02-39 晴天葬送
残りの謝肉祭期間は、王様が呼んでいた兵も町の憲兵と合流して警備が強化されたこともあり、賑わいを取り戻しつつも過ぎて行った。
部室メンバーも元々働いていなかった鷹司を除き皆が仕事に精を出していたが、鷹司は会うたびに「明日も来い」というシルに付き合って屋敷に通うはめになった。とりあえず単独行動が防げる点では獅戸と行動が出来るので、甘んじているところもある。しかしシルと雑談したりしているだけなので、働いている皆に悪いと思ったのだが後で礼をはずむと言われてはむげにも出来ない。それに、そんな気が全然しなかったけど相手はこの世界、この国の王様だしなぁ。
そんなことを考えつつも、空いた時間で屋敷に泊まり込んでいて、やっとメンタルを回復させたスターニャとも話し相手になってあげたり、南京錠の事を教えてみたり、ジューンに線香を…あげる習慣は無かったようなので、顔を見に行った時に冥福を祈ったりした。
謝肉祭を終えた、その次の日。
ジューンの葬儀が行われることになった。もちろん部室メンバーも皆来ている。それ以外では家族と関係者だけの質素なものを予定していたのだが、何処から情報が漏れたのか…って王様が出席したいといった時点で葬儀屋が大騒ぎだったらしい…結構な人が集まってきてしまっていた。前日までのカラフルな色合いから一転して白一色。この世界の喪服が白だそうで、春とはいえ肌寒い気温の中では雪のようにも、花びらのようにも見て取れた。
今日はしっかりシルが王様ファッションだ。普通の時は「え?彼が王様?」って思ったけれど、それなりの格好をするとそう見えるな、やっぱり。元々発揮されていた威厳は身分を隠していた時からヒシヒシと感じていたけれど。
天気は晴れ。
雲ひとつ無い青空の下、町の中心部から少し離れた低い丘の上にある、石で作られた台に横たえられているジューン。薄く死に化粧を施された彼の横顔は、とても穏やかに見えた。
その石台の周りに、参列者が1人ずつ近づいて花を置いて行く。列の途中で係の者が白い花を魔法でだして手渡している。いきなり大勢になったため花をささげる人の列は途切れることなく続いていた。
王様が出席するという事もそうだが、ジューンの噂は町中に広がっていたことから気になってきたという人も多かった。質問を投げかける人にはジューンが行った行いを、禁術等の機密事項を除きなるべく偽りなく伝えてあげている。
最初に花を置き終えたカリャッカ達、サーロヴィッチ一家と王様達は花を置いてくれる1人1人に会釈して礼を返していた。部室メンバーの中には、ジューンは当然の事、カリャッカ達やサーロヴィッチ一家と面識が無い人の方が多かったが、花を捧げる列に加わり冥福を祈った。
ただ、鷹司だけは部室メンバーの代表として施主側の一番後ろの場所に居る。そんな彼の隣に立っていた、喪服に身を包んだスターニャがぽつりと呟いた。
「…あの時の兄は、まだとても暖かかったんです」
鷹司は声を返すことは無く、ただ視線を向けるのみ。変に横槍を入れないほうが良いと思ったのもあるが、どんな言葉を投げかければ良いのか分からなかった。
「真っ紅に汚れて、身動き一つしてなくて。…でも、まだとても暖かかった。ただ眠っているだけに見えた」
「…」
「それなのにもう死んでるって言われて…身体を保存するために身体を冷やせって言われて…氷を入れたり身体の側に置いたりして…。…私、ずっと手を握っていたの。…冷えて硬くなっていく手を…ずっと握っていた。…まるで私が…殺したような気分だったわ…」
「それは…」
「良いの。…やらせてって頼んだのは、自分だったし…」
手を下したのはスターニャじゃない。
既に手遅れだったのは皆が承知している。そう言葉を続けようとした鷹司の声を、スターニャが切った。彼女は今は泣いてはいない。
「ごめんなさい。悲観しているわけじゃないのよ。…私と父はジノヴィ兄様と違って、事故後最後までジューン兄様に会うことが出来なかった。体温がなくなっていく兄様を見て、看取ることが出来たようなそんな気分にもなったの」
「スターニャ…」
「もう十分すぎる程泣いたわ。…最後の最後くらいは、笑顔を見てもらいたい。でも…きっとまた泣いてしまうわね、こんな調子じゃ」
話している間にすでに鼻声になり始めてしまったスターニャ。こぼれそうな涙を必死にこらえる。すると、そんな会話が聞こえていたのだろう、前の列に居たサーロヴィッチ一家の列からステンカが少し下がって此方に近づいた。
「我慢する事、無いと思うよスターニャ。…どんなに耐えても悲しい時は悲しいんだから…その…」
ステンカは此方に近づきはしたが、振り返りはしない。
前を向いて花を置く人に挨拶をしながらも声をかけたは良いが、慰めたいけど言葉が直ぐに頭に出てこない。どうしたものかと途中で困ってしまったようだ。
それでも、どこか以前よりとても大きく見える背中を見ていたスターニャは、ステンカの言葉に頷いて、俯いた。
「そうね…。別れを精一杯惜しむのも…供養になるわね…」
その2人の様子に、変な事は言わず成り行きを見守ろうと思った鷹司は無言で1歩だけ離れた。
花が置かれ終わると、全員で祈りを唄にする。
静かで、穏やかで、悲しい曲調にも聞こえるし、神聖な祝詞のようにも聞こえる。沢山の人が同じ唄を口ずさむ様子に、部室メンバーも美しさを感じて圧倒された。
「凄いわね。合唱コンクールとかとは、全然違うわ」
「せやね。なんかミサとかに近いんちゃうかな?」
「…あぁ、歌えないのがもったいないね。こういう大合唱の一部になれるのって、貴重だと思うよ俺」
「舞鶴先輩の家も神社でしょ?こういう事って…無いの?」
「無くはないけど規模が違うよアンナちゃん。それに…此処まで真剣に祈る人も多くは無いから」
「そうなんだ…」
「…あ、ジューンさんが!」
舞鶴の言葉通り、皆が1人の為に心からの冥福を祈っている感じが空気を震えさせているようにも思える。すると、歌に合わせて石台とその周りにおかれた花が輝き始めた。一番部外者だと自覚している部室メンバーは端の方で固まっているのだが、それでも小さな丘の上に置かれている石台は良く見えて、その光景に気付いた守屋が声をあげた。
皆が見ている中で、輝いた花が舞い上がっていく。それは本当に風にまう雪のように辺りを白く埋め尽くし、そして唐突に光の粒子に代わり、天に昇って消えていく。全ての花が消えた後、台座の上に彼の体が無くなっていた。花と同じ様に光の粒子となって天に昇ったのだ。葬儀であるにも関わらず、なんとも言えない幻想的な風景に感動を覚えた。
「…何も残らないんだな」
思わず声がこぼれた雨龍。その声を聞き取った猫柳が、顔を丘の上の石台から雨龍に向ける。
「そうみたいですね」
「今思えば、この町を警備しているときに墓地のような場所は見なかった。人がいるのに墓地が無いって不自然な事だったのにな」
「あの葬儀の仕方だと、何かを残すという習慣がないのかもしれないですね。…あれ?」
しみじみと言葉を交わしていた2人だったが、猫柳がある事に疑問を感じて眉を寄せた。その態度の変化に、今度は雨龍が猫柳の方を向く。
「どうした?猫柳。何かあったか?」
「…はい。僕、井戸の中でジューンさんと話をしたって言ったじゃないですか?」
「言ってたな」
「そこで「何で此処に居るんですか?」って質問した時に「助けようとして落ちちゃったんです」って言われたんだよ」
「…それで?」
此処までで特に不思議な点を感じられず、相槌を打ちながらも先を促す。
「それで僕が「ミイラ取りがミイラってやつですね」って言ったら「お恥ずかしながら」って返答が来たんだ。墓地が無い、遺体が残らない葬儀の仕方だったら…ミイラなんて分からないんじゃ…」
「確かに」
ずっとこの方法で葬送されていたならば、ミイラというものが何なのか分からないはずだ。
だが、此処も1つの国であるように、別の国に行けばそういう文化もあるのかもしれない。
それに現代日本のように、土葬から火葬になったりと葬儀の仕方が変わる可能性もある。疑問を感じてはいるが、こんな事もあるかもしれないと意見を出し合っていくうちに変な事では無いような気もしてきた。
「考えすぎ…かなぁ?」
「外からの人間が入って来る世界だからな、記述だけが残されているという可能性もある。…あまり深く考えなくて良いんじゃないだろうか?」
「それもそうだね」
故人を送り終えて参列者が解散を始めた。人がゆっくりと流れだしたのに気付いて、邪魔にならないように注意しながらも鷹司と合流しようと、中心部を目指しはじめた。
石台の近くの施主達の居る場所では、権力者に一言挨拶をしておこうと、サーロヴィッチに及ばないまでもそこそこ権力のある人達が残っていた。今日は祝い事では無いために、眼に見えて王様に取り入ろうとガッツク人は居ないようだが、こんな時でも上の者に媚を売るのはさすがだ、としか言いようがない。
近づいてきた部室メンバーに気付いた鷹司がその団体から離れて歩いてきた。
「ナガレ先輩、良いの?勝手に出てきちゃって」
「もう良いべ。俺だば直接関係ある訳でねぇし。…てか、猫柳ど獅戸は言葉交わしたんだから、2人がこっちサ来らべきだったど思うぞ」
「わわわ!」
歩いてきた鷹司を迎えるように前に出つつ声をかけた九鬼の頭を、ストレス発散するかのようにワシャワシャと掻き乱しながら猫柳と獅戸へ視線を向けた。2人は苦笑い浮かべつつも首を横に振った。
「ううん。良いのよ。参列出来ただけでね」
「そうだよ。確かに僕たち会話したけど、相手が誰だかわかって無かったし。ナガレ程あの人達と親しくないし」
「へば、けぇるか」
「うん」
2人のその言葉につられる様に鷹司もフッと笑みこぼせば、帰宅しようと提案した。それに意義を唱える者もおらず、皆して歩き始めた時、そんな彼らに後ろから声が掛けられた。
「待たれよ」
「…」
「そこの!ナガレ殿!」
「…俺?」
知り合いは今会話中だし、他に自分らを呼びとめる人等居ないと思っていたため聞こえた声を「自分じゃない」と判断して無視してしまった。しかし、名前まで呼ばれると勘違いでは無いようで、鷹司が足を止めて声の方を振り返る。部室メンバーも彼を待つために歩みを止めた。
「…シルか。何?今忙しいべ?」
「なっ!お前!何度注意させるつもりなの!!毎回毎回失礼な態度で…」
「落ち着いてラプシン!」
「落ち着くですって!?彼の為にも言ってるのよエフレム。今の彼は不敬罪で問われても文句を言う事は出来ないわよ!?」
「…まぁね。こんな多くの人の目がある前で、確かに良くやるな、とは俺も思うよ」
いつもの通り騒ぎ出したラプシンをエフレムがなだめる。王様に対して何て態度をとるんだと、周りの目も驚愕の色が強かった。さすがに部室メンバーもハラハラしている様子だが、当の本人である鷹司だけはどこ吹く風。まったく気にした様子は無い。
「ふふっ、さすがじゃの。人目など気にせんか」
「それが俺の個性なんで」
「素敵な個性じゃよまったく。…でナガレ殿、本題に入ろう。実はひとつ頼みがあるのじゃ。こんな所で言うのも…どうかと思うが、今を逃すともう君を捉まえる事は出来ない気がしての」
「…頼み、ね。何?」
カリャッカ達に詫びを入れてからシルは再び此方を見た。鷹司も一応は聞く姿勢。周りの権力者たちは勿論、帰り仕度をしていた一般人達まで興味津津と言った眼で此方を見ていた。それに気付いているだろうシルが、ゆっくりと口を開く。
「ナガレ殿。回りくどい言い方は好まぬだろうから、率直に言おう。わしはお主の豊富な知恵と、それを実現させる技術、お主の腕がほしい。惚れ込んだと言っても良いじゃろう。だから、ワシと共に王都、王宮に来てくれぬか?」
その言葉に周囲の人間が驚き、ざわめいた。側に居た人々が思わず口を開く。
「僭越ながら王様、何故このような者を御指名ですか?見たところまだまだ若すぎます」
「そうでございます。技師であるなら我らの所にも良い腕を持つ者がおります」
「このような礼儀を知らぬものではなく、是非うちの技師を使っていただけませんか?」
横で騒ぐ者達の言葉になど耳を貸す様子も無く、シルは鷹司を真っ直ぐ見ていた。というか、何故屋敷に通ってる時に言いださなかったんだろう?こんな場所で…と思ったが、多くの人の目があった方が断れないだろうと思ったのだろうか?とりあえずシルの言葉を受けて今度は鷹司が口を開く。
「俺は若いそうだ」
「誰だって最初は若者ではないか。それなのにその豊富な知識、そして今後さらに磨かれるだろうその技術。素晴らしいの一言じゃ」
「だば俺は素姓も知れねぇ奴だし、大きい工場から人を引っ張った方が良いんでは?」
「たまには新しい風を入れるべきじゃ。大きな所はそれだけ、古い教えに縛られてもおる。…勿論、それが悪いという訳ではないがの」
「敬語など使わねぇ失礼な奴だぞ?俺は」
「他の者がどう思うかは知らん。じゃが、ワシは気にしておらんよ。それにそれもまた、良い刺激だ。…ワシにとってはの」
「…だが、何でいぎなり?」
「いきなりでは無い。あの時、落ちてくる外門を支えた君の力を見てからずっと欲しいと思っておったのじゃ。それに城門較べの賞品も渡せておらんし、丁度良かろう?」
そう言えばすっかり忘れてしまっていたけれど、賞品を狙って優勝目指していたんだっけ。渡せなかったというか、奪われちゃったので無くなっちゃったのだった。
周りの人の言葉を借りて色々言って見るが、何を言ってもシルの考えは変わらないらしい。
鷹司は僅かな時間考え込むようなそぶりを見せるが、顔をあげて真っ直ぐシルを見返すとフッと笑って返事を返した。
「その気持ちはありがたい。だが、断る」
まさか断られると思っていなかったのだろう。
シルを除いて。
シルだけは「やっぱりな」と言う顔で苦笑いを浮かべたが、ざわついていた周囲の人々は一瞬にして静まり返ってしまった。




