(更新20)
【ガンズ】
「久し振りに六階層まで来たが、魔物が増えてるな」
今回俺達は十階層まで護符で跳び、そこから一階層へ向かって進むルートを取った。
護符をそれなりに確保したパーティーが増えてきている。
一~三階層辺りは新人冒険者や俺の様に独りで腕試しに来る者で、魔物は増えない。
また、七~九階層辺りは護符目当てのパーティーによってやはり魔物は一定の規模に抑えられている。
丁度中間辺りの階層は、訪れる冒険者達が体力温存の為に、魔物との戦いをを避ける傾向がある様だ。
当然魔物の数が減らない。
「ヴィーシャ殿、前方の天井、見えますか?」
「…えぇ、また居たわね」
ヴィーシャの展開した術式から炎の矢が飛んでいく。
天井にへばり付いていたスライムが焼かれて落ちた。
「…大きいわね、皆ここらの階層を無視して進んでいる証拠だわ」
スライムは動きの鈍い魔物だ。
大抵は天井から獲物の上に落ちてきて包み込むとか、床に水溜まりの様なふりをして踏みつけた獲物を襲う。
これが地味に面倒だ、一々確認を取らないといけない。
それなりに知能のある魔物なら俺達をやり過ごしたりもするだろうが、こちらの人数の有利を考え無いで襲ってくる。
「でっかい水溜まりだな…旦那、頼むわ」
ザップに促され、俺は水溜まりに近付いた。
籠手に雷を纏わせ、水溜まりに触れる。波紋は立つがそれ以外に何も起こらない。
「大丈夫だ。ただの水溜まりだ」
これがスライムなら波打って痙攣する。
俺達が進むと松明の明かりが揺れる。俺達の影もつられて揺れる。
「…うっ」
通路の角を影が横切った。俺達の影では無い。
「……ありゃあ、幽霊ってやつか?」
「…多分ね。魔物が飽和状態で新しく魔物をダンジョンが造らないのよきっと…魔素がその分溜まっているんだわ」
つまり、ある程度以上は魔物を倒さないと『ああゆうもの』が増える訳だ。
「…大概、何もしないから大丈夫よ」
ヴィーシャは面倒な様子で眉をひそめた。
以前絡まれた時の事を思い出したのだろう。
「この先に部屋があります。宝箱がよく見付かる場所です」
ドラスが地図を確認しながら指を差した。
近付くに従い、部屋の中から騒がしい音が聴こえてくる。
「お楽しみの最中みたいだぜ?」
ザップが俺に言った。なるほど、戦いの音だ。
「突っ込むぞ!」
俺が雄叫びを挙げて部屋の扉を蹴り、エドが続く。
中は戦の庭だ、入り乱れての戦いが始まっていた。
片方は猿熊、七頭もいる。棍棒を振る奴もいれば、素手で跳び掛かっている奴もいる。
対するのは…オーク?
「加勢するぞ」
俺はオークに対峙していた猿熊に拳をめり込ませた。
脇腹への一撃で心臓が停まったのか、崩れ落ちる猿熊。
オークはギョッとした様に俺を見た。
「余所見をするな!次だ」
オークを急き立てて次の獲物に向かう。
横合いからの増援に猿熊達が浮き足立つ。
降り降ろされる棍棒を縫って鳩尾へ迎撃。返す拳を鼻面にぶち込む。
次だ。
牽制の矢が翔ぶ。避けた猿熊の体勢が崩れたところに足を払い、床に倒れたところを撃ち降ろす。
これで三頭。
次は…と思ったが他は皆が片付けた様だ。
七頭中、三頭。もう一頭いけるかと思ったが、実質二つのパーティーだ。こんなものだろう。
「相変わらず手が早ぇな、旦那」
ザップは誉めてくれているが、やっと身体が温まったという感じだ。俺は肩をすくめてオーク達を見た。
五頭…いや、五人。
この国でオークはゴブリンと同じ『準知的種族』とされている。
厳密には『知的種族』の水準を充たさないらしいが、魔物扱いでは無い。
よく、ヒューマンなどが『オーク豚』と呼ぶが、俺から云わせると『豚』よりは『ハイエナ』に近い顔立ちだ。別に太っている訳でも無い。
首が太く、頭より首回りがある。それだけ頑丈な顎をしている。黒い肌に茶色い体毛が疎らに生えていて、ヒューマンの観点からすれば汚い様に感じるから『豚』呼ばわりされているらしい。
「大キな旦那、助カった」
リーダーらしいオークが礼を言う。
「あぁ、冒険者同士だ。お互い様だろう」
リーダーらしいオークはキョトンとした。
「そういう人ハ少ナい」
「…まぁそうでしょうね。今は」
リーダーを始めオーク全員がヴィーシャを見ると、驚いた様に深く頭を下げた。
「まさかヴァンパイアの方モいらしゃるとは」
「ヴィーシャ?ヴァンパイアとオークの間に何か関係があるのか?」
聞いた事が無いが、オークを作出でもしたのだろうか?
「…チ、陛下よ。オークやゴブリンを知的種族に認める様に話を進めているわ。…もっとも直ぐには決まらないでしょうけどね」
なんでも、税収を増やす為らしい。数が多いからな。
「いえ、それでも気ニかけて頂ケるのは嬉シい」
オーク達とはそこで別れた。
「…何年掛かるかしら?一年やそこらでは無理ね」
まぁ、それでも連中にすればありがたいに違い無い。
知的種族に認められるという事は、権利が認められるという事だ。
例えば集落に魔物が出たとしたら、領主へ討伐の嘆願が出来る。農地を開墾すれば地権も認められる。兵となって武功を修めれば栄達の道も見えるだろう。
そうなれば野盗の様な真似をする輩も減る。
「じゃあそろそろ俺達も行こうぜ?」
オーク達が行ってから暫く間をあけて、俺達は移動を始めた。
「オーク達は向こうに行ったみたいだな、俺達はこっちだ」
別の方向に向かって進むと、通路より広い場所へ行き着く。
あちこちから通路が繋がる結節点だろう。
「…こっちには来た事無いわね?」
「あぁ、七階層への道から外れてるからな…ドラス、地図見せてくれ」
ノラが松明をかざし、その明かりでザップが地図を眺める。
その間、俺はエドと先に延びているいくつかの通路を照らして確認した。
「僕達が来た道を外せば五本の通路ですか…」
エドが通路の一本を松明で照らす。
「ザップ?どこに続いているんだ?」
「あ~、ここら辺りは階層攻略に関係無ぇから地図が出来て無ぇんだ」
地図から、何処に繋がるか見当を付けるから待って欲しいとザップに頼まれた。
「こういう結節点は好きじゃない。何処から魔物が飛び出して来るか」
ノラが不安そうに辺りを見渡しながら言う。
「…ガンズ、何か見える?」
「少なくとも飛び出してくる魔物は居ないな」
「待たせたな、多分だが五本のうち四本は前に行った場所に繋がってるはずだ」
ザップが残る一本の通路を指差す。
「この通路だけは何処に繋がるのか判ら無ぇ…行ってみるか?」
ザップの指差した通路は、他よりも幅が狭くやや下っている。
進むうちに前方から明かりが漏れて来た。
「…ダンジョンで明かり?」
「光り苔の類いじゃありませんね」
通路の突き当たり、扉の無い部屋が見えた。部屋全体が明るい。
「ちょっと今までとは毛並みが違う部屋だぜ?」
まるで陽の光りが射している様な明るさだ、十一階層の明るさに似ている。
それなりに広い部屋だった。床の石畳の隙間から雑草が生えている。
光源のせいだろう、ダンジョンでは苔や茸の類いはよく生えているが、ここのは外に生えているものと変わり無い雑草だ。
「…ねぇ、これお墓じゃないかしら?」
ヴィーシャの目の前には石柱が立っていた。
石柱の前は石畳ではなく、土が盛られている。よく見れば何度となく掘り返し埋め直された跡があった。
「ダンジョンの中で墓なんざ初めて見たぜ」
この間ヴィーシャの墓参りに付き合ったが、一般のものは石など置かず土盛りがあるだけだった。
ラムールでは一般の墓でも石を積み上げて目印にしていたが、それとも少し違う気がする。
「ヴィーシャ、本当に墓なのか?」
「ちょっと待って」
そう言うとヴィーシャは術式を展開する。
俺達にも見える様に可視化された基礎式は死霊術のもの。
回復魔法で何度も見たからすぐに判った。
「…お墓…というより慰霊碑の様なものかしら…この下に骨が大量に埋っているわ」
術式を解くとそう言った。
「大量に?主人、それは人の?」
「…そうね、魔物のものは無いみたい」
「何の為にある?冒険者ならダンジョンで死ねば公爵様が骸骨兵にしているだろう?」
ダンジョンを骸骨兵が巡回するのは宝箱の補充以外に、ダンジョンの修復や冒険者の死体回収の為だ。
公爵様が有効活用しているのに、慰霊碑が必要なのだろうか?
「…骨はバラバラで損壊してるものばかりね…多分だけど骸骨兵に使えないものや、壊れたものを纏めているのよ」
「ザップ殿、こちらに魔法陣があります」
ドラスが部屋の隅を指差す。
「ヴィーシャ、こいつぁ転移陣じゃねぇのか?」
「…そうね。何処に繋がっているのかしら?」
転移陣は見ただけでは行き先が判るものでは無い。
「公爵様んトコじゃねぇの?壊れた骨を運ぶ用だろ」
「…光神教が居た頃は、僧侶が叔父様を討伐する気満々だったのに?結構使い込まれているわよ」
「使ってみるか。もし公爵様の処なら許してくれるだろう」
ノラが露骨に嫌な顔をしているが、ヴィーシャの見立てなら研究室には行かないだろう。
「…皆転移陣に乗って…………じゃあ、魔力を流すわよ?」
ヴィーシャが魔力を転移陣に込めた瞬間、目の前の景色が変わった。
…なんだか豪華な部屋だな。
ベッドは無いものの、調度品は高級そうだし、大きな窓も質の良いカーテンに飾られている。
「………何処だ?ここは?」
「取り合えず、公爵様んトコじゃ無ぇな」
「…え?この部屋の装飾って!?」
ヴィーシャが驚いて部屋の中を見回す。判るのか?
「何奴!?」
扉が開かれると同時に大声を上げて現れたのは…
「え?…爺さん?」
「グレゴリウス殿!?」
現れたのは陛下のお目付け役、『爺』こと覇王グレゴリウスだった…




