1話 愛してる
ストックしていたお話です。
ゆっくりの更新となりますがもし良かったらお付き合い頂けると幸いです!
よろしくお願いいたします。
『愛してる』
満天の星の下で流星群を眺めながら初めてのキスをした。人生で初めて付き合った彼。
幾度も瞬く星空の下、透き通るような彼の優しい瞳
柔らかな髪。
重なる唇の感触
鼓動。
今でも鮮明に覚えている。
彼の儚くて美しい姿―――
あの日から毎年帰省の度に、二人で流星群を見に行くことが、私と彼の恒例行事となった。
結婚してからもそれはずっと変わらなかった。
『――ねぇ、澪桜。もし俺が先に死んだら、天国の入口でずっと待ってるからゆっくりおいでね』
『そうだね。周さんも……約束だよ』
何度も君が私に言ってくれた言葉。
君はこの約束、今でも覚えているのかな。
……待って、くれてるのかな。
(―――あちゃん、しっかり)
ねぇ。周さん。
なんで、私よりあんなに早く逝ってしまったの?
(……ないで!)
まだまだ君に話したいことがたくさんあったのに。
もっと思い出をたくさん作りたかったのに。
歳をとれば、死というものに対して達観するものだと何処かで思っていたのに。
君への思いは変わらなかった。
忘れたくても忘れられなかった。
君を失った後も……世界のどこかに君がいるんじゃないかって心の何処かで信じていた。
寂しくて、悲しくて。
恋しくて。
もう一度君の声が聞きたくて。
老いた体で、幾度も死を弔ってきた人生で。
それでも君への恋心は……
永遠に色褪せない。
ただ、愛していた。
曾孫がね、生まれたんだよ。
女の子で……色素が薄くて
君にそっくりなんだ。
ああ、一度でいいから見せてあげたかった。
きっと君は……目を細めて優しく撫でてくれる事だろうに―――
「おばあちゃん!」
「お母さんしっかりして!! お願いだから!」
「かあさん!!!」
荒くなる呼吸。
吸っても空気が肺に入らない。
……苦しい。
……苦しいなぁ。
薄く目を開けるがもう、何も見えない。
声も遠い。
息が……吸えない。
吐くことも出来ない。
どんどんと赤黒くなっていく肌を誰かの手が優しく包んだ。
私の肌に伝わる優しい温もり。
(ああ、家族に看取られて死ねる私は、なんて幸せなんだろう)
温かな雫が、乾いた肌に一筋の道を作った。
白く飛び、視点の合わない瞳を開けて、それでも最後に家族の顔を目に焼き付けようとした。
ごめんね。泣かないで。
私は十分幸せだった。
柊弥それに、瑞希
あなた達を産めて良かった。
周さんと二人で子育てした時間は私にとってかけがえのない宝物だった。
こんなに可愛い孫たちを見せてくれてありがとう。
もう、大丈夫。
大丈夫だから。
泣かなくていいから。
笑って。
どうか、幸せに―――
意識が朦朧としていく中、数多の年月を共にしてきたシワだらけの手を少しだけ天井に掲げる。
最後の力を振り絞り、いないはずの彼の頬を撫でるように。
微かに、アンバーを感じた。
懐かしい、彼の香り。
(周さん、迎えに来てくれたのかい?)
また一筋頬を濡らす。
彼の声が
聞こえないはずの耳に届く。
「澪桜―――」
穏やかで低い声。
もう一度だけでいいから
会いたい。
周さんに、会いたい。
……会いたいよ。
最後に思い切り息を吸ってゆっくり吐いた。
口角を穏やかにあげて目を瞑る。
赤黒くなっていた肌が少しずつ色を失い、掲げた手が力なくベッドに落ちていった。
結城澪桜 86歳という長い生涯が静かに幕を閉じた瞬間だった。
10年前に死別した結城 周という伴侶を想い、天国を夢見て―――
***
眩い閃光。
脳天をかち割るような激痛。
「痛っ……!?」
鈍器で後頭部を激しく殴られたような衝撃に耐えきれず思わずよろけ、膝から崩れ落ちそうになる。
余りの眩しさと激痛に閉じたままの瞼に更に力が入る。
(……知らなかった。天国ってこんなに痛いんだ)
そんな悠長な事を考えていると、抑揚の無い耳障りな声が響く。
「聞いているのか!? エリーゼ!!!」
両腕を誰かに捕まれ跪かされる。
あまりにもリアルな感覚。
痛みに衣擦れ。
およそ天国だとは思えない生々しい触感。
そして、数十年ぶりに感じる関節の滑らかな動きと、痛くない節々。
一番驚いたのは、酸素吸引器もないのに、呼吸が楽に出来ること。
(なんだ……? これは)
ゆっくりと目を開けるとそこには、美しく装飾されたダンスフロア、頭上には自己主張の強いシャンデリア。
中世ヨーロッパのようなボフッとした服装の、色とりどりに着飾った美しい花達、燕のような若い紳士。
騎士たちに取り押さえられた状態で目の前を見上げると、私を睨むピーナッツみたいな、のぺっとした顔のもっさい男と、困り顔のブリブリな豊満ちゃん。
少しずつ意識が鮮明になっていった私は、気付きたくもない現実に叩きつけられた。
私は確かに死んだはず。
なのに。
―――切望した彼はここにはいない。
そう。
ここは天国でもなんでもない。
知らない世界なんだと。
次回更新は8日です。




