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異世界行ったら弱すぎた  作者: 痛痴
2章 異世界オタクと人形達の街
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36話 迷宮狂争

 ―カンダラ市営鉱山 冬氷の間―


 だが、新技であるココアはドラゴンにはあまり効かなかったらしい。火傷くらいすると思ったんだけどな。そう思って飲んでみるとアイスだった。

 あちゃー、そういうことだったか。


「いや、そういう問題じゃないから! とにかく下がって」


 ここはアンドレー君に素直に従っておこう。使い捨ての魔道具はまだ先に残しておきたいし、他にやることもないしね。

 アンドレー君がドラゴンに向かっていく。だが、かぎ爪で軽くあしらわれてるみたいだ。まあ仕方ないだろう。だいたい対格差が絶望的だ。象とアリンコよりもひどい。

 でも俺は信じてる。アンドレーはやればできる子だって……!


「アンドレー、がんばれー!」


「うるさいっ。気が散る!」


 いつもより余裕ないな。まあそりゃそうだろう。竜種は難敵だ。ぽんぽん出てるイメージあるけど一応この世界の最強生物だったりするらしい。だが俺には関係ない。俺はココアを松明様に温めてもらって、ふうふうと飲んだ。

 いやぁ、やっぱ温かい飲み物は最高だね。甘さが体にしみるわ。


 ケム爺がまた魔術の準備をしている。今度は空から落とす用ではなく、攻撃を目的とした魔術だろう。

 だがどうしても詠唱するときは時間がかかる。アンドレー君はその時間を稼がなければならない。


「くっ……!?」


 アンドレー君もそれを理解しているらしく、ぴょんぴょん跳ねながら竜の注意を奪っている。アンドレー君がああしなければケム爺は魔術詠唱する時間を得られないだろう。


 いつもはどうしているんだろう。ケム爺のあの感じだとソロみたいだし、まさか近接戦もできるとか? 

 まさか。魔術師は基本的にフィジカルは激弱だ。魔術に関係ないステータスを犠牲にしているかららしいが、まあ地球のトップアスリートくらいだと思ってくれればいい。

 そんな彼らは近接戦をあまりしない。この世界の戦士は基本的に魔術を使うが魔術師を名乗る者は一般人以上のクオリティが求められる。他のことに割いている暇はないのだ。


 さて竜の基本性能はいつかの翼竜と同じくらい、だと思う。正直分からない。達人の試合を見ても素人は分からないのだ。

 この世界で強くなろうと努力してみようと思ったことはある。あるが、無理だった。武術で言えば、手刀で鉛板を切ることから始まる。魔術で言えば3つの異なる本を同時に速読することが初歩だ。

 基本性能が違い過ぎる。フィジカルでもソフトでもかなう気がしない。


 というわけでそれはいつか来る強化イベントと他人に任せていこうと思う。


≪我が名において命ず≫

≪魔力よ≫

≪土を固め天を貫け≫


「【ガルグ・カガマ(いでよ土槍)】」


 ケム爺の魔術が氷竜の肩に炸裂した。硬度が練られた魔力に対して少ないが、それは爆散ように魔力を配分しているんだろう。 

 痛みにうろたえたのか氷竜は動きを止める。


 ケム爺がボソボソっと詠唱をする。先ほどとは違ってうまく聞き取れないがかなり長い詠唱だ。

 氷がうねうねと動き巨大なボウガンを形作った。

 そして張り詰めた氷の弦が解放される。


 一筋の矢が隼よりも速く、音よりも早く、ひゅんという音を出しながら青い螺旋の軌跡を描いて竜に迫る。

 まるで流星のようになったそれは躱すことなど不可能、かと思われた。


「なに」


 ケム爺が初めて意外そうに顔を顰める。

 竜がそれを躱したのだ。竜は矢によって生まれた気流を読み、それを利用して空中へ移動する。これにはケム爺も驚いたようだが、そこはプロ。早速、次の行動に移っている。


≪我が名において命ず≫

≪魔力よ≫

≪盾となり災禍を遠ざけよ≫


「【プロモ・アンテ(阻害せよ)ググン(盾よ)】」


 俺らの前に巨大な半透明の盾が現れる。よく見るとその部分だけ風で雪が飛ばされる速さが遅くなっているようだ。

 そうという間に竜が突進する。が、氷竜は寸前まで寄ってくると急にその速さが小さくなった。


「促術の減速魔術じゃ。壊れることはないが、奴も対抗してくるっ」


 この魔術は敵の速さを促術によって下げるが、竜もそれに対抗して促術を練っているということか。魔物っていうのは人間よりバッテリー量が多い。バッテリー勝負じゃ分が悪いだろう。

 いち早く打開策を考えなければ。


「じゃあ、爺さんは守りに付きっ切りになってくれ。なんとかこっちで攻撃を……」


 だが。そう俺が言うと爺さんはふっと笑った。


「まあ、舐めるな。わしは特別牢獄一番の大魔術師じゃぞ? だが、その前に……」


 俺がそのことを疑問に思う前に攻撃は始まっていた。


「少しその耳を覆わせてもらう」


 俺の耳が何か冷たいもので覆われた。水だ。しかも液体のくせに緻密な構造が施されており、周りの音が聞こえない。


≪●●●●●●●●●●●●≫

≪●●≫

≪●●●●●●●≫


 詠唱が聞こえない。だがそれが奇妙な魔術であるということは分かった。

 竜は身震いをすると全身の粘膜という粘膜から体液をまき散らした。それまで圧倒的威容を示していた存在が急に憐れな姿に豹変する。

 竜は血まみれになりながら死んだ。


 ーーーーーー


 氷竜の素材は気になるが俺たちには時間がない。死体は放っておいて先に進むことになった。


 ケム爺の強さは俺が出会った魔法使いの中では最強クラスかもしれない。もちろん松明様レベルとまではいかないが、ほぼ単独で竜を倒すというのはこの世界において一流ということだ。松明様も興奮して手の中で暴れていらっしゃる。

 まあそのせいで。


「なんか……目立たなかった」


 意気消沈している骸骨がいるが、アンドレーは強いやつだ。フォローしなくても問題ないだろ。


 だが、問題は別にあった。このケリオン・ハーモニウムという魔術師。ただの魔術師ではないことは間違いない。

 まず一つ目に詠唱を人に聞かせないというのが怪しすぎる。この世界の魔術は、詳しいことは知らんが詠唱を隠すようなものではない。なぜか? 隠しても仕方が無いからだ。どんな詠唱にしてもその人に見合った効果しか出ない。もちろん微妙に差異はあるのだが、1億円の前に1円は誤差だ。その程度の違いしか無い。

 つまるところ、ケム爺が詠唱を隠す以上、尋常じゃない何かがあるのだ。


 正直突っ込みたくない。だから俺は糾弾しないし、アンドレー君も空気を読んでいる。

 これはあとで松明様に聞いてみなければならないな。


 だがまあ、なんにせよ障害もなくなったことであるし、ずんずん進んでいこう。

 確か抜け道とやらがあるんだったな。

 雪の丈は膝ほどまで高く、手足を小刻みに動かさないと凍傷を起こしそうだ。足の感覚はすでになく、息をするほどに肺が凍える。

 松明様は普段は手を近づけても普通の松明のように温かくないのだが、今日ばかりは温かくしてくれている。そんな俺は彼女にメロメロである。アメとムチ。厳しくされた後、突然優しくされると人間は相手のことを愛していると錯覚する。


「それ、寒がり。そろそろ洞窟につくから、寒さもマシになるぞ」


「そそ、それは朗報だな」


 洞窟、洞窟か。結局、また洞穴かよ。

 まあいいさ。吹雪だけでも防げればかなり快適だろう。ただ、狭い空間にいると俺は牢獄にいるのだと再認識されるから嫌なんだよな。


 というか思ったんだけど、今ホワイトアウトしてるんだよね。2m先が見えない。ケム爺の背中を追っているのだが、ケム爺はなんでこんな視界で目的に着けるのだろうか。

 トキシトート人類は目もいいのか。地球人類の強味は無いのだろうか。

 無いな。断言できる。俺たち人間は弱いから文明を発展させてきたとかほざく奴がいるが、宇宙には強いのに文明を発展させてきた種族もいるだろう。知的生命体の資料数が1つの中でまともな分析などできるはずがないのだ。


 トキシトート人類は明らかに地球人類の強化バージョンだ。そこは認めなくてはならない。まあだからといって俺は諦めるつもりはないがな。


 さて洞窟の入り口に着いた。穴の大きさはかなり大きい。5階建てのビルなら簡単に入るくらいだろう。奥の方は暗くなっていてなにもわからない。


 俺が洞窟に入ろうとするとケム爺が手で制した。


「ひとつ注意事項がある」


「ななんだ?」


 俺は寒さが限界状態だったので歯を鳴らしながら聞いた。

 ケム爺は髭を撫でながら洞窟の漆黒を見て言った。


「この洞窟にはなにもない。石と凍えだけがわしらを迎える。それを忘れないことじゃ」


 俺はてきとうに頷きながら洞窟に入った。



 ―カンダラ市営鉱山 特別牢獄―


 時は少し逆戻る。

 ところ変わって特別迷宮。ミケとリアンはその入り口に立っていた。


「これは……」


「まるで町ですね」


 牢獄はいつも通りの賑わいを見せている。浅層に比べれば大人しいものだが、それでも牢獄という概念から離れたものであることには間違いない。もっとも二人は浅層の牢獄の様子を知らないが。


「とりあえずギルドに寄ってみるか。さすがに受付には行けないが、情報が集まっているはずだ」


「そうですね。噂話を聞くだけでも役に立ちますし、食事処もあるでしょう」


 というわけで、近くの人に道を尋ね、ギルドに向かった。


 ギルドはいつもと変わらず人であふれている。

 リアンはふと入り口近くで話す男3人が気になった。若い二人の男と老人一人という組み合わせである。


「爺さん、ここまでありがとう。これは礼の金だ」


 そう若い男が言うと麻袋を老人に手渡す。老人はそれを一度は断るがついにはそれを受け取る。


 なぜ彼らのことが気になったのかは分からないが、特に金を渡した軽薄そうな男にはなにかしら引っかかるものがある。

 いや、そうだ。わかった。

 彼の匂いが気になるのだ。どこかで嗅いだことのある懐かしい香り。

 これは……。


「リアンよ、どうしたのだ?」


「い、いえ。なんでもないです。それよりあそこに死亡者リストがあります。参考になるかもしれません」


 まさか、誰かの匂いを嗅いでいたとは言えない。


「うむ、本国の情報も古いからな」


 なにせ十数年前の代物である。前回の対魔王軍攻勢時に調査されたときのもので、軍用ゆえに正確さはあるが、時が経ってはそれも怪しい。


 そういうわけで二人はリスト、といってもディスプレイなのだが、の前に立った。


 さて、二人がそこで何を見て、何を知り、そして何を考えたのかは言うに及ばないだろう。

 一つ言うべきこととしては、ここに迷宮探索レースにもう一組の参加者が現れた。


 黒服を纏う巨漢とローブを羽織った小柄な魔術師。

 彼らは勇者の従者である。


 第三勢力の彼らは、戦いにどうかかわってくるのか、この時点では誰も知らない。


 リアンちゃんは鼻がいいです。

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