モンスター
武道館の前には人の列が幾筋もできていた。
それを中継するファンの映像を切り、西園寺夕美は自分を探す声に振り返る。
「夕美、ナーバスになってないか」
部屋に入ってきたのはマネージャーの木崎だった。一見するとただの会社員にしか見えない。きっちり分けた七三の髪に乱れのないグレィのスーツ、冴えない顔は銀縁の眼鏡の方が目立つ。
「何度も言うようにこれは君じゃなく、歌手ユミの舞台だ。アーティストという商品だということを理解して欲しい」
返事をし、木崎が部屋から出ると、夕美は入院中の母親に向けてメールをする。返信はない。精神を壊してしまってもう娘のことを覚えていないのだ。それでもこれは儀式だった。唯一の血を分けた肉親への連絡という。
と、大きな声に夕美は部屋を出る。
見ると花束を抱えた男を二人の警備員が押さえている。
「何ですか?」
「この男が父親だと言って、あなたに会わせろと」
「なあ夕美。分かるだろ? 瞳の色は母さん譲りだが、その真っ黒でしっかりした髪は俺とそっくりだ」
確かに夕美の今の父親は後夫で、本当の父親は夕美が物心つく前に出ていったと母親からは聞いている。
花束を抱えた男はむさ苦しいほどの髭面で、汚れているのか、顔の肌が赤黒い。アルコールも臭った。
「俺も色々あってな、それでもずっとお前のこと気にして見守ってたんだ。お前がいつも路上でギター弾いていたのも知ってる。綺麗な歌声で、お前のお母さんを思い出したよ。これな、スロットで勝ったから一番いいやつをって頼んだんだ」
確かに白い蘭を中心とした花束は、男が持っているものの中で一番綺麗なものだった。
夕美は一秒だけその男と目を合わせた。
けれどすぐに背を向けると「追い出して」と告げ、控室に戻った。
その一時間後、夕美は舞台の裏側でせり上がりに載り、スタートの合図を待っていた。
電飾が消され、暗い中、夕美が一人、舞台に現われた。
目の前にセッティングされた椅子に座り、マイクを自分の方に近づける。抱えていたアコースティックギターを鳴らし、口元に笑みを浮かべた。
「モンスター」
曲名に続き、低音だけをかき鳴らす。
わたしはモンスター
愛を知らない孤独な化け物
だから歌う
寂しいと
わたしはモンスター
愛を知らない孤独な化け物
会場の外にまで歓声が響いていた。
それを聞きながら、警備員に追い出された男は路地を歩く。
その目の前に、日本刀を持った男が現れる。それは最近噂になっていた通り魔だった。




