第4話 赤いゼラニウムの花言葉は
生まれて初めてデートに誘われてしまった…
一人は妹で、もう一人は僕だけれどさ…けれど嬉しいものは嬉しい。
『三人で遊びに行くだけ』言い方を変えればただそれだけのこと。しかし『デート』という単語が堪らないし楽しいなぁ。
冬樹はDT丸出しの考え事。フユキから『デート』に誘われて、その後のフユキが恥ずかしさを紛らわす台詞は上の空。
「お兄ちゃん顔…」
「んあ?」
「鼻の下伸びてるよ…」
友奈にジト目を向けられて現実へ戻ってきた。
いかんいかん。どうやら心の中が顔に投影されていたようだ。
って、別にいやらしい妄想はしてないからね…。
そんな事を言われフユキの反応が気になり、チラっと見る。
するとモジモジしている…よっぽど『デート』という単語が恥ずかしかったのかな?それとも…
「私お風呂行って来る」
この雰囲気に耐えられなくなったのか、パタパタと居間を出て行ってしまった。
さっきはあんだけ目線を合わせて、真っ直ぐ見据えてきたのに今度は明日の方向を見ながら――
居間は友奈と二人きりの静かな空間となった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんの事なんだけど…」
重げに始まる口調は作戦会議と言ったところか。
それと、あの子が居なくても『お姉ちゃん』と呼ぶのな。友奈の中では疑惑はあれど、フユキはもう本当の姉だと位置付けているのかもしれない。
「どこから来たんだろう…?」
「…分からない」
疑問点はいくつかある。
・友奈が言った通りフユキはどこから来たのか。
・知り合いに会ったらどういう反応を見せるのか。そしてどんな反応が返ってくるのか。
・婆ちゃんがまだ隠している事と、母さんが知ったらどんな反応を見せるのか。
揚げたらキリがない――。
「あ…。」
「お兄ちゃん!!!」
さっきまでヒソヒソ話だったのに、いきなり大声を上げるからビックリした。
「な、何だどうした?」
「へや…」
「え?」
「部屋!!お姉ちゃん、パジャマ取りにお兄ちゃんの部屋に行ったんじゃないの!?」
「ッ…!」
フユキばかりに目がいって、周りがまったく見えていなかった。
いくらなんでも男と女。部屋の中は絶対に違いが出る。仮に内部が似ていても違和感を覚えるハズ。
婆ちゃんは「あの子には内緒」と言ったけど、最初から隠し通すなんて無理な話だったんだ。
改めて考えると、婆ちゃんの無茶振りに近い約束と、フユキが現状に気付いた時に錯乱してしまうのではないか。と不安になる。
いや、僕ならば絶対にそうなる。だからフユキも同じ―
「友奈!友奈は風呂場に見に行ってくれ!」
風呂場へ直接向かう。それは僕の行動パターンだ。
けれど同一人物とは言え、僕はあの子の事を全て理解していない気がした。
そして、友奈を風呂場へ行かせたこと。こんな状況でも、フユキが裸でいる空間に押し入ってしまって、あの子に嫌われたくない。そんな自分でも気付かない、冬樹の心の奥底にある気持ちが働いていた。
それにフユキが、僕と違う行動パターンをする事で『全くの同じ人間』である事を否定したかった。
もういい時間なのに、足音を気にせず階段を駆け上る。
二階は僕と友奈の部屋ともの置きの三部屋。左手の手前が友奈で奥が僕の部屋。
「フユキ!居るか!?」
もしバレたら誤魔化すか!?いや、嘘を嘘で見繕っても結果的にあの子を傷付けるだけだ。ここは本当の事を言おう。そして、婆ちゃんから本当の事を聞こう。
また倒れている可能性もある。そう考えたら、言い訳を考える暇なんて尚更無いんだ。
意を決して扉を開けた――。
部屋にフユキは居なかった。
同じ行動パターンをした自分。という自覚と、違う行動パターンを取った。という微かだった希望が入り混じった。が、
「なんじゃこりゃあ!!!」
僕が知っている僕の部屋ではない。
ベッドにはぬいぐるみがひとつ。そして目の前の机の上には、『ゼラニウム』と書かれた名札が刺さり、赤い花びらを咲かせる鉢植え。それに向こうにはファッション雑誌が広がっている。まるで女の子の部屋みたいだ――
「ここは…僕の部屋?」
入る部屋を間違えたのかと、扉から頭を突き出して場所を確認する。やっぱり友奈の部屋ではない。紛れもなく僕の部屋だ…。
じゃあ僕の部屋は……?
大声を聞いた友奈が、心配そうな声を上げて二階に上がって来た。
きっとフユキに変わった所は無かったのだろう。
友奈も女の子みたいな僕の部屋を見て絶句した。
「お兄ちゃん模様替えしたの…?」
「そんな覚えは――」
――そうか。
この内装から推測するとフユキの部屋だ。だから仮に、部屋へパジャマや下着を取りに来てたとしても何も無かったんだ。
ていうか、僕の私物は…?制服は?PS4は?パソコンは?
冷や汗がダラダラ出てきた。
あのパソコンは誰かに見られたらマズイ。いや、そうじゃない。
頭の上から魂が出て行くような感覚と共に身体が崩れる。
頭の中、真っ白けっけ…。こないだセーブデータ消えたけど、そんなの比じゃないや、、、
階段を誰かが上って来る足音がする。きっとフユキだ。
ショックが一周回ったのか、頭の中がやけに冷静になってきた…。
フユキはこの冬樹が自分の部屋に居る状況を見て、僕が下着でも漁ってたのだと思うんだろうな…。そして友奈が発見して懲らしめた。だから僕は死にそうな顔して項垂れている――。
来たッ!!
「誰かいるの?」
自分の部屋に誰かが居る予想外の出来事を理解出来ていないみたいだ。声が微かに震えている。
「お兄ちゃんヤバイよッ」
焦った感じで友奈はコソコソ話してきたけど、多分お前は悪い風にならんぞ。たぶん。
とりあえず姿勢は四つん這いだけど頭は上げた。ちょうどその時、開いた扉の前にやって来たフユキとバッチリ目が合ってしまった……
「え!?冬樹くん…」
ああ、終わった。
死刑を言い渡される犯罪者ってこんな気分なんだろうか――
「あははは。凄く死にそうな顔してるよ」
僕の顔はそこまで絶望に染まっていたのか。
「それに友奈も。変な顔してる」
友奈は口をあぐあぐさせている。というか、フユキは何も不審に思わないのか?友奈が一緒にいるから?
「ほら。冬樹くん立って」
フユキは四つん這いで悲壮感溢れる僕に、手を差し伸べた。
「そんな暗い顔しないで、下でプリン食べよ?」
さも、あるようなありえないような悪い方へ考えていたギャップなのか、フユキが眩しく見えた。
それと同時に冬樹は胸の締め付けを覚えた――。