本当はどんな言葉でも言い表せないくらい感謝の証だった
「またお前か」
「また私ですよ」
レイコが四人部屋の病室に入ると、窓際のベッドに腰を下ろした熊柄のパジャマの男性が不機嫌そうに腕組みをしている。
「田岡さん、毎日ちゃんと見舞いに来てくださるのにそんな風に言わないの」
「いいんですよ、看護師さん。私は慣れてますし」
他の入院患者を見ると「また始まったよ」と言いたげな顔を見せて苦笑する。
「血圧と体温、測りますよ」
田岡嗣次郎はレイコが看護師に復帰して初めて担当する患者の一人だった。色々あってしばらく職を離れていたけれど、やはり仕事に打ち込んでいる方が性に合っているとこの春復職したばかりだ。
「いつもすみませんねえ」
「和恵さん。心配しなくても大丈夫ですよ。奥さんがいらっしゃっていないときは黙って言うこと聞いてくれてますし」
「ずっと左官屋で職人気質だなんて気取っちゃってて、ほんとすみませんね」
その田岡の容態が悪くなったのは梅雨に入ってからだった。一時意識が戻らなくなり、集中治療室に運ばれた。レイコは一般病棟の担当で、ICUの看護師から様子を聞くくらいしかできなかった。
控室になっている和室に顔を出すと、やはりそこに和恵がいた。しかもハンカチで目元を押さえている。
「あの」
「ああ、すみません。大丈夫ですから」
「ちょっとお風邪を引かれて肺炎の症状が出てたみたいです。今は安定してるって聞いてますし、症状が落ち着けばまた一般病棟に戻れるだろうって」
「そうですよね。まだまだあの人には元気でいてもらわないと困りますから」
互いに笑顔を見せたものの、和恵にはいつものような元気はなかった。
その日の休憩中、レイコは田岡の様子を見に集中治療室に入った。
「あいつ、大丈夫でしたか」
「え?」
「いや、あいつね、ああ見えて神経細いんですわ。だからいつもちょっと強い態度で接してやるくらいの方があいつも心に張りが保ててね。いつも、お見苦しくてすみません」
「早く回復して、また元気にやり合ってるところ、見せてくださいよ」
人というのは不思議だ、とレイコは思う。
今まで色々な患者さんたち、見舞い客、あるいは普通に自分の人生ですれ違ってきた人々がいて、一面だけを見ているとこの人はどういうつもりなんだろうと憤りを感じたりするけれど、田岡夫妻のように、それが二人の信頼だったり関係性だったりを構築していて、簡単には量れない。
仕事を続けながら、ああいう二人になれるような人を探そう、と心に誓った。




