第1話 追放
カクヨムから連れてきました。
S級冒険者パーティから追放された冒険者、早野 瑞紀の朝は早い。
先日リーダーより追放宣言を受けた彼の一日は慌ただしいものだった。
「おはようございます、こちら退職届です」
「はい、こちら承りました」
まず朝早くから公共職業安定所へと赴き、失業手当を受け取る手続きをする。早々に次の働き口を探しても良いのだが、追放されたことによる精神的ダメージも消えていない為にしばらくは休息を取るつもりだ。
審査の都合で給付には時間が掛かるという説明を受けて「分かりました」と雑に返事をした。
こうした公共施設は結構混み合う為、早いところ立ち去ってしまいたいところではある。
空いた時間でコンビニへと立ち寄り、ホットコーヒー缶のみを購入。おおよそ150円くらいの買い物であった。
車止めをベンチ代わりに腰掛け、それから静かにコーヒーを口に煽る。
「……ふぅ」
心の底に溜めた想いと共に、大気中へと吐息を漏らす。微かにコーヒーの香りが残った溜め息が、白い煙となって空に溶けて消えた。
時期としては冬真っ只中。肌を刺すような冷たい風が衣服の中に入り込み、思わず身体を丸める。
「さむっ……もう冬か」
コーヒーの残り容量が半分を切った辺りで、ふと何の気も無しにスマホをポケットから取り出した。
スリープモードを解除し、画面を明るくすればロック画面に映るのは冒険者時代の俺の姿だ。
「……ははっ、懐かしいな」
ロック画面に映る姿に、ふと郷愁から来る苦笑が零れた。
もはや遠い昔のようにも思える、懐かしい記憶だ。
パーティのタンク役として、俺は全力で皆の盾となった。
「俺の力で皆を守るんだ」そう強い決意を持って、全力を振るってきた。それが実際に皆の力となっている実感はあったし、強大な攻撃を防ぎきった時には説明しようのないやりがいすら感じた。
冒険者として活動してきて、はや40年。
元々は生活費が回らなくなるという家庭の事情によって、高校を中退したことがきっかけだった。
それから日々バイトに明け暮れる日々を送っていた最中のことだ。
不注意からダンジョンブレイクという被害に巻き込まれたのを助けて貰ったことをきっかけとして、冒険者に憧れを持った。
”超成長体質”と呼ばれる、非常にレベルアップしやすい体質をしていたことから冒険者ととしての適性を見出されたことも追い風となった。
偶然の出会いを持って、俺は晴れて冒険者となった。
だが、今となってはその役割を果たすことは叶わない。
「……引っ越し準備、しないとな」
俺は通知が来ていないことを確認した後、スマホをスリープモードに戻して再度ポケットへ戻した。
脳裏によぎるのは、パーティに所属していた時に俺を憧れの眼で見てくれた一人の少女の姿だ。
加入初期から聖女としての頭角を現し始めた彼女は、タンクである俺の身を常に案じてくれた。
――あなたは、いつだって頑張っています。胸を張ってください。
そう、聖女の名に相応しく俺の両手を握って語ってくれたな。
本当に出来た冒険者であった。きっと、彼女は今後冒険者パーティに欠かせない存在となっていくだろう。
俺はサイズの大きくなってしまったパーカーを被り、静かにコンビニを後にする。
もはや、元には戻れない。
追放されてしまったという事実、それだけが俺に与えられた現実だ。
ちょうど、引っ越し業者も来る時間が近づいている。
俺は左腕に巻いたスマートウォッチで時刻を確認した後、元の住まいへと戻ることにした。
……追放されたと言っても、何もメンバー間の不仲に依るものではない。
もっと根本的で、かつ致命的な事象によるものだ。
☆
「……来てたのか」
「当たり前だろうが」
拠点でもあったアパートの一室へと戻ると、そこには金髪に髪を染めた、快活な雰囲気の青年がいた。
若々しさをアピールするように、チェーンのネックレスを首に巻いている。全体的にやや攻撃的な印象を与える衣服を着込んだ彼は、俺を見るや否やニヤリと微笑んだ。
それから俺の元へと歩み寄り、まるで値踏みでもするように俺を見渡す。
「これから新たな道を歩もうとしてる、早野君の旅立ちを見送るのはリーダーの務めってもんだろ」
「……助かる」
「相も変わらず口の回らない奴だな」
無愛想な口ぶりなのは自覚しているが、長年これで生きてきたのだから仕方ない。
S級冒険者パーティのリーダー……いや、今は"元"が付くか。
元リーダーの遠瀬 海人は不敵に微笑んだ。
それから俺の肩に図々しくも腕を回し、親しげに語りかける。
「聖女ちゃんにもちゃんと挨拶したか?」
「いや、彼女には何も伝えていない」
「……何も、ってお前マジか」
「余計な気遣いをさせたくなかったからな。嫌われ役を買って貰って、悪かった」
自らの好感度を下げるような行動をして貰ったのだ、遠瀬には頭が一生上がらないだろう。
俺は深々と頭を下げたが、遠瀬は「やめろよ」と低いトーンで言葉を返すのみだった。
「不器用なのは分かってるからさ。また、機会があれば聖女ちゃんのところにも顔を出してやれよ」
「……」
「散々聖女ちゃんに治癒して貰ってんだ、それで挨拶も無しにいなくなるのはダメだろ」
「……それも、そうだな。ただ、今は顔を合わせることは出来ない」
「だろうな」
遠瀬は、俺の言葉を否定せずに肩をすくめた。
それから真摯な表情を向けて、屋外へと視線を向ける。
「まあ、人生何が起こるか分からない。それは分かっていたつもりだったが……な」
「……ああ」
「これからの人生、期待してるぞ。真人間になって帰ってこい」
「……善処はする」
「はっきりと言い切ってほしいものだがな」
曖昧な言葉を返すことしか出来なかった俺に対し、遠瀬は苦笑と共に俺から背を向けた。
これ以上言葉を交わすこともないと悟った彼は手をひらひらとさせながら「じゃあな」と言って姿を消した。
……そうだ、俺の人生は全てが巻き戻るんだ。
遠瀬を見送り、そして俺は自室へと続く扉を開けた。
中には無造作に積み上げられた段ボールが、ありありと存在感を示していた。この部屋からさよならを告げるのだと、段ボールは沈黙と共に如実に語る。
俺はそんな自室の中を確認して回る。
部屋内を回っている中、洗面台でピタリと足を止めた。
「……慣れないもんだな」
すかさず、俺は”張りのある肌”へと手をあてがう。
その動作に連なるように、鏡に映った10代前半にも見えるあどけない自分が同じような動作をした。
そこに居たのは、50代を超えた冒険者としての早野 瑞紀ではない。
実年齢としては分からないが……10代半ばの、高校生とも見える程に若返った自分の姿であった。
時間逆行。
唐突に現れた、これまでに見たことのない人型の魔物から突然浴びせられた魔法による影響だった。
前衛としての習慣から咄嗟に前へと躍り出たことによって、時間逆行の効果を持った魔法を一同に浴びてしまった。
その結果が、今の俺だ。
時間逆行の恐ろしいところは"全てが逆戻りしてしまった"ことにある。
記憶だけは損なわれなかったのは不幸中の幸いか。
だが、冒険者の命とも呼べるステータスは、冒険者になる以前へと逆戻り。
当然これでは使い物にならない。
その為、追放という体裁の元パーティより離脱せざるを得なくなったのだ。
「……まあ、お金ならあるからな」
元S級冒険者、早野 瑞紀の第二の人生が始まったのだった。




