(更新15)
【ガンズ】
「あ……おはようございます」
「…おはようございます」
「おはようティナ、シェラ」
二人とも挨拶はしてくれるが、一歩引いた感じだ。
刺客とはいえ常連の客が目の前で殺された、俺の手で。
かなり俺を恐がっているのだろう。
…まぁ、当然の反応だな。正直、辞めると言うくらいはしてもおかしくは無い。
王家に連なるヴィーシャを狙った刺客、それを返り討ちにした。という事で、俺はお咎め無しだ。
軍人生活、そして冒険者生活と続けてきた俺の場合、自分や仲間を害する者を倒す事は当然ではあるが…衆目の中で戦ってしまったのは問題だったな。
一般の人々がそんな場面を見る事はまず無い。精々が酔っ払いの喧嘩程度だ。
…恐がらせてしまったな。
「エールと食事を」
ふと、俺の目は食堂の角に向いた。
バラバラに粉砕された卓と椅子の残骸。壁に俺がとどめを差した血の跡が少し残っているのが見える。
…ジャスティンは、何故あそこに座っていたのだろう。
あの男は手練れだった。刺客としてかなりの実力者だったと思う。
傷を負っていたのだから、俺達に近寄るべきでは無い。露見する危険があった…実際に露見した。
それなのに、いつもの様にいつもの薄暗い席でページをめくっていた。
「よ!旦那!なんだよ暗い顔して」
ザップが俺の肩を叩きながら座る。
「なんだ?考え事か?」
「あぁ。何故奴はいつも通りに食堂にいたのか?と思ってな」
ザップは辺りを確かめると、小声で話した。
「…俺は奴を知ってる。俺が冒険者になる前、貧民街のスレた餓鬼だった頃から、奴は腕っこきだった」
「知っていたのか」
ザップは言う。
その頃、一番と謂われた刺客が呆気なく死んだ、と。
「…ヤキが回るって云うだろ?長いこと『お務め』してるとな、雑になるらしい」
その男も疲れが溜まる、もうそろそろお迎えが来る…ってな。嫌気が差すんだろうぜ?捕まろうが返り討ちになろうが、どうでもよくなるらしい…
…と、遠い目でザップは語った。
俺はまた食堂の隅を見た。
ジャスティンがエール片手にぺらりとページをめくる…
…そんな姿を幻視する。
「お待たせしましたぁ~♪はい、ザップさんの分もありますよ?」
「お?あんがとよサーラ!…その調子でよ、あっちの二人も元気付けてやりな」
ザップがティナとシェラの方に指差した。
「任せて下さい、あれくらいで恐がってる様じゃまだまだですね」
サーラの受け答えに、俺は少し気が楽になった。
────────
昼過ぎ、ヴィーシャを迎えに部屋を出ると治療院からエドが戻るところに出くわした。
「あれ?ガンズさん、どちらに?」
「あぁ、王宮にヴィーシャを迎えにな」
「じゃあお供しますよ」
道すがら、エドは治療院の様子を語った。
気を使っているのだろう、ジャスティンの話は避けているらしい。
「朝は忙しいですねあそこは。お年寄りが大勢来て…寄合所と勘違いしてるふしがありますが」
エドは最近回復魔法を覚えたそうだ。
元の世界では魔法もこなす戦い方だったと云うし、向こうでは向こうのやり方で回復魔法も使っていた為、覚えは早い様だ。
ダンジョン探索をしていない時は治療院を手伝っていると言う。
「この間はどこかの貴族夫人が頭の傷を治しに来ました。妹がこれをきっかけに貴族の患者が増えないかと期待してますけど…どうかな?」
「妹?」
「ステラですよ、あれ?言ってませんでしたか?」
あぁ、ひょっとして皆知らなかったのかな?と首をひねるエド。
「ようガンズ」
ゴルが城門の前で歩哨をしていた。
俺が来る時いつもゴルが立っている。部隊長が歩哨をするものではないが、俺が来るのを見越しているからだろう。
「ようゴル。見ろ、ヴァンパイアとやり合った傷だ」
「お?凄ぇな、回復魔法掛けても残ったのか?その傷」
「あぁ、強かった」
その時、王宮へ荷馬車が入っていった。
農夫の使う様なものでは無く、高級な拵えのもので、荷台には棺が無造作に重ねて積まれている。
「…あれは?」
「あぁ、処刑された罪人とか監獄で死んだ囚人のものだ。ま、一般の希望者のものが多いけどな。骸骨兵の材料だ」
お前の倒したヴァンパイアのもあるぜ。ゴルが言った。
「墓場が小さいだろ?結構、死んだら骸骨兵にって遺言する奴は多いらしい」
この国には宗教…有力な宗教が無い。
種族ごとに祖霊信仰などはあるが、光神教が追い出されて以降、目立つ宗教は鳴りを潜めた。火の粉が降り掛かるのを恐れた為だ。
「そうか…ジャスティンも骸骨兵になるのか」
罪人囚人の類いは、ラムールでは一纏めに穴を掘って埋めた。多分他の国でも同様だろう。
「…お待たせ。ねぇ、もう送り迎えはいいんじゃない?」
そんな事を言いながらヴィーシャが王宮から出て来た。
「念の為だ。ドレスデンの残党は捕まったからもう面倒は無いと思うがな」
ゴルに別れを告げて歩き始めると、ヴィーシャが寄り道を頼んで来た。
────────
「なかなか顔を出せなくてごめんなさい、母様」
東門を抜けて王都の外、街道から外れた小高い丘に、王都の者達が眠る墓場がある。
特に整備されている訳では無く、一般の者達の墓は土盛りがある程度。詣でる者達が居なくなればその上に新たな穴を掘って埋めるそうだ。
詣でる者達が居る比較的新しい墓は周囲の雑草が抜かれているので判る。
その小高い丘の頂上付近に王族や貴族の墓がある。一般人のものとは違い、墓石が建っている。
「…本当なら領地の方にお墓を建てるべきなんでしょうけどね」
ヴィーシャの母親は陛下の父母、前王夫妻と共に事故で亡くなったそうだ。
「…チビの即位だので王都中忙しかったから、お墓を移す機会が無くなって…まぁ母は王都が好きだったからここで良かったのかもね」
振り返れば王都の城壁と王宮の塔、北側の山が見える。
俺達の宿屋がある外壁、貴族達の第二城壁、王宮城壁と段々に上がっていき、いくつかの塔が建つ王宮が北側の山の絶壁に貼り付く様に建っている。
じきに日暮れだ。
この丘からだと夕陽は正面方向、王宮や城壁から覗く家々の屋根が赤く染まり、そこから紫へ、闇の黒へ流れているのが見てとれた。
「…なんでかしらね、墓参りなんて柄じゃ無いのに」
何故か来たくなった、とヴィーシャは言う。
恐らくヴィーシャは死の恐怖を感じたのだろう。
冒険者は死と隣り合わせ。
そんな言葉は冒険者達がよく言う常套句だ。それでも自分達は冒険者を辞めないと云う誇りにも似た感情を交えて。
だが、本当に死を間近に感じる場面はどれだけある事か。
そんな事をヴィーシャに言った。
「…死の恐怖、そうね、そうかもしれない」
けど、とヴィーシャは続ける。
「私自身の死を恐怖したんじゃ無いわ、ガンズ」
ヴィーシャは俺を見てそう言った。いつもの険のある目付きではなく、素直な瞳だった。
「…お邪魔ですかね?僕は」
「バッ!ちち違うわよエド!」
「はいはい、ステラにもよく言われましたよ、チャーリーと二人きりになりたい時とかに」
「ちょっと!?」
夕陽に照らされてヴィーシャの顔を赤く染めている。
珍しくおどけた調子のエドに何か怒っていた様だったが、丘に差す日射しが次第に暗くなっていく事に気が付いたらしい。
「…そろそろ日も暮れるわ。帰りましょう」
そう言いながら、ヴィーシャは掌から魔法の灯を出して夜道を照らす。
「…そのうちまた来ますわ母様…そのうちに」
ヴィーシャは母親の墓に別れを告げた。
【???】
「傷口は綺麗に消えた様だね」
「えぇ貴方…でも」
記憶の方は残念ながら戻っていない、と女は悲しげに言った。
「それは…元々可能性は低いと云われていただろう?」
「…えぇ」
女は頭を押さえ苦しそうに顔を歪ませた。
「無理をするんじゃない!…大丈夫か?」
「…ごめんなさい貴方…思い出そうとすると…痛みが」
「もう夜も遅い。明日は領地に帰るのだからな、ゆっくり休んで旅に備えるのだ。ヴェラ」
【ザップ】
「あら…もう帰るの?」
ベッドから起き出して服を着る俺の後ろからスキン姐さんの声がした。
「あぁ、明日から探索だからな。遅れる訳にはいかねぇよ」
「そ…何が良くて穴蔵に潜るんだか」
スキン姐さんは俺がダンジョンの話をすると、決まってこう言う。
「へへへっスキン姐さんは面白ぇなぁ」
「…何が?」
「俺が他の女の話をしたって妬かない姐さんが、ダンジョンの話をすると臍を曲げるからさ」
「……馬鹿ね、心配してるのよ」
「嘘つけ」
二人で笑った後、スキン姐さんに別れを告げて、俺は宿屋へ戻った。
ジャスティンの話やドレスデンの残党の話はお互いしなかった。
…喋る必要も無かったしな。
────────
「ドラス、様子を見てくれ」
半開きの扉の向こう側、魔物のものらしい物音が聴こえてくる。
音から察するに結構な数が居そうだな。
ドラスが天井に貼り付いて、ゆっくり音を忍ばせて部屋に入って行った。
「…数が多過ぎたら、やり過ごすぜ?いいな」
言っとかないとガンズの旦那が突っ込んで行くからなぁ。
息を潜ませて待っているとドラスが天井を渡って戻って来た。
「ザップ殿、思案のしどころです。猿熊が四頭、どれも皆棒などを持っています」
「いや、思案も何もやり過ごすだろ」
武器持ちの猿熊が四頭?ドワーフの腕へし折る奴だぞ?
「それがザップ殿、宝箱を確認しました」
宝箱か…今回初めて見付けたのがそれかよ。
実入りが無ぇ時に限って面倒な話だな。
「確かに思案のしどころかよ…」
「俺はいけるぞ?」
いや旦那?大怪我したばっかだろ?
「…ガンズがやりたいならいいんじゃない?」
「僕も構いません、ノラさんは?」
「主人がそれでいいなら」
しゃあねぇ、やるか。
「よし解った、じゃあ突っ込むか」
「…待って、私とノラが一当てするわ。ガンズ達はその後で」
一応ヴィーシャは旦那の怪我に気を使ってる様だがよ、段取りってものを変更されるのは困るな…ま、堅実にいくつもりなんだろうが。
ガンズが先頭に立ち、扉に手を掛ける。
ヴィーシャが術式を展開し、ノラが弓を引き絞るのを確認すると旦那が言った。
「開けるぞ」
一気に開きガンズがしゃがむ。
魔法と矢の二重奏だ。
一頭の腕が棍棒ごと吹き飛び、一頭の喉に矢が突き立った。
「行くぞ!」
しゃがんでいたガンズの足が床を蹴りつけ、物凄ぇ勢いで突っ込んで行く。
無傷の一頭を狙った拳が猿熊の頭を粉砕する。
エドが片腕を無くした一頭に剣を振り上げ、もう片方の腕を斬り飛ばす。
俺が無傷のもう一頭を牽制している間に、ドラスが後ろへ回り込み、背中に貼り付いて喉を掻き切った。
残る一頭は、喉の矢を引き抜いてエドに向かう。
丁度旦那に背を向けた格好だ。ガンズが羽交い締めにしたのを見計らい、エドの剣が心臓に突き刺さる。
「巧い事いったな?」
「…ザップはもう少し戦いなさいよ」
無茶言うなよ?正面からナイフで仕留められる相手じゃ無ぇって…
そういうのはドラスの方が向いているんだ。毛皮でも貼り付けるんだからな。
「さて、心臓を取り出すか」
ガンズとエドが手分けして解体を始める。
「ドラス、俺達は宝箱だ」
さ~て、何が入っているかな?
「…ザップ殿、どうです?」
「慌てるなよ…罠は…」
ちょいと面倒臭ぇ罠だな?
「針が飛ぶ仕組みだ…おい皆、ちょっと脇に寄っててくれ」
宝箱の真正面に居てもらっちゃ、もしもの時に困る。
「…どれ……これを…ここか……それから…よし」
宝箱の蓋を開ける。
仕込まれていた針を引き抜いて隅に放った、毒針だなありゃあ。
「…どう?」
ヴィーシャが覗いてくる。
「銭袋に…結構入ってるな、剣があるぜ?エド要るか?」
「いえ、自前のものがありますから」
宝箱には他にナイフが数本、宝石のついた指環、他に松明なんかも入っていた。
「携帯食糧まで入ってやがる」
「…誰かの遺品って丸分かり。デリカシーが無いわよね骸骨兵って」
宝箱の補充は骸骨兵の仕事だ。
…ってかヴィーシャ、骸骨兵にデリカシーなんか無ぇだろ?
【サウル】
「ホルスト家のアラン子爵殿!」
謁見の間に現れたのは、この間やって来た若い荘園領主。
「おぅアラン、今日は如何した?」
「は、陛下。本日は暇乞いにまかり越しました。領地に戻ろうと思います」
まぁ、頃合いだろうな。一月には満たないが、地方から顔を見せにくる領主は大概それくらいで帰っていくものだ。
「うむ。息災でな。時に奥方の具合など如何した?」
確か怪我をしてるとかなんとかで、余は顔を見ていなかったはずだ。
「は、王都の治療院のお陰にて良くなりました。ただ体力的に不安がございまして、陛下への御目通りは又の機会に。申し訳御座いません」
「いや、構わぬ。大事にいたせ…そう云えば奥方の名前を訊いていなかったな」
「これは失礼を。ヴェ…エリザベートと申します」
「左様か、ではエリザベート殿にも宜しく伝えてくれ」
今日の謁見はこれで全て終了。さて、執務室に戻るか。
廊下を渡っていると向こうからリリアが現れた…待ち構えていないかコヤツ?
「陛下!お疲れ様です♪」
「あ…あぁ」
そのまま爺と共について来おる。
「あの、陛下?先程のお客様は具合でもお悪かったでしょうか?」
「先程?」
「はい、最後に参られた若い殿方です。指先が震えて顔色も優れていませんでしたわ」
アランか?そうだったかな…奥方の名前を噛んだみたいだったが。
「良く見ておるな?」
「あ、いえ、実家が薬師を営んでおりますから。自然に目がいきます」
薬師か。最近は回復魔法のお陰で厳しいだろうか?少し考えておくべきだな。
「なに、奥方が怪我をしているから心労だろう」
「それならよいのですが…アマルの中毒に似ていたものですから」
「アマル?何だそれは?」
「はい、アマルの実を食べると他の種族は大丈夫ですが、ヴァンパイアは調子を崩します。一つ二つなら数日で自然と治りますけど…」
初耳だな?
そうか、我国に無いのだろう。そんなもの先祖が伐採しているに決まっておる。
「…続けて食べていると命に係わるそうです…まぁそんな方いませんけど」
「まぁ、具合が悪くなる物を食べ続ける馬鹿者も居るまい」
執務室に着くとリリアは一礼して去った。
最近は執務室まで押し掛けても邪魔になる事くらいは気付いた様だ。
…これはあれだな?余の身近にいて、自分の存在に慣れさせるつもりだな?抜け目が無い奴だ。




