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千文字小説百物騙  作者: 凪司工房
第六乃段
60/100

トリガー

 壁一面が全て本で埋め尽くされているのを見ると、壮観そうかんというよりは本の世界に戻ってきたという落ち着きがあり、並木は安堵した。

 彼は作家だった。売れているとはいえないが仕事はある。今は企画で百話のショートストーリーを書かなければならなかったが、思ったようには文章もプロットも進まない。

 サイドテーブルには資料として積み上げた本や雑誌、プリントアウトがある。他にも数丁のモデルガンが置かれていて、何気なくその一つ、コルトガバメントに手を伸ばした。

 アメリカのコルト社の開発した軍用拳銃で、ガンマニアのコレクションとしても重宝され、中には象牙でグリップが造られているものもある。大きな特徴として握った時に人差し指と親指の間のところに安全装置があり、これを押し込まないと撃てない仕様だった。

 本棚にはシャーロック・ホームズの冒険からアクロイド殺し、火刑法廷にXの悲劇といった推理小説から、罪と罰や変身、老人と海、車輪の下といった文学作品までが並ぶ。

 その中で誰もが知る一冊に向け、引き金を引いた。

 パシュ、と乾いた音がしてチャンバー部分がアクションする。弾丸は飛ばない。薬莢やっきょう排出はいしゅつされ、床に転がっただけだ。

 そのはずだったのに、本棚からは一冊が吹き飛んでいた。くしゃくしゃになり、床に落下している。

 何が起こったのか分からず、並木は再度、別の一冊を狙い、引き金を引く。再び薬莢が排出され、その一冊が本棚から落ちた。落ちた文庫本はやはりくしゃくしゃで読むことはできない。

 並木は一旦コルトガバメントをサイドテーブルに戻し、パソコンに向き直る。

 少し調べたいものがあったことを思い出してブラウザを立ち上げて検索した。本来ならそこにはコナン・ドイルに関する情報が、あるいはアガサ・クリスティーに関する情報がずらりと並ぶはずだったのに、一件として見つからない。

 並木は再度、コルトガバメントで本棚を狙う。今度はドストエフスキー。それにヘミングウェイも。

 本棚から排除した作家は現実の世界でも消えていた。

 これが夢ならしばらく楽しませてもらおうと思い、並木は次々と古典作家を排除した。けれどそれだけでは飽き足らなくなり、次は現存する作家の本に向け、トリガーを引いた。

 やはり、というべきだろうか。撃ち抜いた作家は現実世界からも消えていた。

 それなら自分に向けたらどうなるだろう。

 並木は申し訳程度に並ぶ自分の著作目掛け、コルトガバメントのトリガーを引き絞る。


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