欠落しているものは
診察室の壁には真っ白な枠に縁取られた小さな絵が一枚、飾られていた。それはジグソーパズルを描いたもので、一枚だけピースが外れ、下に転がっている。
「気になりますか」
ドアが開き、土屋医師が入ってくる。西園寺は椅子から立ち上がり、会釈した。
「これは伴怪堂という作家のものなんですが、彼の作品はシンプルだけど見ている者に考えさせるという不思議な作風なんですよ。少しは眠れるようになりましたか」
西園寺は大切にしていた女性を失い、それ以来眠りが浅く、仕事をしていてもうまく集中できなくなり、ここで治療を受けた。治療といっても話を聞き、僅かばかりの睡眠薬や安定剤を処方してもらうだけだ。ただそれでも一月前からは症状は改善された、と個人的に感じていた。
「最初に言いましたが、新しい彼女を作ることが一番簡単にあなたの心の穴を埋める方法なことに変わりありません。ただ、それは根本的な問題の解決にはならないとも言いました」
「だからどうすればこの症状が改善されるのか、それを知りたいんだ」
「そうですね……今日は少し昔の話を聞かせて下さい。学生時代、もっと小さな頃のこと。何でも構いません」
「分かりました」
西園寺はネクタイを緩めてから、口を開いた。
大切な人とは妻ではなく愛人だった。妻子はいたが娘も妻の連れ子であり、愛情は注いでいるつもりでいるものの、やはりそれは何か隔たりがある感覚が抜けない。
西園寺は幼少期から何かが欠けていると感じていた。親が資産家で経済的には恵まれていた。欲しいと言ったものは全て手に入った。中学の時に初めて付き合った彼女も金で買ったようなものだ。
結婚は世間体を考えてのものだった。
以前なら愛人が一人去ったところで別の愛人を作っただろう。けれど今回はぽっかりと穴が空いたまま何故かそれを埋められないでいる。
そこまで告白した西園寺に土屋はこう言った。
「だいたい分かりました。あなたに欠けていたのは感情ではありません。愛情です。親から愛し方を教わらなかった。望んだものはすぐ手に入り、金を詰めば問題が解決できた。大概のことはあなたの思い通りに進んだはずです。しかし、今回あなたの大切にされていた女性はあなたの思い通りにはならなかった。そして自ら命を断った。あなたは初めて強烈に拒否されたのです。その時に彼女を本当に愛していたと気づいたのでしょう」
愛情か、という言葉を口の中で呟き、西園寺は苦い笑みを浮かべた。




