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BAR  作者: もふもふもん
1/4

開店

 週末の土曜日。小さな町の少しだけ賑わいを見せる数軒だけの小さな飲み屋横丁。あちらには、個人経営の小さな居酒屋が。こちらには、昔は美人と評判だったであろう女将の仕切る割烹が。向こうには最近出来たばかりのせんべろが。軒を連ねている。そんな小さな飲み屋横丁の一画に、場違いも甚だしい一軒の古びたBARがある。古材を使った木目の綺麗な壁に、大きめの引き取っ手が付いた重厚なドア。今日もまた、その店を愛してやまない1人の男が重たいドアを引き店へと足を踏み入れた。店の中にはクラシックジャズの音楽が、会話をするのに邪魔にならない程度には小さく心地よく流れている。カウンター席がたったの5席しか無い、小さなBARのいつもの席に座ると、店のマスターが男の前へと歩み寄り。


「いらっしゃいませ、今日も最初はいつものヤツかい?」


 そう客に向けて言う。


 マスターのその言葉に笑顔で答えた男の客は、着ていた革のジャケットの左ポケットから、CAMELのソフトタイプの煙草の箱と、かなり使い込んで年季の入ったZIPPOのオイルライターを取り出してカウンターの上に重ねて置くと、テーブルの少し手を伸ばせば届く位置に3個ほど重ねて置いてある、ガラス製の灰皿の1つを手元に引き寄せた。


「最近はどこもかしこも禁煙禁煙とか分煙分煙とうるさくて、煙草1本吸うのですら気を遣う。頼むからマスターの店も今日から禁煙です。なんて言わないでくれよ」


 そう言うと、マスターは男の方をチラリとだけ見て愛想笑いに似た苦笑いを浮かべた。そして、マスターはカウンターの後ろに綺麗に並べられている数百種類はあるであろう酒瓶の中から。ビフィーターと言う名前の付けられた、ロンドンで最も愛され続けているジンの瓶を選び抜き出し、氷が入った10オンスのタンブラーに適量を注ぎ入れ、次に果実から実際に搾り出したフレッシュレモン果汁を加え、バースプーンを使い軽くステアした後に最後にジンジャーエールをグラスの中の氷に当てないように注ぎ入れ、炭酸の抜けに気を遣い軽く2度程ステアして出来た物を男の座るカウンターの前にコースターと共に差し出した。


 「はい。いつものジンバックね」


 マスターが男に自分が今ほどまで作っていたカクテルの名前と共に提供する。すると客の男はいつもと同じように、タンブラーを掴み掲げ持ち中に注がれているカクテルの色あいを目で楽しむ。そしてグラスに口を付け、喉をゴクリゴクリと鳴らす音が聞こえる程に中身を飲んでいく。「あ〜やっぱ最初の1杯はコレに勝る物はこの世には無いね流石マスターいつ来てもいつ飲んでも変わらない味」そう言ってグラスをコースターの上に乗せる。その言葉を聞いたマスターは、心の中で「よし、今日も同じ味でお客様に提供出来たか」そう思う。知らない人が多いだろうが、バーテンが言われて1番嬉しい言葉がこの「いつ飲んでも同じ味」と言われる事にある。


 マスターはいつもの所定の位置へと戻り、いつもと同じようにカクテルグラスを布巾で磨きながら自分が今しがた提供したカクテルを美味しそうに飲んでくれている常連の男の姿をチラリと見る。アルコール度数が14度程度と日本酒と変わらない度数のカクテル「ジンバック」を飲み干した男は、火を灯し灰皿に置いていた煙草を口にくわえ、大きく煙草の紫煙を吸い込みゆっくりと煙草の味を楽しむかのように吐き出す。


 「マスター次は……そうだな……久しぶりに初恋でも飲ませてもらおうかな」


 そう言ってマスターに次に楽しむカクテルを告げた。マスターは男からのオーダーに苦笑いを浮かべて、また後ろの酒瓶が並んだ棚の中から、カンパリリキュールを取り出すと先ほどと同じように10オンスのタンブラーに氷を入れて今度は先ほどとは違い、お客様から普段は見えないカウンターのテーブルよりも1段低い作業用のステンレス製のテーブルに置いてある、メジャーカップの1つを手に取ると、人差し指と中指で挟むようにして手に持ち、カンパリリキュールを45mlタンブラーに流し入れた後に、カウンターの下に取り付けてある冷蔵庫の中から100%果汁の無糖のオレンジジュースの瓶を取り出して、リキュール1に対してオレンジジュースが3〜4になるようにタンブラーの中へと注ぎ入れ、バースプーンで軽くステアをして、男からのオーダーである「カンパリオレンジ」を完成させた。


 ジンバックの時と同じように出来上がったカクテルを手に持ち男の座る席のカウンターテーブルに置かれたジンバックが先程まで入っていた氷だけが残るタンブラーとタンブラーに敷いていたコースターを一緒にもう片方の手で持ち、カウンターテーブルの下に下げると同時に新しいコースターを男の目の前に置き、新たに作ったカクテルを静かに置いた。


 「はいカンパリオレンジね。初恋なんてカクテル言葉いつ覚えたのよ。」


 そう笑顔で男に問い掛けると。

 

 「今はね便利な世の中になってスマホで質問すると何でもAIが答えてくれるのさ。」


 そう言って歯を見せて笑った。


 軽めのアルコール度数のカクテルとは言えカクテルを2杯続けて飲んだ男は明らかに顔も赤味が増し手にする煙草の数も増えていた。その事を敏感に感じ取ったマスターは心の中で「もう1杯か2杯ほど何か飲んだら帰るだろう」と思った。そしてマスターと客の男だけの2人の空間。時折聞こえる軽くつまめるようにと小皿にて提供したピスタチオの殻を割るパキッと言う小さな音と静かに染みわたるクラシックジャズの音色だけが小さく流れる。




 「マスター最後ね。チェリーサワーお願い」




 客の男からのオーダーに応えるべく動き出したマスター。後ろに並んでいる酒瓶の中から1本、チェリーのリキュールを取り出すと、男から。




 「マスター今日はブランデーで」




 そうリクエストが来た。マスターは手に持っているチェリーリキュールの瓶をまた元の位置に戻しエチケットが見えるように置くと、違う棚からチェリーブランデーの瓶を取り出して、今度はタンブラーでは無くシェイカーの中へとブランデーをメジャーカップを使い40ml注ぎ入れ、冷蔵庫の中に置いてあるフレッシュレモン果汁をこれもまたメジャーカップを使い20mlを同じくシェイカーの中へと注ぐ。そして最後にガムシロップの瓶に手をやり、バースプーンのスプーンの側でスプーン約半分程の量をシェイカーに入れた後に、氷を作る製氷機を開けて、シェイカーに溢れんばかりの氷を入れて、しっかりとシェイカーの上下を合わせ後に上蓋を閉めて、シェイカーを両手を使い振り始める。心地の良い「シャカシャカ」と言う音がリズム良く店内を包む。シェイカーを振るマスターの手のひらが氷で冷やされたシェイカーの冷たさを伝えてくる。その幾度と無く感じた手のひらの冷たさで、正確に中に注がれた物たちが混じり合った事を確信すると、今度は片手にシェイカー。もう片方の手にカクテルグラスを手にして客の男の前に立つ。そうして、先ほどまで飲んでいた、カクテル言葉で「初恋」と言う言葉を指すカンパリオレンジの入っていたタンブラーとコースターを下げて、新しいコースターを置き、その上にカクテルグラスを乗せた後に、シェイカーの上蓋を少し捻るようにして開け、シェイクした物をカクテルグラスの中にシェイカーをゆっくり大きく回すように動かし注ぎ入れる。淡い赤茶色の液体で満たされたカクテルグラス。


 「はいチェリーサワーねアルコール度数高いからゆっくり飲んでね。」


 そう一言だけ男に告げると使い終わったシェイカーやバースプーン等を水洗いしながら、客の男の飲み方に少しだけ注意を向ける。過去に何度か注意したにも関わらず、強いカクテルをゴクゴクと飲み干して酔い潰れた経験がある男は、マスターの言葉に従い素直にチビリチビリと口を付け味わっていた。 


 やがて、それも無くなり。客の男はテーブルの上に置いていたCAMELの煙草の箱とZIPPOのオイルライターを一緒に革のジャケットの左ポケットに無造作に押し込むと。立ち上がりデニムのパンツの後ろのポケットに差していた、革製のオーダーメイドの財布を取り出しマスターに声をかける。


 「マスターごちそうさま今日はもう帰るわ」


 そう言って勘定を払うと、来た時と同じように重そうなドアの取っ手を握りドアを押して店を後にした。


 「またのご利用を心よりお待ちしております」


 そう男に向けて掛けるマスターの言葉と共に。

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