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千文字小説百物騙  作者: 凪司工房
第十乃段
92/100

教習所にて

 がくん、と大きく車体が揺れ、エンジンが停止した。並木は隣で聞こえた特大のため息に反射的に「すみません」と言ってしまう。

 教習所に三ヶ月ぶりに戻ってきたけれど、手順もゼロから覚え直しだし、シートに座った段階で小さな震えがくるしで、全く動かせる気がしない。

 ハンドルを握ったまま教習所のコースを見回す。他には二台走っているだけで、そのうちの一台はコースを外れて急ブレーキを掛けていた。

「並木さん、落ち着きましたか? もう一度、最初から確認しつつ、発車してみて下さい」

「は、はい」

 指導員の日陰は目元こそ優しそうな笑みを浮かべているが、内心では舌打ちでもしているのだろう。

 再びがくん、と大きく車体が揺れて止まった。

「少し話しましょうか」

 呆れた声でそう言うと日陰は窓を開けた。煙草を取り出し、並木に勧める。

「けど所内禁煙なんじゃ」

「まあまあ。硬いこと言わずに」

 そう言って笑うと、日陰も一本咥え、火を点ける。

「失敗って怖いですよね」

 煙を外に吐き出すと、唐突に日陰は語り始めた。

「俺、実は人生失敗だらけだったんですよ。今でこそここで先生面してますが、高校中退してヤクザの鉄砲玉やって、危うく人殺しになるところだった」

 煙草のヤニが気持ちを落ち着けてくれたらしい。並木は日陰が語るのに相槌を打ち、耳を傾けた。

「ムショを出てからも清掃員をしたり、警備員をしたり。勤め人はどうも性に合ってないらしくて、周囲とも合わずに、いつもクビになっちまって」

 並木も同じようなものかも知れない。

「何度も死のうって考えたんです。生きてても誰の役にも立たないしクズだし。けど生きてるとね、いいことも悪いこともいっぱいあるんだなっていうのが分かってきて、失敗も人生の一つなんだって思えるようになってきました」

「前にも教習所通ったことあったんですよ」

 二人とも煙草を消し、日陰の携帯用灰皿に吸い殻を押し込むと、並木はシートに座り直し、レバーをニュートラルに戻す。

「その時の指導員が怒鳴ってばかりの人で、失敗する度にガンガン、って足で蹴るんですよ」

 クラッチを踏みながら、アクセルを少し緩める。

「それがトラウマで、どうしても手が震えちゃうんですよね」

 サイドブレーキを外す。クラッチを少しずつ緩めて、車が動き出した。

「あっ」

「並木さん、できましたね」

「は、はい」

 大きく滑り出したところで、またがくんと揺れ、車は止まった。二人は顔を見合わせ、声を出して笑った。


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