月に帰る君を想う
ねえ、竹取物語って知ってる?
それが初めて告白したことに対する彼女の答えだった。
杉岡将太は中学三年になって転校してきた鈴木教子のことがずっと気になっていた。告白の機会が訪れたのは彼女が公園で一人、ぼんやりと白い月を見上げていた時だ。
「鈴木、僕と付き合ってくれないか」
ブランコに座っていた彼女はくるっとした目を何度か瞬かせると、考え込むように唇をぎゅっと結び、それから立ち上がって思い切り立ち漕ぎを始めた。
竹取物語については学校の国語だか古典だかの授業で習ったということだけ思い出せたが、それがどんな物語だったかは覚えがなく「知ってる?」という問いかけに「おう」と言ってしまったことは、後々を考えれば彼女についた最初で最後の嘘、ということになる。
「ワタシね、月に帰らなきゃならないんだ」
「いつ?」
「一学期が終わったら」
「それまででもいいから付き合ってくれって言ったら?」
それは十五年の短い人生の中でも最大級の賭けだった。
「いいよ」
けれど彼女は意外なほどすんなりとそれを了承し、将太は鈴木教子と付き合えることになった。三十日ほどの期間限定だったが。
鈴木教子は特別美人ではないが明るくて頭がよく、誰とも気兼ねなく話す。ただ休み時間に教室で一人で過ごしていることも多い。
デートは主に放課後、あるいは土日に行われた。デートをした、というより特殊な作業のような印象だったのは、偏に彼女が毎回何かしらの課題を課したからだ。
例えばある時は英語を使ったら罰ゲームで相手の好きなお菓子を購入することだったり、ある日にはデートが終わるまでに彼女が出した質問の答えが分からなかったら別れるというものすらあった。
二十回ほどのデートを重ね、遂に彼女が月へと旅立つ日が近づいた。
「明日でお別れね」
「見送りに行くよ。月まで行くから」
「それは無理かな」
彼女が嘘をついていることは分かりきっていた。だからこそ、ついこんなことを口走ってしまったのだ。
「本当は月に帰る訳じゃないからだろ?」
翌日、いつもの公園で彼女を待っていた。
当然彼女は来ない。
昨日、あの質問に何も言わなかった彼女が見せた寂しげな笑顔が記憶に張り付いたままで、せめて最後にとびっきりの笑顔を見せて欲しいと色々考えて待っていたけれど、雲の多い空のようにどんよりとした空気は変わらず、それどころか雨まで降り始め、将太はびしょ濡れになったまま、ブランコを漕ぐことしかできなかった。