11 本気の幼馴染みは嫉妬深かったわけで
「友達、ね」
そうつぶやいた幸佑の声は視線と同じくらい冷たい。高橋を見ると、こっちも見たことがない表情で幸佑を見ていた。
「ふぅん」
「高橋?」
「なるほど、たしかに彼女じゃないな」
「は?」
「まぁ、まだ彼氏ってわけでもなさそうだけど」
「はぁ?」
いきなり何を言い出すんだと眉をひそめながら高橋を見る。
(彼氏って……まさか)
心臓がドクンと嫌な音を立てた。「そんなわけないだろ」と思っても幸佑を見る高橋の表情が気になって視線を外せない。
(落ち着け。そもそも幸佑は彼氏じゃない。何動揺してんだよ)
高橋と幸佑が顔を合わせたのはいまが初めてで、高橋は幸佑が幼馴染みだということを知らない。きっと親しそうな雰囲気なのを感じてからかっただけだ。そもそも勘繰られるような話はしていない。「いつもの冗談だ」と思ったものの、額に嫌な汗が滲む。
「木内がつき合い悪くなったのって、こいつのせいだろ」
「何言って、……って、おいっ」
幸佑に腕をグイッと引っ張られて足がよろけた。「何すんだよ」と睨んだものの幸佑の目は高橋を見たままで、高橋も幸佑をじっと見ている。
「独占欲剥き出しって感じだな。だから彼氏になれないんだろうけど。木内も大変だな」
高橋が憐れむような目でオレを見た。それに「うるさいな」と答えたのは幸佑だ。
「おっ、心当たりがあるって感じか」
「うるさいって言ってるだろ。そのうち彼氏になるからいいんだよ」
「彼氏」という言葉にギョッとして「何言ってんだよっ」と慌てて話を遮った。オレの様子に一瞬キョトンとした高橋が「ははっ」と声に出して笑う。
「木内のほうはそうは思ってないみたいだけど?」
「高橋もやめろって」
腕を掴む幸佑の手に力が入った。視線を向けると段々と無表情になっていくのがわかる。
「おおかた言い寄って玉砕でもしたんだろ?」
挑発するような言葉に「おいっ」と高橋を睨む。ところが高橋はオレを見ることなく口の端を持ち上げるように笑いながら言葉を続けた。
「それでも諦められなくてつきまとってるってところか」
「高橋っ」
「そんなんじゃ嫌われるぞ」
「嫌われたりしないよ」
「幸佑もやめろって」
「だって俺のこと一番よくわかってるのはコウちゃんだからね」
「コウちゃん?」
「オレとこいつは幼馴染みなんだよ。幸佑、余計なこと言うなって」
とにかく場を収めようと「いい加減にしろよ」と二人を見た。それでも高橋は「幼馴染みねぇ」と胡散臭そうに幸佑を眺め、幸佑のほうも無表情で高橋を見つめ返している。
「物心つく頃からの幼馴染みでもうすぐ恋人になる」
「だから余計なこと言うなって! あと手ぇ離せ」
「嫌だ」
「幸佑っ」
「コウちゃんは俺のものだから絶対に離さない」
「何言ってんだよっ」
「絶対に離さないから」
「幸佑っ」
小声で怒るオレに返事はするものの幸佑の目は高橋を見たままだ。しかも無表情を通り越して作り物みたいな顔になっている。
元セフレもそうだったが、こういう幸佑を見て怯えない奴はいない。そこまでじゃなくても驚くか言葉をなくす人がほとんどだ。多少は見慣れているオレでさえ「うわ」と思うような超絶イケメンの迫力ある無表情だというのに、高橋は気にならないのか飄々とした様子で見返している。
「木内、おまえなんでこんな奴に引っかかるかな」
呆れたような表情で高橋がオレを見た。先に反応したのはやっぱり幸佑で、「引っかかるなんて失礼だろ」と返す声は刺々しい。
「事実だろ? 思い込みや独占欲が強い男は嫌われるぞ」
「嫌われるわけないだろ。それに俺、コウちゃんには優しいからね。コウちゃんだっていっつも俺のこと考えてくれてる。毎週末泊まりに来てくれてるのがなによりの証拠だし」
「おいっ」
遮ろうとしたオレに「本当のことでしょ」と幸佑が微笑んだ。ちろっと見た高橋はやっぱり呆れた顔をしている。
「どうせ来させるようなことでも言ったんだろ」
「うるさいな」
「当たったか」
「ちょっとお願いはしたけど無理やりじゃない」
「そういうのはいまどき流行らないと思うけど」
「家に来るのを決めたのはコウちゃんだ」
「そう言わなかったら監禁でもしそうだよな」
幸佑が黙った。それを見た高橋が「マジか」と大きなため息を漏らす。
「木内、そいつやめといたほうがいいぞ」
「うるさいって言ってるだろ」
「二人ともやめろって」
「たしかに見た目はいいかもしれないけど中身最悪だろ」
「あんたに何がわかる」
「幸佑っ」
「そんな危ない奴やめて俺にしとけよ」
「高橋も……って、は?」
とんでもない言葉が聞こえたような気がして高橋を見た。するとなぜかニコッと笑いかけられる。「俺のほうがいいと思うけど」と言われてようやくどういう意味かわかった。
「何言ってんだ?」
最初に出たのはそれだった。一瞬ポカンとした高橋が「おいおい」と言いながら苦笑する。
「告白してるのにその反応はないだろ。まっ、そういうのも木内らしいけど」
「いやいや、マジで何言ってんだよ」
「木内が男もいけるって知ってたら去年のうちに俺のものにしてたのになぁ」
「去年のうち……って」
予想外の内容に言葉が詰まる。
(高橋がオレを……? いやいや、まさか)
これまで一年以上友達としてそばにいたがそんな素振りはまったくなかった。「あり得ねぇ」と言うと「あり得るんだな、これが」と笑い返される。
高橋とは入学してすぐに仲良くなり、五月の大型連休のときには部屋に二泊するくらいあっという間に意気投合した。夏休みにはバイトの合間に部屋に行ったり、「うまい鰻食べに行こうぜ」なんて言われて急きょ静岡までみんなで日帰り旅行に行ったこともある。でも、それだけだ。
(頭撫でたりするのもただのじゃれ合いだ)
そもそもほかの奴らも似たようなことをする。オレが小柄なのをいいことに、仲がいい奴らは大抵頭を撫でたりのし掛かるように肩を組んだりしてからかってきた。それでもみんないい奴だ。みんな友達で、高橋もそんな友達の一人だ。
「マジかよ」
漏れた言葉に高橋が「マジマジ」と笑っている。そういう笑顔は見慣れているはずなのに、なぜか背中がぞわっとした。
「大学の友達なんかにコウちゃんは渡さない」
幸佑に腕をグイッと引っ張られた。そのまま肩を抱かれたことにギョッとして「やめろって」と注意するが、手を退けるどころか肩を抱く力がますます強くなる。
「コウちゃん帰ろう」
「帰ろうって、おまえ昼飯は?」
「今度でいい。今日は駄目」
「せっかく来たのに何言ってんだよ」
「いいから帰るよ」
「おいっ、幸佑」
肩を抱いたままズンズンと歩き出した。向かっているのは大通りで目的の中華屋から遠ざかっていく。
「ちょっと待てって」
とにかく足を止めようと肩を掴む手を払いのけた。「何」と見下ろす幸佑の目は少し冷たい。
「せっかく来たのに食べないのかよ」
「今度でいい。それにあいつがいるなら行かない」
「もしかしてさっきの高橋の言葉気にしてんのか?」
幸佑が目を細めた。いつもと違って凄みのある眼差しに肩がブルッと震える。それでも勘違いを正しておかなくてはと口を開いた。
「さっきのは冗談だって。ああいうこと言うのは高橋だけじゃないっていうか、一年のときからつるんでる奴らはみんなあんなふうに冗談ばっかり言うんだよ。オレが小柄なのをいいことに『かわいいですね~』とか言いながら頭撫でたり、そういう奴らなんだよ」
幸佑の目がますます細くなる。
「何勝手に頭撫でさせたりしてんの」
「やめろって言っても聞かないんだからしょうがねぇだろ」
別に好きで撫で回されているわけじゃない。ふざけんなと毎回思うものの、みんな高校生気分が抜けないだけだ。オレたち以外にもふざけ合う男子大学生を見かけることがあるから、オレの周りだけおかしいわけじゃない。
「とにかくあいつらは冗談が好きなだけなんだよ。高橋だってからかっただけで」
「人の告白を勝手に冗談にするなよなー」
「っ」
急に耳元で聞こえてきた声に肩が跳ねた。すぐさま幸佑が「近づきすぎ」と言ってオレの肩を抱き寄せる。
「人の告白を冗談だって切り捨てるなんてひどくないか?」
「あ、いや、それは……」
「もしかして木内って昔からこんなだったりする?」
「コウちゃんは恋愛初心者なんだよ」
「なるほど、初心なピュアピュアちゃんってことか。木内らしいっていうか、ま、そういうのも悪くないけど」
「エロい目で見るな」
「下心しかない幼馴染みに言われたくないな」
「俺はコウちゃんの彼氏になるんだからいいんだよ」
「そう思ってるのはおまえだけだろ」
「そんなことない。ねっ、コウちゃん?」
そんな期待するような顔で見られても困る。なんて答えていいのかわからなくて「知るか」と返しながら視線を逸らした。
(オレと幸佑は幼馴染みで、それ以上でもそれ以下でもない。恋人になるなんてあり得ない)
前から思っていたことなのに胸がグッと苦しくなった。ここは「ただの幼馴染みだ」と言うべきだ。それなのに口にしようとすると喉が詰まって声が出なくなる。さっきは幼馴染みだと紹介できたはずなのに言えない自分に戸惑った。
(幸佑は幼馴染みだ。それは間違いじゃない。でも……)
オレに気があると口にした高橋に「ただの幼馴染みだ」と言うのが嫌だと思った。そんなふうに思った自分に眉が寄る。
「コウちゃん、帰ろう」
肩を抱いていた幸佑がオレの手を握った。まるで小さい頃に戻ったみたいに手を繋ぎ、そのまま歩き出す。
「我が儘がすぎると嫌われるぞ~」
高橋の言葉に幸佑が「うるさいな」と振り返った。
「コウちゃんは俺の未来の彼氏だ。そっちこそ邪魔するな」
馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。いつもならきっとそう言っている。それなのに喉が詰まって言葉が出てこない。引きずられるように歩いていると「あのさ」と呼び止められて振り返る。
「さっきの言葉、冗談じゃないからな」
ニコッと笑う高橋に背中がぞわっとした。得体の知れない寒気のようなものを感じて慌てて前を向く。
(おまえ女の子が好きって言ってたじゃねぇか。高校のときは彼女がいたって……)
それなのになんでオレに告白なんかするんだよ。メガネのブリッジを上げながら、ちろっと隣を見た。
幸佑は手を繋いだまま、もう片方の手でスマホの画面をタップしている。ふと視線を感じて正面を見た。向かい側の歩道に立ち止まってこっちを見ている女子大生らしき人たちが見える。ハッとして周りを見ると、あからさまに立ち止まる人はいないもののチラチラと視線を寄越す人たちが何人もいた。
「手、離せって」
そう言いながら急いで手を引っ込めた。
「さっきの奴、気をつけて」
画面を見ながらそんなことをいう幸佑に、半分ムキになりながら「だから冗談だって言ってるだろ」と否定する。
「違うよ」
「違わねぇよ。あいつらマジでいっつもオレのことからかって、」
「本当にそう思ってる? ほかの人たちのことは知らないけど、さっきの奴は本気だったよね?」
オレをじっと見る眼差しにうまく言い返せない。
「それに冗談にするなって言ってたよね?」
「……んなわけあるか」
「逆になんで告白じゃないと思うの?」
「だってオレだぞ? ただの平凡で小柄なメガネ男に告白って……」
もし女子に告白されたとしても同じように思っただろう。オレがそういう対象に見られないことは自分が一番よくわかっている。そもそも高橋はモテる。一年のとき何度か告白されたことは知っているし、彼女がいるか女子に聞かれたこともあった。
(高校のときの彼女とは遠距離になって別れたって言ってたけど)
それなのに大学に入ってから誰とも付き合っていない。幸佑ほどでないにしてもそれなりの見た目だからすぐに彼女ができそうなものなのに……そこまで考えて、さっきの「去年のうちに俺のものにしてたのに」という言葉が蘇った。
(いやいやいやいや)
思い切り頭を振った。高橋はただの友達だ。出会った頃は幸佑にするようにあれこれ世話を焼いたものの、それは高橋が一人暮らしでこの辺りのことを何も知らなかったからだ。部屋に何度も泊まったことがあるがそんな雰囲気はまったくなかった。
(やっぱり冗談だろ)
そう思っているのに笑い飛ばせないのは、最後に見た高橋の笑顔がいつもと違っているように見えたからだ。いまも思い出すだけで眉間に皺が寄りそうになる。
「コウちゃん乗って」
「は? えっ?」
気がつけば目の前にタクシーが止まっていた。「ほら、乗って」と背中を押されて後部座席に乗り込む。すぐに幸佑も乗り込み、名前と行き先を口にした。
タクシーが走り出した。いつもなら「無駄遣いするな」と注意するところだが、いまはそれすら出てこない。窓の外を流れていく景色に高橋の顔が重なり眉間に皺が寄った。
「あんな奴に渡すつもりはないから」
耳元でそんなことを囁いた幸佑が本気だと言うようにオレの手を握った。
「コウちゃんは俺の彼氏だから」
握られた手がじわじわと熱くなる。同じくらい顔も火照り、心臓がバクバクした。
手を振り払うことも幸佑を見ることもできずに窓の外を見た。いつもは地下鉄で移動するから地上の景色を見ることはない。知っているのに知らない街のような景色がどんどん流れていく。
気がつけば頻繁に利用するようになった駅前を通り過ぎていた。すっかり見慣れたデザイナーズマンションの前にタクシーが止まり、ドアが開くとオレの手を握っていた幸佑の手が離れる。それが少し残念で、そう感じた自分に顔をしかめた。




