第3話 ステータス
冒険者と切って話すことの出来ない存在として、ステータスが挙げられる。
これを語るには、まずステータスという概念について大まかに説明しておこう。
ステータスとはダンジョン攻略をする冒険者それぞれに割り当てられる、戦闘能力の指標のことだ。
ステータスの基礎項目として、以下のものがある。
HP(体力)
MP(魔力保持能力)
ATK(攻撃力)
DEF(防御力)
INT(知能)
RES(魔法防御力)
AGI(素早さ)
……まあ、いわゆるゲーム基準で設定されたものだ。
ダンジョンを攻略する冒険者には必ず割り振られるものであるが、これは俺達冒険者サイドで設定された指標ではない。
つまり"ダンジョンよって勝手に設定された数値"ということだ。
当然、数値が高ければそれだけ魔物を倒しやすくなる。魔物から受けるダメージだって大幅に減少する。
ただそれはダンジョン内に限った話だ。ダンジョンの外に出れば、ステータスの一切は機能しない。
万が一にも力を持った冒険者による犯罪行為でも横行すれば、大問題まっしぐらである以上、その点においては安心して良いだろう。
一応、ダンジョン外でもステータスを使うことが出来る方法だって存在するが……必要となった時に説明しよう。
----
さて、それよりも今起きている現状について整理しようか。
俺――早野 瑞紀は今、スポーツ用品店にてダンジョン攻略に赴く為の装備を確保する目的でやってきた。
装備を調える前に、まずはステータスを確認しようと思い、店員へと声を掛けた段階だ。
そして店員に案内されるがままに、冒険者専用のステータス閲覧装置が配置されたカウンターへと足を運んだところ。
一人の少女が、困ったような表情で店員と揉めているところに出くわした……と言う段階にある。
カウンターを挟むようにして、まるで燃える炎のような長い赤髪を揺らした少女が、前傾姿勢をとって店員へと話し掛けているのが見える。
年齢にしておおよそ10代半ばだろう。思春期真っ只中と言った雰囲気である。
身長で言えばおおよそ150cmほど、まるでモデルを彷彿とさせる痩せ型の体型だ。
正直、先約が見えた時点で「一旦その場を立ち去ろうかな」とは思った。
いくら俺の見た目年齢が彼女とほぼ同年代とはいえ、精神年齢で言えば孫と言っても遜色ない。まあ、孫どころか娘、妻さえもいないのだが。……なんだ、文句あるか。
特に理屈などない。気まずいだけだ。
だが特に理由無く立ち去るのも、せっかく案内してくれた店員に悪い気がしたので、大人しく待つことにした。
半ば暇つぶしがてら、赤髪の少女が店員と会話している様子に聞き耳を立てる。
「あの、装備適正がないってどういうことですか。サイズなら……ほら、合っていますよ」
「そういう問題じゃなくてですね。お客様のレベルが足りないんですよ」
「おかしく無いですか。サイズが合っていれば装備できるはずでしょ。ねえ」
「はぁ、そう言われましても……」
赤髪の少女は納得いかないと言った様子で、執拗に店員へと詰め寄っているのが見えた。
彼女に詰められた店員はどこかばつが悪そうに視線を逸らしているようだ。
なるほど、「サイズが合っているのに装備が許されない」ということに不満を訴えているんだな。
見習いの冒険者なら必ずと言って良いほど直面する問題だ。
サイズが合っているからと言って、レベル1の冒険者は適正レベルが10以上の防具を身に付けられない。
……いや、言い回しに語弊があるか。
着ることは出来る。
だが。
「……はぁ」
さすがにしどろもどろとしている店員が気の毒に思い、俺は助け船を出すことにした。
と言っても、会話に直接割り入る気は無い。あくまでも、防具を見繕いに来た一利用客として話へと入り込む。
「……失礼する、解決しそうにないなら割り入らせて貰っても良いですか」
「は、はっ?」
いきなり横やりを入れられたものだからか、赤髪の少女は「ちょっと!?」と険しい顔をして俺を睨む。
俺を案内してくれた店員も「お客様!?」と困惑した表情を浮かべていた。しかし、しばらく交互に俺と少女の対応をしていた店員を見た後、ばつが悪そうにその場から離れた。おい。
「……」
それに対して、少女の対応に辟易としていたらしい店員はどこか安心したように破顔していた。
「は、はい。どうなさいましたか」
「装備可能な防具について見繕いたいです」
俺がそう前置きすると、店員は静かに眉を顰める。「ああこいつもかよ」みたいな諦観の混じった表情を浮かべていた。
だが店員が何か口を挟む前に、俺は助け船を出すこともひとつの狙いとして言葉を続ける。
「適正レベル以上の防具は機能しなくなる、と聞きました。レベル1でも可能な装備について教えて欲しいのですが……」
「っ、は、はいっ。分かりました」
わざとらしく説明じみた言い回しをすると、店員は「そうですそうです」と赤べこかと言わんレベルで頷いていた。
続けて、赤髪の少女の方を意識して話を続ける。
「装備可能レベル以上の防具を無理に着込んでも、衣服としては機能しても防御力としては反映されない、ですよね」
「は、はいっ! その通りです、そうですそうです。よくご存じで」
「まあ、ちょっとしたツテで」
「経験則で」とは口が裂けても言えないので、適当に濁して話を続ける。
基本的に防具として機能する装備は、ダンジョン内で手に入る素材をベースとして作成される。スライムの粘液や、魔獣の皮など、衣服の材質にもよるが……ドロップアイテムによって作成されるというのが共通項だ。
そうしたドロップアイテムを元に作られた防具だが、装備者にも一定のレベルが要求される。
メカニズムに関しては複雑な要因が絡むので、ひとまずは「適正レベルを上回る防具は着ても意味が無い」ということだけ理解していれば大丈夫だ。
唐突に話題の中心から追い出した赤髪の少女を放置して、俺は店員とやり取りを続ける。
「すみません、俺自身もステータスが分からないので。まずはステータス確認をさせて貰っても良いですか」
「はい、はいっ。是非、どうぞこちらへ」
「助かります」
店員からそう促され、俺はさっさとその場を離れようとした。
ステータスを正確に確認するには、ちょっとした手間が掛かる為に別室を用意されているのが大抵である。
俺はさっさと逃げるようにその場を後にしようとしたのだが……。
「ねえ、アンタ」
「……」
「ちょっと、無視しないでよ」
蚊帳の外に追い出された少女がむんずと俺の左肩をわしづかみにしてきた。
先ほどのやり取りの中から感じていたことなのだが。
「この子と関わると面倒が起こる」というのは……ほぼ確信していた。
極力、関わりたくはない。
そう思うのだが、少女は一方的に語りかけてきた。
「なんか、色々と詳しそうじゃん」
「……俺も少し囓っただけで」
「教えてよ。私、冒険者になりたいの」
「……君みたいな若い女の子がなるような者じゃない、冒険者なんて」
「アンタみたいな若い男がなるもんでもないでしょ」
「……」
俺はこの時ほど「もう少し若い冒険者とコミュニケーションを取っておけば良かった」と思ったことはない。
56歳という年齢差を言い訳に、若い奴らとの会話は必要最低限にしか取ったことが無かった。
その結果、赤髪の少女ひとりさえ振り払うことが出来ないという事態を生み出していた。
「……分かった」
時間を戻せるのなら、若者とコミュニケーションを取るという能力を磨いておきたかったものだ。
……あれ? 実質的には今が時間を戻したような状況なのだろうか?
うーん……。




