(更新18)
【ザップ】
朝っぱらは少し冷えるな。
王都より北の場所だ、当たり前っちゃあ当たり前なんだが。
小屋を出て大きく伸びをする。
いい天気だ、もうミノタウロスの連中が畑に出ているのが遠くに見えた。
やっぱり緑の多い所は空気が違うね、スキン姐さんもこういう所なら部屋に籠らずに済むんじゃねぇか?
…まぁあの女は好きで籠ってんだろうけどよ。
美味い空気を肴に煙草を一服。
「おはようザップさん」
「よぅエド、よく眠れたか?」
「えぇ、久し振りに街の外に出ると気分が変わりますね」
懐かしい感じがしますよ、とエド。
「僕達の生まれ育った村も、こんな山間に在りました」
遠い目をしながらエドが言う。俺は煙草を一本差し出した。
ゆっくり旨そうに吐き出す。
「…こっちは値が張るから控えてましたよ」
照れた様に笑って煙草を口にする。遠い目はしていなかった。
…まぁな、昔語りは好きじゃねぇ。思い出すにはエドはまだ若いさ。
「さて、今日の予定は?リーダー?」
「俺はちょっとぶらぶらするさ、エドもどうだ?」
後ろの扉が開き、ヴィーシャが顔を出した。
「…おはよう。何?朝っぱらから二人して煙草?」
「よっ、いいじゃねぇか、のんびり出来るぜ」
ヴィーシャは肩をすくめ、ガンズが朝飯を作っている事を告げて戻った。
「ガンズさんオーガの田舎料理を作るって言ってましたね、昨日」
「何が入っているやら、ちぃっと恐ぇな?ま、旦那は料理の腕は悪か無ぇ、御相伴に与ろうぜ」
エドの肩を叩き小屋の扉に向かった。
【ガンズ】
ノラを連れて森に入った。
以前行った墓所の森と違い、下草の多い、雑然とした森だな。
「あっちの森はエルフが林業を始める前からライカンが手入れしていたからだろう。私はこちらの感じの方が好きだな…と云ってもその内この森も整備されるだろうけど」
ノラとしては自然な森の方がいいらしい。
「ガンズさん、ちょっと靴を持っていてくれ」
裸足になるとノラは手近な幹をするすると登っていく。
やがて太めの枝に足を掛け、辺りを伺う。
両足でそれぞれ違う枝を掴み、肩から弓を外すと矢をつがえた。
…木の上でああいう立ち方が出来るのはエルフだけだな。
素直に感心する。小枝の一本、葉の一枚揺らさずノラは立っていた。
やがて弓を引き絞り、つがえた矢を放つ。
鳥のものらしい断末魔が聴こえた。
「本当に揺れないな」
ヒューマンの国々で対立しながらも、エルフがなかなか追い出されない理由だ。
何処から矢が飛ばされたのか、あれでは判別し難い。
「ガンズさん、場所の見当は?」
「ああ、行ってくる」
今日の俺は猟犬役だな。
俺達オーガは弓矢を使わないから、鳥肉は滅多に食えない御馳走だ。
音を立てずに向かう。ノラはまだ鳥を取る気だ、騒がしくする訳にはいかない。
羽根をばたつかせ地面に墜ちていた鳥を見付け、首を捻って絞める。
矢を引き抜いてノラの元に戻ると、丁度また矢を放つところだった。
ノラの登る木の根元に鳥を置き、また矢の飛んだ方へ足を向ける。
五~六羽は獲った。
ノラがまたするすると木を下りてきた。
「まぁ、こんなものか。余り獲ると良くない」
数を減らし過ぎるのは良くないとノラは言う。
「増え過ぎると畑にたかる、減り過ぎれば森が弱くなる」
森が弱くなる?
「鳥が種を運ぶからね、老木が倒れた後そこから若木が生えるのは、鳥や栗鼠のお陰だ」
「なるほどな」
「もっとも、居留地はもう少し拡がるんだろう?ここら辺なら多目に獲っても大丈夫とは思う…何を見てるんだガンズさん?」
「いや、ノラが珍しく饒舌だと思ってな」
苦笑しながらノラは言った。
「誰でも得意な事には口が回るものさ」
ノラは靴を履きながら少し場所を変えようと言う。
「久し振りに森を満喫出来て嬉しいよ」
「ダンジョンばかりだからな、気が滅入っていたんじゃないか?」
「…そうだな、うん、そうかもしれない」
普段余り喋らないから鬱憤は溜まるだろう。ノラの場合ヴィーシャに気兼ねする分特に。
他の皆も楽しんでいるといいが…
がさり、と葉の擦れる音が聴こえた。
「ノラ避けろ!」
繁みから勢いよく猪が飛び出してくる。
脳天目掛け拳を降り下ろした。
「…危なかった、大物だなガンズさん」
脳天が潰れて痙攣している猪の喉に、ナイフを入れる。
「さて、鳥を獲る場所を探そう」
「いや、猪が獲れたんだ。もう充分だろう」
遠慮しなくてもいいんだが…
無駄に多く獲物を獲るのはエルフの流儀に反するらしい。誘ったがノラは頷かず、俺達は居留地へ戻った。
【テレシア】
今まで見た事無ぇ景色でやす。
「おはようございますテレシア。朝食の前に軽く訓練をしましょう」
狐姐さんに連れられたのは森ン中…
「テレシアは木登りは出来ますか?」
「へ…ハイ。やってみます」
洞窟のつららとはまた違いやすね、木登りってのは。
あ、栗鼠!
「その枝から…あちらの枝に飛び移りなさい」
よっ、ほっ、と。
狐姐さんの指示通りに何度も跳び跳ねていると…あれは?
「姐さ…女官長、鹿がいます」
「鹿……では」
狐姐さんがオイラの居る木にナイフを投げてきやした。
「貴女一人で仕留めてみなさい、出来るかしら?」
「ハイ」
なんか可哀想な気がしやすね?
オイラ木から降りると身体を低くして近寄っていきやした。
えぇと、狩りをする時は…
『風下から近寄れ』
『音を立てるな』
『警戒が解けるまで動くな』
…でやしたかね?
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり…
飛び掛かれる間合いまで…
もう少し、って処で鹿がこっちを向きやした。
耳を動かしていやす。
…オイラはいませんよぅ?
なんにも居ませんよぉ…
鹿はなかなか警戒を解きやせん。
オイラ石になったつもりで待ちやした。
目を合わせない様に、音を立てない様に…
鹿が草をかじり始めやす。
少~し、もう少~し。
後一歩…
鹿の耳が向こうを向いた瞬間。
オイラ鹿の背中に馬乗りになっていやした。
手に持ったナイフを喉に突き立てやす。
暴れるのなんの!
オイラしがみついて振り落とされない様に必死でやした。
耳許でゴボゴボ云う音が聴こえやす、鹿が喉を詰まらせてる音…
…そして。
鹿は膝をついて倒れやした。
鹿の目とオイラの目が重なって。
…ごめんなぁ。
「頑張りましたねテレシア」
後ろから狐姐さんの声がしやす。
「テレシア、服装!」
「ハイッ」
オイラが服の乱れを整えている間に、狐姐さんが鹿にとどめをさしやした。
「…さて、貴女の初の獲物です。陛下に美味しく頂いて貰いましょう、お誉め頂けますよ」
「ハイッ」
陛下の旦那と妃殿下の姐さんが誉めてくれやすね、きっと!
オイラもう一度、鹿の目を見やした。
…ごめんなぁ。
【ヴィーシャ】
居留地の中を独りで散策した。
ガンズとノラは帰って来たけれど、グスタフと料理の下ごしらえをしていて、誘うのも憚られた。
『晩飯を期待しててくれ』
…まぁ、朝食は美味しかったし。食べた事の無い味付けだったけど。
鎚の音に誘われて、ライカン達が小屋を建てるのを眺める。
そこにサーラがバスケットを抱えてやって来た、リリアも一緒に。
「皆さ~ん!休憩のおやつを持って来ましたよ~♪」
働いていたライカンやエルフが手を止めて車座に座る。
サーラとリリアがお茶を回していく。
「はい、ヴィーシャさんも」
「…私は、悪いわ、皆さんの分でしょ?」
「お嬢さんも座りな」
「そうそう、立ちっぱなしで疲れるだろ?」
…私が見てた事、気にしてたかしら?
サーラに促され、リリアと一緒に座る。
「サーラちゃん、久し振りだねぇ」
「まさか陛下とご一緒とはねぇ」
大工仕事をしていた人達が、口々に言う。
「…サーラ、皆さんとお知り合い?」
「えぇ、皆、墓所の森出身ですよ。こっちの開拓に参加したんです」
あぁ、それで皆仲がいいのね。
「最近は墓所の森も人が増えてね、ミノタウロス達が居留地を開拓したいって話は随分前からあったのさ」
「オーガが移民してきたのが良い機会になったよ、俺達やミノタウロスじゃ魔物を一掃出来無いからね」
「…オーガとは上手くやってる?私の…知り合いもオーガなんだけど」
つい、知り合いって言ってしまったわ。
…他に何て云えばいいの?友達?
「あぁ、良い人達だねぇ。もっとおっかないもんだと思ってたさ」
「ミノタウロスとも仲良くやってくれてるし、鍬を振るうとは思ってもみなかったよ」
…良かった。受け入れられているのね?
「さ、休憩はおしまいにしてもう一頑張りだ」
皆がそれぞれ途中だった仕事を始めると、サーラが片付けながら言った。
「良かった。皆元気そうで」
「先輩、持ちます」
「ヴィーシャさんはどうします?」
二人と一緒に小屋へ戻る事にする。
「もう少しお店とかあれば生活しやすくなるでしょうね…」
珍しくリリアがそんな事を言う。
「うちの実家は薬師ですから。こういう処は薬が手に入り難いとか、つい考えるんですよ」
「リリアさんは結構そういう事考えるよね?面倒見がいいんですよヴィーシャさん」
「わ、私は…陛下のお役に立つ様に考えてるだけです!」
顔を赤くするリリア。
そういえば誘拐された時もサーラの事心配していたわ。
…でも、チビをねぇ。
ヴァンパイアだから側室には丁度いいけど………って、早いわねチビには!
【サウル】
「族長、ここは宅地にするのか?…ふむ、爺、記録。北の森居留地の入植希望を募集する」
余が遊びに来たとでも?
視察予定は今日一杯だ、遊んでる暇なぞあるか。
「若、募集人員数及び種族は如何しますか?」
「そうだな、急に増やされても困るだろう。まずは…五十名とする。種族は問わない…寒いから限られよう」
ドラゴニュートやリザードマンは来ないな、冬場は冷える場所だ。
ビーストマンは森嫌いだし、平民のヴァンパイアは王都から出ないだろう。
「…ノームは来ないか?爺」
「あれは無理でしょうな」
ノーム。ドワーフの亜種だが、自分達の住み家を他に漏らさない。巧妙に隠し続ける種族だ。
人当たりは非常に良い。多分知的種族一の親和性だ。だが、集落に関しては口を閉ざす。
お陰で人口が判らん。
「…ま、仕方無い。さて族長、次の伐採計画を訊こう…」
視察を終えれば…もう夕方か、早いな。
明日には王都への道行きだ、今夜はゆっくりするか。
「今帰ったぞ!…む?鹿?」
「お帰りなさいませ、殿。テレシアちゃんが鹿を獲りましたわ」
ガキが?やるな。
「ガキ!見事な鹿だ!誉めてとらす」
「へへへっ」
「テレシア?」
「は、ハイ!ありがとうございます!陛下」
なんだ狐は?まだ言葉使いを仕込んでいるのか。
「良い毛並みの鹿だ。オーガなら毛皮を身に纏うものだが…」
ガキは侍女服があるからな。
「殿?それではテレシアちゃんにお帽子を作られては?」
帽子か…ガキには外回りをさせるからな、良いかもしれぬ。
【???】
「それで、あの女は帰ったわけね?」
いつものソファーにもたれながら、スキンは部下からの報告を聞いていた。
それにしても、とスキンは嗤う。
あの女も懲りないこと…
再婚早々、新郎は既に体調の不良を周囲が感じていたという。
新郎本人も自覚はしているはずだ。
…あの女は我慢が足りないわ。
行動に移すなら慎重にすべきだ。特に一度失敗しているのだから。
「…ま、それはあの女の勝手だけど」




