8-1 元セフレとの遭遇
いろいろあったものの、結局その後もオレは幸佑の部屋に通い続けている。せっかく幸佑が自分でいろいろしようと思い始めたところなのに放置することはできなかった。
「なんで部屋に来てくれるの?」
「はぁ?」
少しして、幸佑からそんなことを言われた。顔をしかめながら「途中でほっぽり出すことなんてできねぇだろ」と答えると、「やっぱりコウちゃんって世話焼きだよね」と返される。
「そんなんじゃねぇよ」
「じゃあ俺だから?」
「は?」
「俺だから見捨てられないってことなら特別感あってうれしいなと思って」
呆れるオレに、幸佑は「あはは、コウちゃんかわいい」と言って笑った。
諦めなくていいと言ったからか、あの日から幸佑は「もう恋人でいいんじゃない?」なんてことを頻繁に口にするようになった。だからといって無理やりどうこうしようとはしない。キスしようとしたのもあの夜だけで、ベッドで一緒に寝るものの端で人形みたいにおとなしくしている。
(無理してんだろうなとは思うけど、だからってそれを理由に返事をするのはやっぱり違うし……)
そんなことを思いながら幸佑の隣を歩く。今日は駅の反対側にできたという新しいパン屋に行く約束をしていた。駅前で落ち合い、そのまま駅の反対側へと向かう。
(やっぱ目立つよなぁ)
秋になりシックな感じの服を着るようになったからか、急に大人びたように見えてドキッとすることがある。一歳年下のはずなのにこうして並ぶとどっちが年上かわからないな、なんてことまで思ってしまった。
(年中イケメンめ)
理不尽な文句を思い浮かべながら駅を出ようとしたところで「ユキ~」という声が聞こえてきた。
「久しぶり~」
振り返るとかわいい顔をした男が手を振っている。見た瞬間、幸佑のセフレの一人だと直感した。
(セフレとは別れたって言ってたから元セフレか)
幸佑のセフレに会うのはトオヤマという男に続いて二人目だ。笑顔で近づいて来る元セフレは、トオヤマと違って過去に見たことがあるかわいい顔に小柄な体つきをしている。そのことにちょっとだけホッとし、同時にモヤッとした。
「こんなところでユキに会えるなんてラッキー」
はしゃぐ男と違って幸佑は黙ったままだ。それどころか視線を合わせようとすらしない。そのまま声をかけることなく歩き出そうとする幸佑に慌てたのは元セフレのほうで、「待ってよ!」と言いながら薄手のコートの袖を掴んだ。
幸佑の服を掴む手を見た途端にモヤッとしたものがイラッとしたものに変わる。綺麗に整えられた爪はネイルをしているのか薄いピンク色に光っていた。そんなことにさえイラッとする自分に戸惑った。
「ねぇ、待ってよ。この前マキとメグミに会ったんだけど、みんなと別れたってほんとなの?」
「ほんとだよ」
「そっかぁ、ほんとだったんだ」
オレと同じくらいの身長の元セフレが、大きな目をさらに大きくしながら幸佑を見上げる。
「マキたち残念がってたよ。もちろんぼくも残念だけど……あっ、それじゃあこれからは友達として会わない? どうかな?」
「無理。俺たちそういう関係じゃないし、終わったらそれきりでしょ」
「えぇ~、ぼくは友達でもいいからユキと一緒にいたいなぁ」
元セフレが上目遣いになりながら甘えるような声を出した。その様子にセフレだったときの二人のやり取りが見えたような気がして、なぜかイライラとモヤモヤが強くなる。
「ぼくたち、きっといい友達になれるよ? ほら、ファッションとか趣味もすごく合うし」
甘える声に幸佑は何も言わない。それでも元セフレは話し続けた。
「そうだ、いまから時間ある? この近くにお洒落なカフェができたんだ。超バズってる店なんだけど、この時間は穴場なんだって。きっとユキも気に入ると思うんだ。ねぇ行こうよ」
男が頬を赤らめながら袖をクイクイと引っ張っている。かわいい見た目でそんなことをされたら、男が恋愛対象じゃないヤツでもグッとくるに違いない。実際、オレですら「男でもかわいいヤツってマジでいるんだな」と思った。
(それに、いかにも幸佑の隣にいそうな感じがする)
そう思いながら気持ちがどんどん重くなっていく。
幸佑とセフレらしき人物が一緒にいるのを見るのは初めてじゃない。高校のときなんて目の前でセフレとキスしているところを見たこともある。とにかく幸佑の話題は毎日のように耳に入ってきた。そのたびに「大丈夫かよ」と思うことはあってもこんな気持ちになったことはなかった。
胸の奥にモヤモヤしたものがわき上がってイライラする。ある意味見慣れた光景だというのに、少しずつ眉間に皺が寄っていくのが自分でもわかった。
「あのさ」
幸佑の声に元セフレがパァッと表情を明るくした。
「俺、言ったよね?」
「えっ?」
「終わったらそれまでだし関係を戻すつもりはない。もちろん友達なんて無理。街で偶然すれ違っても声かけないでって言ったの忘れた? そもそも、それでもいいって言ったからセフレになったんだよね?」
「も、もちろん忘れてないよ。でもそれって、そう言わないと収拾つかなくなるからでしょ?」
幸佑が無言になる。それに焦ったのか、元セフレが慌てたようにて笑みを浮かべながらこっちを見た。
「あっ、もしかしてそっちの人、ユキのお友達だった? ぼくたちの関係、知られちゃまずかったかな」
「別に。それにこの人、俺のこと一番よく知ってる人だから」
幸佑の言葉に一瞬だけ元セフレの顔から表情が消える。すぐに微笑みながら「そうなんだ。じゃあお友達も一緒に行く?」と口にするが元セフレの目は笑っていない。
「用事あるなら無理にとは言わないから断ってくれても全然かまわないけど」
くりっとした大きな目がギロッとオレを睨んだ。それに驚いたのは一瞬で、「あぁ、なるほど」と理解した。
(邪魔者は消えろってことか)
幸佑にその気はないようだが、元セフレにしてみれば友達でもいいから繋がりを持ちたいんだろう。そこにオレがいるのは邪魔というわけだ。
(それだけ幸佑の近くにいたくて必死ってことだよな)
こうした光景は高校のときも見たことがある。セフレか片思いかはわからないが、校門付近で女子が幸佑に喚き散らしているところに出くわしたことがあった。ちょうど下校時間だったからか大勢が何事かと遠巻きに見ていた。
(あのときの幸佑もいまと同じ顔してた)
興奮している相手と違い、幸佑は関心がなさそうな顔をしていた。そのうち無表情になり、最後は冷たい目で相手を見ていたのを覚えている。
「じゃあ断る」
あのときと同じように冷たい幸佑の声に、元セフレが「えっ」と驚いた。そんな元セフレを気にすることなく「俺、これからこの人と一緒に行くところがあるから」と告げる。いままで冷たくされたことがなかったのか、元セフレは大きな目をこれでもかと見開いていた。
「じゃあね」
袖を掴んでいた元セフレの手を払いのけた幸佑が、なぜかオレの腰に手を回した。「は!?」と驚くオレを無視して歩き出そうとする。
「待ってよ!」
行く手を遮るように元セフレが幸佑の前に立ちはだかった。そのまま胸に飛び込むように幸佑に抱きつき、反動でオレの体は呆気なく弾き飛ばされてしまった。
まるで恋人みたいな二人の状況に、なぜかイラッとした。抱きしめているのは元セフレだけで幸佑は立ったままだが、それでもムカムカした気持ちは収まらない。
(何なんだよ)
元セフレの様子に無性に腹が立った。突き飛ばされたことより幸佑に抱きついていることのほうがムカッとした。
「ねぇ、もしかしてその人が新しい相手なの?」
幸佑の肩に額をくっつけながら元セフレがそんなことを言い出した。甘えるような仕草にますますムカムカする。
「ユキがセフレを全部切ったって聞いたときは信じられなかった。だってユキは“来る者拒まず去る者追わず”って言われてたじゃん。それが寂しくて離れる人もいたけど、でもユキから切ることなんてなかったでしょ?」
幸佑の返事はない。
「ぼくだって本気で別れるつもりはなかったんだよ。ただちょっと寂しくて……それでもユキはいつもぼくに優しくしてくれた。ぼくのこと、かわいいってたくさん褒めてくれた。ねぇ、ぼくのことちゃんと好きだったんだよね?」
返事をしない幸佑に焦れたのか、元セフレが肩に押しつけていた頭を持ち上げた。その顔がゆっくりとこっちに向く。
「っていうか何なのこいつ、超普通じゃん。しかも眼鏡ダサすぎ。ほんとにこの人が新しい相手なの?」
挑発的な言葉にイラッとした。咄嗟に言い返しそうになった言葉をグッと飲み込む。
(普通で悪かったな)
そんなことは自分が一番よくわかっている。幸佑の隣にふわさしくないことだって知っている。
(それでも幸佑が選んだのはオレだ)
浮かんだ言葉に驚いた。慌てて打ち消したものの、背中に手を回したままの元セフレを見ているとイライラして口を突いてしまいそうになる。
(駄目だ。オレが口を挟むことじゃない)
代わりにグッと睨んでいると、幸佑が「答える必要はないと思うんだけど」と突き放すように返事をした。それでも元セフレは折れることなく「だって」と俯く。
「いままでの相手はみんなかわいかったじゃん。美人でかわいくて、みんなユキに似合うおしゃれな子たちばっかりだった。男だってみんなかわいかった。それなのに、こんな平凡でダサい眼鏡男が新しい相手だなんて……」
背中を掴んだままの男の手に力が入るのがわかった。
「こんなやつ、ユキには似合わない。こんな超普通のどこがいいの? 見た目もだし服だって最悪だ。ユキの隣にふさわしくない。全然努力してない奴にユキの隣にいてほしくない。だってみんなユキに飽きられないようにって頑張ってたんだよ? ぼくだってもっとかわいくならないとって頑張ってたのに」
幸佑の顔から表情が消えた。俯いている元セフレは表情が変わったことに気づいていないみたいだが、これは相当怒っているときの顔だ。トオヤマってヤツのときにも見たが、あのときよりいまのほうがゾッとするくらい冷たい顔になっている。
「ねぇユキ、だから、……っ」
顔を上げた元セフレが息を呑んだ。幸佑の表情に顔を強張らせながらも背中を掴む手を離そうとはしない。
「俺、しつこいの嫌いだって言ったよね?」
冷たい表情と声に元セフレの顔がさらに強張る。
「にとっくの前に終わってる関係のこと、あれこれ言われるのウザいんだけど」
「……っ」
男の肩がビクッと揺れた。
「俺にセフレは必要ないし友達もいらない。よりを戻すなんて絶対にあり得ない」




