02-37 合流
「あぁ、よかったシル様。屋敷の中にいらっしゃらないので心配しました」
「シル様、どちらにいらしたんです?ラプシンと探しに行こうと言っていたんですよ」
井戸牢から抜け出して一息ついたシルたち3人は屋敷へと戻って来る途中で此方へやってきたラプシンとエフレムとはち合わせた。シルが井戸牢のことを簡単に話し終えると、エフレムの視線が鷹司に移る。
「…あ、君だったよね。城門較べでは健闘に優勝おめでとう。久しぶり、俺の事覚えてるかな?」
「声だげだば」
「あぁそうか。顔合わせたときはまだ意識無かったんだっけ」
にっこりと笑いかけて世間話…というより一方的にエフレムが鷹司に語りかけ始めた。うるさそうな顔でエフレムを見る鷹司を、何とかなだめようとしている猫柳。そんなやり取りを放置して、ラプシンはシルに近づき1冊の手帳と分厚い革背表紙の本を差し出した。
「シル様。荷物は無事回収できました。そして…これが、例の宿から回収した物の中で主人に預けていた物です」
「個人的に一番大切な荷物と言う事か。…ジューンの物か?」
「おそらく。身元が分かるような貴重品はありませんでしたが、王都で使っていた筆記用具やカバンもありましたので、間違いないかと」
「…そうか」
「こちらの手帳は恐らく日記だと思われます。毎日書いていたわけでは無さそうですが、何か事が起きた時に日付と一文が書かれていました。それよりもこの本、見てください」
「何じゃ?…これは、もしや…禁書か?」
受け取った手帳は脇に挟み、まずは分厚い本の表紙を指でなぞり始めた。どうも記憶にある禁術を記した禁書に似ていると思ったからだ。禁書に限らず、魔法の事を記した本は術によってはページを開いただけで魔法が発動するものもあるせいでベルトで止められ勝手に開かないようにするのが常識となっていた。一体この本はどんな内容が記されているのか。時が削ってしまったデザインを確認するように、指先を這わせてから眼を細めた。
「まだ中は見てません。もしシル様のお考えどおりなら…」
「王都、それも王宮から勝手に持ち出したという事か。ジューンは図書室に入り浸っておったし…術を調べる時に色んな事を話したかもしれん。場所を把握していてもおかしくないな」
「一体何に使ったのでしょう?」
「使用したかどうかは分からぬ。…これは我が城に保管されていた禁書の1つのようだが、これ単体で何かを発動させる魔道書ではないようじゃ。念のため専門の者にもう一度調べさせてから開くとしよう。…他には何かあったか」
本の間から付箋が複数枚はみ出していた。何かを調べ、気になるページをチェックしていたようだ。念入りに調べて問題なしと判断したが、もう一度別の人に鑑定をさせてから中を見ようと決めれば、視線を本からラプシンに戻した。
「はい、一つ奇妙な事がありました。宿屋の主人にジューンの様子や気づいた事など聞こうと思って声を掛けたのですが、宿を取ったのは隻脚の男性では無かったと言うのです」
「何?それは本当か?」
「はい。義足でも目立ちますから、一度見たら忘れない、と。それと此処最近はそういった人物を見かけた記憶も無いと言っていました」
「協力者か…それとも盗人か。その者がいったい何者なのかも調べる必要がありそうじゃ。…とりあえず荷物がわしらのところに戻ってきた。今はそれで良しとしよう」
シルの言葉に頷いたラプシン。そしてフッと振り返れば、何かを熱く語るエフレムと、それを適当に聞き流す鷹司、そして相手が誰なのか良く分からないがとりあえず場を取り持とうとしている猫柳の3人に視線を向けて若干呆れ気味の表情で口を開いた。
「エフレム、いい加減ちょっかい出すのはやめなさい。それに名前も名乗らずに失礼だと思うわ」
「あぁ!そういえば名前も言ってなかったんだっけ。話聞いてナガレ君のこと知ってたし、宿に運んだりして他人って感じじゃなかったから知ってるもんだと思い込んでたよ。…俺の名前はエフレム。ラプシンとは同僚であり、恋人じゃないよ」
「何言ってるの!?ふざけるのもいい加減にしてちょうだい!」
「ふざけてないよ。俺はラプシンとデキてないって宣言しとかないと後々面倒が起きるんだ」
「何よそれ」
「…ラプシン、君は自分にどれほど魅力があるのか気づいて欲しい。騎士として上を目指すのは言いと思うよ。俺も護衛やってるし、強くなりたいって気持ちは良く分かる。だけど、その整った容姿とナイスボディーで汗をキラキラさせてると…狼共が無視しないわけ無いだろう」
「…だから何よ。今まで別に何とも無かったわ」
「それはシル様の付き人として俺と組んでるから、俺が相手と勘違いされて…」
今度はラプシンとエフレムが言い合いになってしまった。そんな光景を何処かホッとした顔で見つめるシル。どうやらラプシンは気分転換が出来たらしい。こういう時はエフレムの騒がしい性格がおおいに助かる。いわゆる、ムードメーカーってヤツだ。
そんなこんなしながら屋敷に戻ってきたが、スパルタクは依然として目覚めていない。イーヴァも、スパルタクを解放できた安堵からか床に臥せってしまい、話の出来る状態ではないらしい。ジューンは綺麗に汚れをぬぐわれ、屋敷の一室に安置されていたが、カリャッカとスターニャ、そしてジノヴィたちが同じ部屋に居て、2年と数カ月、もうすぐ3年となる月日をあけた久しぶりの家族の再会に水をさすのは悪いと思い、邪魔すのはやめておいた。
「どりあえず、一度帰りたいんだが」
今は話をするどころではない気がして鷹司がシルに声を掛けた。シル達も今後の事について、特にイーヴァの容体とスパルタクの様子を調べておきたかったが、暫く考えてからゆっくりと一度頷いた。急がなくてはいけない案件だが、今は時間をあけようと判断したようだ。
「そうじゃな。…では明日、またこの屋敷に来てくれないか?ワシはこの屋敷の主ではないが…まぁ、問題無かろう。それに、サーロヴィッチ家のこともそうじゃが、ワシはおぬしとも話がしたいんだぞ?分かっておるか?ナガレ殿」
「…んだの。分がった」
「絶対明日、来るのじゃぞ」
「分がったって」
僅かな時間考えた後で、はぐらかしたり拒否したりせず、数回繰り返された問いかけ全てに了承すればシルも安堵した様子。どうやらまた居なくなるかと思ったらしかった。それでもしつこいほど念を押すシルたちを適当に流して、鷹司たち部室メンバーは帰路についた。
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部室に帰れば、皆が獅戸と猫柳の無事に安堵し、喜んだ。まずは風呂で汚れと疲れを流した後で、食事をしながら報告会になった。これも、もはやいつもどおりだ。
「え!?アンナちゃん、3日間も寝てたわけ?」
起きたのが今朝だと聞いた天笠が思わず驚いて声を上げる。起こった事実は包み隠さず喋るが、猫柳に抱かれていた事は伏せている。何故って?恥ずかしいからさ。
「そうなんです天笠先輩。私的にそんなに寝ていた感じじゃなかったんですけどね。でも実際外に出てみたら3日過ぎてて吃驚しました」
その後、イーヴァの容体、スパルタクの呪解放、ジノヴィとの再会、ジューンの死と、順を追って一通り話し終えた。といっても、話せることは比較的少なく、獅戸たちが井戸に落ちている間に皆がしていた事を聞くほうが時間が掛かった。
「一通り終わったか。だば…船長、確認したい事がある」
「何かな」
「船の事、もっど詳しぐ知っておきたいんだが」
触れようとして、誰も口にしなかったことに鷹司が手を伸ばした。ディウブたち旅の先輩が言っていた事をそのまま全て信じるなんて事は出来ないが、疑問、疑惑は解消しておきたかった。
「良いだろう。何が知りたい?」
「船のメンバーは増えねぇと言ってたが、入れ替えればメンバーを変える事が出来んの?」
「可能だ」
「何故最初に言わない?」
「聞かれなかったからだ」
「聞かれんと言わんの?」
「そう思ってくれて問題ない」
何ともいえない表情をしている鷹司の変わりに、その先を天笠が引き継ぐ。
「じゃあさ、船長って記憶見れるって言ったじゃない?スキャンって言うの?」
「言った」
「どのタイミングで記憶見るの?やっぱ触った瞬間とか?」
「船のメンバーであるならば、このエリアに入った瞬間にデータとして我に届く」
「…え?このエリア…って、部室に入ったらって事!?」
「そうだ」
「え、嘘!…じゃ、じゃあ、メンバー以外の人は?というか、メンバーじゃなくても記憶読めるの?」
「可能だ。だが、このエリアに入って来て、なおかつ我が触れた対象に限定される」
「…メンバーじゃないとアクションが必要なんだ。なんで私達はオープンに見られちゃってるの?」
「乗組員の健康管理はもちろん、精神的安定も我の務め。故にいかなる問題も漏らさず把握できるように詳細に管理する必要がある」
「何でそういう情報、前もって言ってくれないかなぁ~」
「我は旅を安全に行うため、あらゆる事を知っていなければならない。そのために全力を尽くすよう作られ、その行動を推し進める事が出来る力を与えられた。我は得られるデータを全て取得し把握する。それ故に自らは何も語ることは出来ない」
船長の返答に、返答に困った天笠は頬を膨らませて怒った顔をした。このやり取りは皆にとっても些か衝撃があったようで、殆どが次の発言が出来ずに居る。が、そんな中エアーブレーカー(KY)の守屋が口を開いた。
「なんだか、ネットみたいッスね」
「何言ってんの?キョウタロウ」
「だってさケイシ、インターネットみたいじゃん?膨大な情報を持っていても、正確なキーワードを打ち込まないと答えは得られない。そうするしか出来ないっていうなら、そういうものだと思えば良いんッスよ」
身近にあったものだし、簡単でしょ?とでも言いたそうな笑顔に毒気を抜かれて場が和んだ。
「そうだな、分からない事は尋ねればいいんだ」
「そうですね。相手の顔色伺って物事を察する能力を、他人にも求めちゃだめですよね」
「確かに、船長がおしゃべりだったら色々と困るものね。記憶が読めるって言うならなおさら…」
完全解決とまでは行かない。
それでもこのメンバーで旅を続けなくてはいけない。
100%の回答を得られたわけではなく胸の内にのこるモヤモヤが消えたわけではないが、小さくなった気がしただけで気が楽になった気がした。
「それと…術を継続したままこの場所から出ることも、本来なら不可能だ」
「え、でも核がどうとかってこの世界に来た時言ってなかった?」
「術を発動する核を動かせれば、出られるかもしれない。しかし、これは仮想論であり、現実にはならないかも知れぬ」
「なんで出来ないの?」
「出来るかも、と我が勝手に考えているだけだからだ。実現を目指すならば、この後術式を作っていく事から始める必要がある。完成する前に失敗もするだろうが、失敗の仕方によっては船を全壊させる恐れもある。故に簡単に挑戦する事は出来ない」
続けて語られた船長の言葉。先ほどの話を聞いていると、誰かが尋ねた質問の返事では無いこれは、本来ならば語られる話では無かったのかもしれない。しかし多くを喋る事が出来ない身ながら、皆の情報で無いなら喋れるだろうと判断したらしい船長の、皆を気遣っているような情報提供に思わず笑みがこぼれてしまった。
「あはは。何だか船長、可愛い所もあるわね」
「せやね。最初は怖い感じやったけど、今はそうでもないわ」
「器用貧乏みたいな!?」
「…キョウタロウ、それ意味分かって使ってる?」
「無理かもしれないけどさ、努力は続けてみようよ、セン。やっぱ楽しい事は皆一緒が良いじゃない!」
「そうだな。舞鶴の意見に賛成だ。船が壊れるのは困るが、ずっと1人で留守番させるというのも…申し訳ない気がしてな」
「心遣いは無用だ。我はシステムであり…」
「あぁ、それは何度も聞いたし、分かってるんだよ船長。でもさ、理解できても、納得できないって事は良くあるの!」
何度も繰り返し言ったセリフを再び船長が口にしようとすると、九鬼がそれを遮った。彼はシステムであり、生き物では無い。そうだとしても、此処に存在するメンバーであり、仲間なのだ。
仲間を思いやるのは当然であり、気にかけるのもまた自然な事なのだ。




