祖母の時間
まだ日が高いのに財布は今日も軽い。隣の奴はびっくりするほど出していたのに、自分のスロットだけは別のマシーンみたいにコインの音を立てない。いつもそんな人生だと、シンジは一人苦笑しながら中年太りしたお腹を揺らし、サンダルで家に戻ってくる。
スーパーの配送係を勤めていたが愛想がないだ仕事が荒いだと文句を言われ、首になってしまった。それは明らかにシンジが前科持ちだと分かってからの態度の変化だった。
玄関の鍵が開いていた。どうやら出かける時に鍵を閉め忘れたらしい。
「ばあちゃん? 元気してたか?」
用事で出かけた母親から寝たきりの祖母の世話を頼まれていたのだ。
部屋を覗くと布団が捲れ上がり、祖母の姿が消えていた。枕元に置かれた五百ミリペットボトルにはまだ半分以上液体が残っている。皿の上の半分にしたバナナもそのままだ。
「ばあちゃん?」
シンジは急いで玄関に戻ったが、どれが祖母の履物なのかよく分からない。開いたままだった鍵のことを思い出し、まさかという思いで外に出る。
「ばあちゃん」
声を掛けながら近所を探し歩いたが、見つからないまま十分ほどで戻ってきた。
母親に電話しようかと思った矢先、大きな物音が聞こえた。
「ばあちゃん! 何してんだよ!」
見れば祖母が廊下にひっくり返っている。
「お不浄さまや」
そう答えてにかっと笑うと、祖母の三本だけ残った前歯がしっかり見えた。
「俺が悪かったよ。大丈夫か」
手を貸そうとしたが、祖母は音を立ててその手を払い除け、自分で壁に手をやると、重そうな体を揺すりながら立ち上がる。何とか立ったものの右足も左足もぷるぷると震え、転がった歩行補助具に手を伸ばして何とかそこに掴まった。
そのまま、歩き出す。
「おい、手伝ってやるよ。なあ」
だが祖母は何も答えない。息も絶え絶えで、けれど一歩一歩確実に、亀の歩みで自分の部屋へと向かう。
でもよく考えてみればそれは職場でのシンジの姿だった。世の中の連中は「さっさとしろ」「合理的に」と時間に追い立てられて誰もが早足で進んでいる。その時間から取り残されたシンジはいつだって邪魔者だった。
祖母の歩く背中を、シンジはじっと見つめていた。
歩行補助具を一歩、また一歩と前に進めながら、ほんの一メートルを移動するのに何分掛かるんだ。
けど、それでもいいのかも知れない。急ぐ必要なんてないのかも知れない。
シンジは自然と祖母を応援する自分がいることに気づいて、笑顔になっていた。




