を刺した。キョトンとした幸佑が「コウちゃん頑固すぎるでしょ」と呆れたように笑い出す。
「でもそっか。コウちゃんでもわかんないことあるんだね」
「当たり前だろ。ただの大学生だぞ」
「俺なんて高卒だよ? あっ、でも俺のほうが恋愛経験では上ってことかな」
「何言ってんだよ。おまえだってこれまで恋人いたことなかっただろ」
「それはそうだけど」
「ま、経験だけは豊富だけどな?」
「……コウちゃん、やっぱりたまに意地悪だよね」
口を尖らせた幸佑に両手を握りしめられた。「なんだよ」と見ると思ったより真面目な顔をした幸佑がオレをじっと見ている。
「もう一回言っとく。俺はコウちゃんのこと、恋人になってほしいって意味で好きだからね」
「もういいって」
「ちゃんと聞いて。幼馴染みとしてもコウちゃんのこと好きだけど、俺の好きはキスしたり、それ以上のこともしたいって意味の好きだから。だからってコウちゃんに無理やり何かしようとは思わない。そんなことして嫌われたら俺、生きていけないもん」
「大袈裟すぎだろ」
「そのくらい本気で好きだってこと」」
真剣な声に耳がじわじわと熱くなってきた。正直オレはそこまで幸佑のことを好きかはわからない。それでも同じだというように心臓がバクバクし始めた。
「俺は毎日でもコウちゃんに好きって言いたいしキスだってしたい。いっぱい抱きしめて俺がどれだけコウちゃんのこと好きか伝えたい。デートだってもっとしたい。ねぇ、コウちゃんは? 俺と恋人になりたいって思ってくれる?」
「それは……そんな急にいろいろ言われても……」
「好きになったらこのくらい普通じゃない?」
「んなこと言われても、こういうの初めてだからわかんねぇよ」
幸佑の唇がもにょっと動いた。への字になったかと思えば今度はニヨニヨと笑い始める。
「なんだよ」
「わかんないとか言いながら俺のこと、けっこう好きでしょ」
「そ……れは、まぁ」
「じゃあ今日から恋人ってことだ」
パァッと笑ったかと思えば顔を近づけてきてギョッとした。
「待て待て待て!」
「恋人になったらキスしていいって言ったじゃん!」
「言……ったかもしれねぇけど待てって!」
「待たない!」
「おまえがっつきすぎだぞ!」
抱きついてくる幸佑を無理やり引き剥がし、「落ち着けって!」と額にデコピンを食らわせた。すぐに「痛いよコウちゃん」と幸佑が頬を膨らませる。そんな表情でもイケメンはやっぱりイケメンのままで、以前ならただ感心するだけだったのにドキッとする自分に笑いたくなった。
「もう、コウちゃんってばツンデレすぎ」
「ツンデレじゃねぇよ」
「ま、そういうコウちゃんもかわいいけどさ。でも大学では気をつけてよね」
「なんだよ急に」
「だって大学行ったらあいつがいるでしょ。あーっ、こんなことなら俺も大学行けばよかった」
「行けばよかったって、入るには受験があるんだぞ?」
「わかってるよ。う~っ、それさえなけりゃコウちゃんと一緒の大学に行けたのに……」
大学受験どころか高校の勉強すらほとんどしなかった奴が何を言っているんだ。呆れていると再び両手をギュッと握りしめられた。
「やっぱり同棲しよう」
「はぁ?」
「大学はしょうがないとして、毎日一緒にいればちょっとは不安が減ると思うんだよね」
「高橋のこと言ってんならマジでなんとも思ってねぇからな?」
「わかってる。でも向こうが諦めるかはわかんないよね? それにあいつ以外にもコウちゃんを狙ってる奴がいるかもしれないし……うん、やっぱり同棲するのがいいよ。いますぐしよ? 週末だけなんて言ってられない」
「おまえなぁ」
「そもそも頭撫でさせたり、コウちゃん何やってんの。もう勝手に触らせたりしないでよね。コウちゃんに触っていいの俺だけなんだからさ」
無茶苦茶なことを言いながら抱きついてきた幸佑の背中を「おいこら」と叩いた。「おまえな」と呆れながらも頬が少しずつ緩んでいくのがわかる。好きな相手にここまで言われて悪い気がするはずなかった。
(でも、それとこれとは別だ)
抱きついたままの幸佑の背中をポンと叩きながら「同居はしない」とはっきり伝えた。
「同居じゃない、同棲だよ」
「とにかくそういうことはしない。学生の身分で何やってんだって話だろ」
「そういうカップルはたくさんいるよ?」
「無職ニートが何言ってんだ」
「えぇー……」
「とにかくいままでどおり週末来るのでいいだろ」
「平日は? 平日もコウちゃんと一緒がいい」
「大学次第だな」
幸佑が黙った。しばらくして「わかった」と体を離した幸佑が「俺、諦めないからね」と決意するように拳を握っている。
こうしてオレと幸佑の関係は“幼馴染み”から“恋人みたいな関係”へと変わった。あえて“みたいな”と付けたのは生活も二人の関係も以前とあまり変わっていないからだ。もちろん幸佑のことをそういう意味で好きだという自覚はある。だけどやっぱり大事な幼馴染みで弟のような存在という気持ちのほうがまだ大きい。
「幸佑、今晩何食べたい?」
「んー……ちょっと待って」
いつものように夕飯の準備をしようと幸佑に声をかけたが、パソコンと向き合ったままウンウン何か考え込んでいる。
(最近よくパソコン見てるよな)
何をしているのかわからないが調べ物をしているような雰囲気だ。かといって何か買おうとしているわけでもない。
(もしかして勉強とか……?)
もしそうならとんでもない変わり様だ。「高校のとき一ページもノート書いたことない」なんて笑っていたのを思い出し、しみじみと背中を見る。
ちなみにいまもこうして部屋に通い続けているが、おばさんからバイト代はもらっていない。代わりに高橋に紹介してもらった喫茶店でのバイトを始めた。紹介したのが高橋だと聞いた幸佑は無言で顔をしかめたが、オレが貯金したがっていることを知っているからかいまのところ文句を言ってきたりはしない。
(付き合うっていっても、これまでの幼馴染みとしての関係とあんまり変わってない感じだな)
最初は「こんなんでいいのか?」なんて不安になったりもしたが、これがオレたちにはちょうどいいような気もしている。それに幼馴染みだろうが恋人だろうが幸佑と一緒にいるのは楽しい。こうやって同じ空間にいるのも一緒に飯を食うのも当たり前のような気さえしていた。それで十分じゃないだろうか。
それでもオレたちは「恋人」なんだと実感するのは、幸佑から「好き」とか「愛」なんて言葉を頻繁に言われるからだ。
(オレにも言えって言うけど急には無理だろ)
頭の中で「幸佑が好き」と思うだけで耳が熱くなる。慌てて手でパタパタと仰ぎながら、「そろそろおでんとか鍋とかもいいなぁ」なんて思いつつキッチンに戻った。




