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御曹司なのに不採用!? ~冷徹女社長と始めるゼロからの恋と成長録~  作者: 優里


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嫉妬の空振り






結局、会場に置いて行かれた蓮。

ムッとしながら優里の背中を追って歩いている。



傍からみれば、大人に怒られたこどものようだ。



優里は、オフィスに戻り、デスクに座ると、

ひとりの女性社員が興奮した様子で近づいてきた。


「優里さん! 今夜のパーティーで着用されるドレス、届きましたよ! デスクの横に置いておきますね」


「ドレス?」


蓮はポカンとした。


優里がドレスを着用する予定など、

愛の戦士であるはずの彼は聞いていない。


優里は資料を広げながら、冷静に答える。


「ありがとう。 クライアント主催のパーティーだから、顔を出しておかないと」


蓮は自分の視界の端にそっと置かれた

ドレスのガーメントバッグを凝視した。


優里が一瞬席を立った隙に、

蓮は興味と過保護の衝動に抗えず、

こっそりファスナーを開ける。



ガーメントバッグのなかから現れたのは、

深みのあるネイビーのシルクドレスだった。


素材の美しさに息を呑む蓮だったが、

そのデザインに顔面が蒼白になる。


肩のラインは大胆に露出し、

デコルテは深くV字にカットされている。


優雅だが、露出は高めだ。


「な、な、なっ……!? これ、え、えっ!?」

「ひっ…… ま、待て! 優里! これは……!」


蓮はパニックに陥り、

ドレスを隠そうと慌ててバッグを閉じる。


(だ、ダメだ! こんな、こんな露出の高いものを着て、パーティーになんて行かせられるか! 他の男どもの視線に晒すわけにはいかない! )


優里は席に戻ると、

蓮の異常な様子に冷たい視線を向けた。


「何騒いでるの。」


「だ、だって! こんなに……こんなに肌が……!」


優里は資料から目を離さず、

心底どうでもよさそうに言い放つ。


「ドレスってそういうものでしょ。 」


「ちょ、ちょっと優里さん!? だって、これ、やばくない!? ていうか、そんなの着るの!? 絶対視線が……! いや、そんな、無理だろ!」




優里の一言は、蓮の過保護モードを

常識という名の冷たい壁で完全に打ち砕いた。


蓮は優里の冷静さと

自分の異常な嫉妬のギャップに打ちのめされながら、

その露出度の高いドレスを睨みつけることしかできなかった。




蓮が露出度の高いドレスを前にパニックに陥り、

「他の男の目に晒すわけにはいかない!」と

過保護な叫びを上げても、

優里の目つきはさらに冷たくなるだけだった。


「あんたの妄想に付き合っている暇はないの。 」



優里は蓮の存在を意識の外へ追いやり、

パソコンに向き直った。


そのタイピングの音は冷徹なリズムを刻み、

蓮との間に見えない壁を作り上げた。


蓮はなおも食い下がろうとする。


「で、でも、優里! 俺が一緒に……」


「うるさい」


一言、氷のような拒絶。


優里は表情ひとつ変えず、

社内の共有フォルダにある今夜のパーティーの資料を開き始めた。


彼女の集中力は研ぎ澄まされ、

つい先ほどの悶着も、蓮の幼稚な嫉妬も、

全てをノイズとして遮断した。


(私は誰にも守られない。 守るべきは、この会社と、私自身の矜持だけ)


蓮の熱意が、今の彼女にとっては最も邪魔なものだった。


蓮はその冷たいオーラに完全に萎縮し、

何も言い返せなくなった。


……しかし、御曹司のイヌは簡単に諦めない。



(……そうだ。 俺は、優里の最も信頼する社員だからこそ、口で言われなくても察しろ、という優里のメッセージに違いない! 「行かなくてもいい」は、「絶対に来い」の裏返し! 特にあのドレスを着るなら、俺がいないと犯罪だ!)



蓮は独自の論理で優里の行動を解釈し、

こっそり自身のスマートフォンでパーティー会場の情報を確認し始めた。





数時間後。

優里はネイビーのシルクドレスを身に纏い、

タクシーで会場となる高級ホテルへと向かった。



優里はホテルの一室で開催されている

華やかなパーティー会場へ足を踏み入れた。



優雅な音楽、シャンデリアの光、

そしてビジネスの視線が交錯する空間。



優里はため息をつき、

今夜の目標であるクライアントを探すため、顔を上げた。


そして、その瞬間、彼女の視界に最も見たくない人物が飛び込んできた。


タキシードを完璧に着こなし、

非の打ち所のない笑顔で会場のスタッフと話している男。


「ふぅ、ギリギリ間に合った」


蓮は優里の姿を認め、

優雅な身のこなしで一直線に彼女のもとへ向かってくる。



その瞳は、飼い主を見つけた大型犬のように喜びに満ちていた。


「優里。 そのドレス姿…… やはり俺がいないと危険だったな。 今夜のエスコートは俺様が務めよう!」


優里は全身から力が抜け、顔が引きつった。



「な、なんであんたがここにいるの!?」


「何をおっしゃいますか。 優里の露出が危険域に達した時、俺が駆けつけるのは 当然の摂理 だろう?」



煌びやかな会場に足を踏み入れた瞬間、

周囲の視線が一斉に蓮へと集まった。


タキシードを着こなすその立ち姿、流れるような所作、

そして人懐っこい笑み。



御曹司として鍛えられた気品と存在感は隠そうとしても隠しきれない。


「……あの方、どこの企業の御曹司かしら?」

「背が高いし、オーラがすごいわね」

「さっき優里さんと一緒にいたわよね?」



ひそひそと交わされる声に、蓮はいつもの調子で軽く会釈を返す。


周囲はますますざわめいた。


取引先の重役ですら、「ぜひご挨拶を」と近づいてくる。



しかし。

蓮の視線は、一切ぶれることなくただ一人の女性を追っていた。




シャンデリアの光を浴び、淡い色のドレスを纏った優里。

冷静に客へ対応する横顔、細い指先でグラスを持つ仕草。

そのすべてが、蓮の心をかき乱す。


(……あんなの、反則だろ。誰に見せてんだよ、それ……俺にだけ見せろよ……!)



無意識に拳を握りしめる。

だが次の瞬間、頭のなかに妄想が炸裂した。


(もし俺が今すぐ優里の腕を引き寄せて、堂々と「この人は俺の恋人です!」って宣言したら……?会場はどよめき、記者が押し寄せ、優里は顔を真っ赤にして俺を小突く。でもその後、誰の目にも届かないテラスで、優里は小さく「ありがと」と囁いて……。)


「……ふふっ」


思わず口元が緩み、

周囲の客に「やっぱり只者じゃないわね」とますます注目されてしまう。




その一方で、肝心の優里は……。

まるで蓮がそこに存在しないかのように、

徹底的に視界から排除していた。



笑顔すら向けず、冷淡なまでに仕事モードを貫く。



(……無視か。いいだろう。そういう態度で来るなら、俺は俺で……とことん見てやるからな!)



蓮の目は、もはや獲物を狙う猛獣そのものだった。


御曹司モードで周囲を圧倒しつつ、

頭のなかはドレス姿の優里への妄想で大渋滞。



そのアンバランスさが、逆に場を一層かき乱していった。




優里が取引先の重役と名刺交換を終えた瞬間、

背後から突然の衝撃が襲った。


蓮が、煌びやかなタキシード姿のまま、

優里に無邪気に抱きついたのだ。


その場違いな行動と、優しすぎる笑顔に、

優里はめんどくさそうに、冷え切った瞳で蓮を見上げた。


(どうせこの人だって、一過性の熱で冷める)


優里の心は氷のように固まっていた。


彼女の過去の経験は、

蓮の熱狂的な愛を危険な兆候としか捉えられなかった。


(手に入れて、しばらくして飽きたらすぐに捨てる。 どうせいつものことなんだ)


誰かの熱意を信じた結果、

深く傷ついた記憶が、優里の心を覆い隠している。


蓮の「愛」も、かつて彼女を裏切った全ての人々が口にした、

空虚な言葉の繰り返しに過ぎないと、優里は固く信じていた。


蓮は優里からの反発にも怯まず、優里の細い肩を強く抱きしめる。


「優里、俺は離れないからな。 一生、この熱が醒めることはない。 優里の全てが、俺の情熱の源なんだ」


優里は冷え切っていた。


しかし、その冷え切った心に向けられる、

蓮の無邪気な行動と一途な愛は、

優里自身も気づかないうちに、

心の奥深くにこびりついた冷たさを少しずつ、

ゆっくりと溶かし始めていた。


周囲の雑音も、ビジネスの緊張も、

全てを無視して優里に注がれる、蓮の純粋な「熱」。


優里はまだその優しさを誤解しているが、

「ひとりにしない」という蓮の強い決意が、

彼女の孤独という名の鎧に初めてのヒビを入れていた。




優里は蓮の熱烈な抱擁を静かに押し返し、

仕事の顔に戻ってクライアントとの挨拶を続けていた。



蓮は優里のすぐ後ろでボディガードのように立ち尽くし、

そのドレス姿に視線を送るすべての男を鋭く威嚇していた。


その時、新たな影が優里の近くに立ち止まった。



「サクラバ社長。 次の曲、ご一緒していただけますか?」



それは、ビジネスの世界で、

数々の成功を収めていると賞賛されている

久我山くがやまだった。


その目つきは蓮の無邪気な溺愛とは対照的に、

獲物を品定めするような下品な色を帯びていた。



優里は断る隙もなく、半ば強引に久我山にエスコートされ、

ダンスフロアへと連れ出されていく。



優雅なワルツが流れ始め、久我山は優里の細い腰に手を回した。


その手の位置は必要以上に低く、

優里の顔には微かな不快感が浮かんだ。


しかし、ビジネスの場で露骨に拒絶することはできない。



久我山は優里のデコルテや露わになった肩を下品な目つきでねっとりと見つめ、

親密すぎる距離で囁きかける。


蓮の視線は、一瞬で赤く染まった。


(あれはなんだ! あの下品な目つき! 優里の腰に手を回すな! 俺の優里に触るんじゃねぇ!)



蓮の胸の奥で、嫉妬の炎が臨界点に達する。


御曹司としてのプライドも、理性も、全て吹き飛んだ。


彼の内側では、愛の戦士が激しい雄叫びを上げていた。



「くそっ……! 俺が守ってやるって決めたのに!」


蓮は久我山を突き飛ばし、

優里を連れ去る妄想を今すぐ実行に移したい衝動に駆られた。


蓮が久我山と優里の二人に向かって一歩踏み出し、

まさに修羅場が始まろうとしたその時。


「あら、優里。 エスコートなんて、派手にやるわね」


華やかな赤色の影が、蓮の横に現れた。


神崎玲奈だった。


玲奈は優里と久我山の親密なダンス、

そして今にも爆発しそうな蓮の表情を満足げに見渡した。


「本当に人気者ね。 うちの会社に引き抜こうとしてる男もいれば、こんな大物もいるなんて。やっぱり優里って、男を手玉に取るのが得意よね」


玲奈の優越感に満ちた声が、蓮の耳に突き刺さった。


その言葉は、優里を中傷すると同時に、

蓮の愛を「手のひらの上で踊らされているだけ」と嘲笑っていた。


蓮は嫉妬の炎を久我山から玲奈へと向ける。


(お前まで……! 俺の愛を冒涜するな!)


ダンスフロアでは優里のドレスの裾が優雅に翻る。


優里が微笑を作りながらダンスをこなしている。


だが蓮の目には、彼女の肩がわずかに強張っているのが見えていた。


(やめろ……! そんな顔、させんなよ……!)


嫉妬と焦燥で胸が焼ける。



蓮が久我山への嫉妬と、

優里を守りたい衝動で爆発寸前になっているのを確認し、

神崎玲奈はトドメを刺すように、さらに蓮の核心を突く言葉を放った。


玲奈は蓮のタキシードの袖に触れるほど近づき、

優越感に満ちた声で囁いた。


「本当に優里って人気者ね。 でも、優里は昔から、男から人気があったのよ」



その声音は、同窓生だけが知る優里の過去を誇張している。


玲奈は、蓮の嫉妬の対象を目の前の男(久我山)から、

優里の存在そのものへとずらそうとした。



「男を手玉に取るのが、得意になったの」



蓮の目が大きく見開かれる。



優里がいじめや孤独を背負っていたという事実を知っている蓮にとって、

この言葉は優里の過去を歪める最大の侮辱だった。


玲奈は蓮の動揺を見逃さず、さらに深く踏み込む。


「あなたが女慣れしているのと同じように、優里は男慣れしてるのよ」


「そんな女でもいいの? 飽き性な貴方と、手のひらで転がすのが得意な彼女……ふふ、同じ穴の狢ってところかしら?」


「同じ穴のむじな


その言葉は、蓮のナルシストとしてのプライドと、

優里への純粋な愛の両方を攻撃した。


蓮は御曹司として優雅に女遊びをしてきた過去を、

優里の純粋な傷とは全く違うものだと自覚している。



玲奈に優里と自分を同列に扱われるのは、

耐えがたい屈辱だった。



蓮の顔は怒りで真っ赤に染まる。

彼の熱烈な愛は、誰にも汚させない、聖域なのだ。




「黙れ!」



蓮は低く、会場全体を黙らせるような強い声を発した。

その声量は、周囲の談笑を一瞬で凍りつかせた。


(俺は違う! 優里への愛は、遊びなんかじゃない! この女の醜い嫉妬と一緒にされるか!)



蓮の内側では、優里への一途な忠誠心が激しく叫んでいた。


しかし、その愛の真実を、どうすれば優里に届けることができるのか、

蓮は未だに答えを見つけられずにいた。




蓮が優里への愛を冒涜された怒りで低く唸ると、

神崎玲奈は満足げに笑った。



彼女の目的は、蓮の心を動かすことではなく、優里の心を乱すことだ。



「黙れ、ですって? ご立派ね、御曹司サマ」


玲奈は嘲笑を浮かべたまま、

優里と久我山が優雅に踊るダンスフロアに視線を向けた。


「でもね、蓮くん。 一発で優里を黙らせる方法があるわ」


「なんだと……?」


玲奈は艶やかな黒髪を軽く揺らし、

自信に満ちた瞳で蓮を見つめた。


「私が優里の隣で、あなたと踊るのよ。 彼女の目の前で、あなたを独占する。そうすれば、どんなにクールを装っていても、優里の嫉妬を確実に煽れるわ」


その提案は、蓮のナルシストとしてのプライドと、

優里への愛の証明という二つの欲望を同時に刺激した。


蓮は久我山への嫉妬に駆られていたが、

優里が自分に振り向いてくれるチャンスに抗うことはできなかった。


「……余計なことはするなよ」


玲奈は勝利の笑みを浮かべ、蓮の手を取った。



玲奈と蓮は優里と久我山が踊る、

すぐ横のスペースで踊り始めた。


玲奈は蓮のタキシードにぴったりと寄り添い、

誰から見ても親密に見えるように、

計算された身振りで蓮に甘い視線を送る。


蓮の心臓は破裂寸前だった。


彼は玲奈をエスコートするフリをしながら、

その視線は常に優里に釘付けだ。


(見ろ、優里! 俺はお前だけを見ている! でも、この状況、悔しいだろ? 俺が他の女と親密そうにしているのが!)


蓮は期待に胸を膨らませ、

優里が自分たちの方を振り返る瞬間を待った。


しかし、優里はまったく気にしていない。


優里は久我山と形式的な会話を交わし、笑顔で対応しながらも、

その瞳は久我山の背後の取引先の重役へと向けられている。


まるで、蓮と玲奈が空気であるかのように。

蓮は踊りながら、徐々に絶望に沈んでいった。


(な、なんだこれ……? まるで俺たちの存在が、彼女の視界にすら入っていない…… 俺のイケメン度も、玲奈の美貌も、全部が無意味……)


蓮の額には汗が滲む。



(……結局俺は、”不採用”なのかよ)



華やかなワルツが悲しい旋律に変わる。



蓮の胸の奥には、「特別ではない」という

高校時代の優里と同じ種類の孤独が、

重くのしかかっていた。




曲が終わり、拍手がフロアを満たす。



優里は相手から軽く礼を受けると、

表情ひとつ変えずにすぐ背を向けた。



その姿は、あくまで「仕事」と割り切っている冷たいプロの顔。




一方。

蓮の腕のなかにいた玲奈は、わざと未練がましく体を寄せ、

舞台袖に退くように歩きながら蓮に囁いた。


「ねえ、見た? 優里の無表情。あれ、”あなたなんかどうでもいい”って顔よ」


蓮の眉がぴくりと動く。


「……っ」


玲奈は楽しそうに唇を吊り上げる。


「蓮くん、あなたは気づいてないの? 優里はね、昔からそうなの。強がって、冷たいふりして、本当は弱いのに。私が全部知ってる」


挑発の言葉と同時に、玲奈の指先が蓮の胸元に軽く触れた。

わざと人目につく仕草で。

周囲の視線が集まり、ざわめきが広がる。


玲奈は蓮の御曹司としての注目度を最大限に利用し、

優越感の舞台を演出した。


「御曹司にふさわしいのは、あんな暗い子じゃない。……華やかで、注目される私の方でしょ?」


玲奈の声は自信に満ち、甘やかに響いた。


蓮は返す言葉を失う。


ただ、視線の先で立ち去ろうとする優里の背中がやけに遠く見えて、

胸が締めつけられる。


(どうしてだよ……。なんで俺、こんなに必死なのに……)


玲奈の笑みは、そんな蓮の心を見透かしたかのように鮮やかだった。


玲奈の勝利の笑みを背中に感じながら、

蓮の意識は再び優里に引き戻された。




優里は会場の奥で、企業の重役たち数名に囲まれていた。


彼女はプロの笑顔を貼り付け、

ビジネスの話に集中しているように見える。


しかし、蓮の視線は優里の周りの男たちに釘付けになった。


(あれはなんだ……)


重役たちは、優里の肩や背中に親しげに手を回したり、

距離の近さを利用して優里の細い腕に触れたりしていた。


それは社交界における「親愛の情」や「可愛がる」という

建前で行われる無遠慮な接触だった。


優里は嫌な顔一つせず、

巧みに体をかわしながら、愛想笑いで対応している。


蓮はその光景に頭が真っ白になった。


(俺には! 俺には指一本触らせてくれないのに……!)


キスをしようとした時に資料で頭を叩かれ、

触れることさえ許されなかった優里。


誰にも弱みを見せず、鉄壁の防御を敷く優里が、

ビジネスという名目で無遠慮な男たちにベタベタと触れられている。


蓮の胸の奥から、熱く、重い感情が込み上げてきた。


それは嫉妬であり、憤怒であり、

優里のプライドを守ってやれない無力感だった。


蓮は項垂れ、タキシードの袖で顔を覆い隠した。


(どうしてだよ。 なんでほかのやつらは良くて、俺はダメなんだよ。 俺の愛は、あの程度の男たちの視線にすら勝てないのか)



御曹司のプライドは地に落ち、

優里への一途な忠誠心だけが、

胸を締めつける激しい痛みとなって残った。



玲奈が次の獲物を探して人混みのなかに消えたのを確認すると、

蓮は項垂れていた顔を上げ、優里のいる重役たちの輪へと突進した。


蓮は優里の耳元に熱のこもった声で囁く。




「優里、やっぱり一緒に踊りたい。 次の曲、俺と踊ってくれ」



優里は蓮の突然の出現にも動揺せず、

両腕を組んだまま、蓮に手を出すことはなかった。


その冷たい仕草は、明確な拒絶を示している。



蓮は久我山や他の重役たちに

優里の腰が触れられていた光景が脳裏に焼き付いて離れない。



その屈辱が、蓮の口から本音を吐き出させた。


「なんだよ。 ほかのやつらにはベタベタ触らせるくせに、どうして俺はダメなんだよ」


優里は蓮の落ち込みを冷めた目で見つめた後、

重役たちには聞こえないように、

蓮の心臓を貫くような冷たい声音で言い放った。



「久我山さんや他の重役は、会社の存続に必要な人。」

「…でも。……私は、あなたに媚びる必要はないから、踊らない。蓮くんには、媚びたくないの」



優里の言葉の鋭さは、蓮の胸を再び突き刺した。


しかし、その突き刺さった痛みは次の瞬間、

極上の歓喜へと転じた。


蓮の瞳が一瞬で輝きを取り戻す。


(な、なんだって……!? 会社の存続のためなら誰にでも触らせる……けど、俺は違う!? 俺には媚びたくない……!?)


「媚びたくない」という冷たい拒絶は、

蓮の脳内で最高のラブソングへと変換された。


(ああああああ!! つまり、俺は他の男たちとは完全に違う、特別な存在ってことじゃないか! 俺だけが、優里の「仕事」という枠を超えた、唯一無二の存在!)


蓮の顔は一瞬で喜びとナルシシズムに満たされ、

その場にいる重役たちすらどうでもよくなった。


蓮は優里に思わず抱き着きそうになったが、寸前で我慢した。


(優里が嫌がることはしない。 俺は最高の御曹司イヌだからな)。



優里は目の前で繰り広げられる

蓮の感情のジェットコースターに

呆れたような表情を浮かべたまま、

再び重役たちとの会話に戻った。


蓮は優里の隣で、優越感と妄想に浸りながら、

優里を守ることに専念した。




(……世話の焼けるバカ)



その一瞬の笑みは、冷え切ったはずの優里の心が、

蓮の馬鹿げた、一途な愛によって

確かに癒され始めている証だった。



蓮の頭のなかでは、

先ほどの「優里に媚びる必要はない」という言葉が、

勝手に妄想コメディモードに切り替わっていた。


(いやでも、あれは完全に俺のことを意識してるはずだ! いや、きっと次の瞬間、手を取ってくれる……! そうだ、優里が俺に……!)



頭のなかの妄想は加速し、現実の優里の冷静さとは完全に乖離している。


彼女は何も言わずに腕を組んだまま、

蓮の視線だけをじっと受け止めている。


「……あー、もどかしい! 優里、俺に気づいてくれ!」


(「媚びたくない」! つまり、俺を公私混同できる唯一の存在だと認めたってことだ! 俺たち、ビジネスパートナーじゃなくて、愛の運命共同体だ!)


蓮の顔は恍惚の表情を浮かべ、

優里を抱きしめる寸前まで身を乗り出す。


しかし、優里は蓮の熱狂を冷静な視線で一蹴した。


「馬鹿だね。 」


蓮の歓喜は一瞬で凍りつき、犬のように項垂れる。


優里は蓮の感情の起伏を手のひらの上で転がしているかのようだ。

彼女の冷酷さは、蓮の熱を燃料にしていた。



その瞬間、玲奈がふわりと蓮の横に現れる。



蓮が優里の冷たさに打ちのめされている、

絶妙なタイミングを見計らって、神崎玲奈が再び現れた。


彼女は酔ったフリをして、蓮の腕に甘えるように絡みつく。



「蓮くん…… 私、もう立てないわ。 お願い、家まで送ってくれない?」



玲奈は優里に聞こえるように、親密なトーンで囁いた。


その艶やかな黒髪が蓮のタキシードに触れる。

周囲の視線は優里ではなく、この三人の間に集まった。


蓮は心底困惑した。


(どうする、俺!? 優里は俺を冷たく突き放した! でも玲奈は俺に助けを求めている! 御曹司として、レディの危機を無視するのはマナー違反だ!)



蓮の理性(御曹司モード)は玲奈を助けるべきだと囁く。

優里はどうせまた「好きにすれば」と言うだろう。


蓮は意を決し、優里に最後の視線を送ってから、

玲奈の方へ行こうと一歩踏み出した。



その瞬間だった。



蓮のタキシードの裾が、背後からちょこんと掴まれた。



強い力ではない。

優里の細い指先が、布地を少しだけ引っ張っているだけだ。

まるで迷子の子どもが親の服の端を掴むような、か細い仕草。



優里は蓮に背を向けたまま、

玲奈にも蓮にも見えない、小さな声で言った。



「……私を、送って」


たったそれだけ。


命令ではなく、まるで懇願のような、

優里の極めて個人的な感情がにじみ出た言葉だった。


蓮の脳内で、ゴングが鳴り、

花火が打ち上がり、歓声が爆発した。


(キタァァァァァァァッ!! 優里が!優里が俺を独占した! 特別扱いだ! ついに優里が俺を必要としたんだぁぁぁ!)


蓮は玲奈の甘い体温を一瞬で忘れ、

歓喜のあまり飛び上がりそうになった。


「……は、はい!」


蓮は勢いよく玲奈の腕を解き、優里の方を振り向いた。


玲奈の勝利の笑みは一瞬で凍りつき、

優里の背中を怒りに満ちた目で睨みつけていた。


優里は蓮の過剰な興奮を無視し、

冷めたまま「行くよ」と一言。



優里は蓮の過剰な熱意を無視し、出口へと歩き出す。



蓮は優里の歩調に合わせ、

まるで警護官のように周囲を威嚇しながら、

興奮を隠せずにいた。


二人が煌びやかな会場を抜け、

人気が少なくなったホテルの廊下を歩いていた時だった。


優里は足を止め、蓮を呼び止めた。


「ねぇ」



優里は蓮の方を振り返らず、淡々とした表情のまま、

軽く左手を差し出した。


「これでいい?」


蓮は突然の優里の行動に心臓が止まりそうになった。


「えっ?」


優里は蓮の困惑にため息をつき、

視線を合わせないまま、説明した。


「ベタベタされるのは苦手なの。 だから、これで我慢して」


その言葉と仕草は、蓮の熱狂的な愛と、

重役たちから受けた無遠慮な接触の両方を指していた。


優里の左手は、まるで「仕事」とは一線を画す

「プライベート」の境界線のように、

蓮の目の前に差し出されている。


蓮は優里の言葉を聞いた瞬間、

頭のなかで激しい雷鳴が轟いた。


(ベタベタされるの、苦手なんじゃん!! あの重役たちに触らせてたの、めちゃくちゃ嫌だったんじゃん!!)


「他のやつらはいいくせに」と項垂れていた蓮の屈辱は、

一瞬で最高の理解へと変わった。


優里は「仕事だから耐えていた」だけであり、

本心では傷ついていたのだ。


蓮の目頭が熱くなる。


蓮は優里の差し出された手をそっと取り、指先だけを優しく絡めた。

手のひら全部ではなく、ごくわずかな接触。


それでも、蓮にとっては世界で最も重い繋がりだった。


「……わかった。 絶対に、離さない」


その小さな繋がりは、

優里の冷たい防御の中にある「助けを求める本心」と、

蓮の純粋な「守護の誓い」を、初めて結びつけたのだった。



蓮は優里の手をぎゅっと握り、

頭のなかでは妄想が爆発していた。


(この手を離すやつなんて絶対にいない……! いや、俺の隣にいるのは優里だけだ! 誰も触れさせない!)


蓮の視界は優里の小さな手と、凛とした表情だけに集中している。


歩きながらも頭の中は妄想モード全開。


(もし今、横から誰かが話しかけてきたら……俺が全力で遮る。手を離させない。優里は俺が守る!)


一方の優里は、蓮の過保護モードを見透かしているようで、

ちらりと横目で蓮を見つめ、軽く息をつく。


「……そんなに構わなくてもいいのに」


「いや、俺は構うんだよ! 構わずにはいられないんだ!」


だが、優里の小さな手が寒そうに握られているのを見ると、

たちまち御曹司モードが加速する。


(寒い? 俺のジャケット貸す! 道に危険はないか? 車のドアも俺が開ける! 全部俺が!)


優里は微妙に眉をひそめるが、口には出さない。


むしろその無言の反応に、蓮の妄想はさらに肥大する。


(俺の優里だ……他の誰にも渡せない……! これは俺の運命だ……!)




蓮に指先を繋がれた優里は、

ホテルの廊下をゆっくりとした歩幅で進んでいた。


いつもの優里であれば、

ヒールを履いていても颯爽と歩くはずだ。


しかし、今はその歩調がいつも以上に

ゆっくりとしており、ややぎこちない。


蓮は、首をかしげた。


(ヒールだから歩きにくいのか? 慣れてないわけじゃないだろうに)


蓮がふと優里の横顔を見やると、

時折、優里が目を細めるのが見えた。


まるで何かの痛みに耐えるように、

無意識に表情を歪めている。


蓮は優里の冷たい防御を突破した喜びから一転、

即座に過保護な探偵モードに切り替わった。


(歩幅が遅い、そして痛みに耐えている。 )


蓮は優里の足元を一瞥する。


結論は一つだった。


蓮は確信を持って優里に尋ねた。


「……靴擦れしてるのか?」


優里は蓮の言葉にビクリと動揺した。


「なぜばれた」と言わんばかりの驚きが、

一瞬だけ冷たい表情を破る。


「な、何言って……」


優里が否定の言葉を発する間もなく、

蓮の理性が完全に蒸発した。


周囲の目線などどうでもよさそうに、

蓮は優里を軽々抱き上げる。


まさかの、お姫様抱っこ


「な、何するのバカ!」


不意の行動に、優里はむっとする。


蓮は優里の抵抗にもまったく動じない。


その顔は満面の笑顔であり、

自分の行動が最高の正義だと確信している。


「お姫様抱っことは、お姫様を抱っこするためにあるんだ」


「はあ!? 何言ってんの、この人前で!」


「御曹司が、自分の愛するお姫様を抱っこして何が悪い! 痛い思いなんかさせるか!」


蓮は優里の抗議を一顧だにせず、

そのままタキシード姿で優里を軽々とお姫様抱っこし、

悠然と歩き出した。


周囲のパーティー客やホテルのスタッフが驚愕の視線を向けるが、

蓮はそれすらも優里への愛の証明と解釈したのだろう。


そして蓮は、優里を抱えたまま、

迷うことなく駐車場へと連れていくのだった。



駐車場から優里を抱きかかえたまま車に乗せ、

優里のマンションの前に到着するまで、

蓮は一貫して笑顔を崩さなかった。


優里は蓮の腕の中で抵抗を諦め、

微かな疲労と不可解な安堵を感じていた。


マンションの前に到着すると、

蓮は優里をそっと地面に下ろした。


蓮が自然と手を差し伸べ、

優里を先に建物のなかに入れようとする。


優里は静かに、穏やかな声で告げた。


「……ありがとうございました」


その感謝の言葉は、今日の優里が発したなかで

最も感情のこもった言葉だった。


優里の穏やかな声に、蓮は思わず胸が熱くなる。


「……いや、こっちこそだ。 俺は守るからな。 誰にも触れさせない、絶対に」


蓮の妄想と過保護モードは、夜の静寂の中で一層大きく膨らんでいた。


優里は蓮の熱い視線を無視し、一歩を踏み出した。


その背中は冷たかったが、

指先を繋いだ瞬間の温もりを、蓮は決して忘れることはなかった。






数時間前。

2人がまだダンスをしていた頃。


蓮がダンスフロアの端で久我山への嫉妬と

玲奈の甘い誘惑に板挟みになっていた

その一方で、玲奈は優里に向かってゆっくりと歩み寄っていた。。


自信に満ちた瞳で、口元に挑発的な笑みを浮かべる。



「優里、見たでしょう? 御曹司サマは私と踊ってくれた。 結局私の誘惑には勝てないのよ」


玲奈は蓮のスカウトや色仕掛けを

優里の不安を煽る道具として使っていたが、

優里の冷静さは玲奈の期待を裏切った。


「蓮は、あなたの会社には行かないと思うよ」


玲奈の笑顔が凍りつく。


優里はさらに言葉を重ねた。


「……私の蓮だから」


玲奈は一瞬、言葉に詰まった。


挑発するつもりで近づいたのに、

返ってきたのは挑発以上の静かな拒絶。


優里の視線の奥には、蓮を守る意思が確かに宿っていた。


蓮はその瞬間、気づきもしない。


会場の喧騒に紛れ、優里は密かに蓮を守っている。


その事実を知らず、

蓮はただ妄想と現実の境目で夢中になっていた。


「なっ……! 何を言っているの!? 御曹司は、最高のキャリアを選ぶに決まってるでしょう!」





蓮にお姫様抱っこをされ、会場を後にする優里の姿は、

玲奈の目に屈辱的な敗北として焼き付いた。


玲奈はきつく拳を握りしめ、誰もいない影のなかで、

嫉妬と怒りに満ちた声を絞り出した。


「……絶対、許さない……」


玲奈の声は風にかき消されるように小さく呟かれた。






玲奈はホテルのエントランスで一人、タクシーを待っていた。


彼女の華やかなドレスは夜の闇に沈み、

先ほどの屈辱に顔は怒りと悔しさで歪んでいた。


(馬鹿な御曹司! あんな女に飼い慣らされるなんて!)


玲奈は優里への憎悪と、

蓮への支配欲が沸騰しているのを感じていた。


優里を引き立て役として支配するという

人生の構図が、崩れ去ろうとしている。


そこに、一台の重厚な黒塗りのセダンが静かに横付けされた。


運転席にはスーツを着た男が座っている。


「こちらにどうぞ」


玲奈は不審に思い、無視して歩き続けようとしたが、

後部座席の窓が、ゆっくりと音もなく開いた。


現れたのは、星野グループの社長、

すなわち蓮の父親だった。


星野社長は玲奈を品定めするように見つめ、

低く、威圧的な声を発した。


「神崎玲奈さん、だね。 桜庭優里の会社、『ゼロ・スタート』の競合だ」


玲奈はその名に一瞬で背筋が伸びた。


星野グループの絶対的な権力を前に、

彼女の虚栄心と野心が瞬時に反応した。


「……星野社長。 このような場所で、どういったご用件でしょうか」


星野社長は微笑み、その目は冷酷な計算を含んでいた。


「単刀直入に言おう。 桜庭優里の会社に興味がある。 M&A で手に入れたい」


玲奈の呼吸が止まる。


「しかし、あの子は頑固だ。 君なら、彼女の信頼を業界内で削ぎ、我々がスムーズに買収できる土壌を作れるだろう。君の野心と、私の資本。利害は一致する」


「君の会社も急成長しているし、あの子を出し抜くには力が必要だ」


玲奈の目に、再び支配欲の炎が灯った。


優里を蹴落とすだけでなく、

星野グループの力を借りて優里の全てを奪える。


その魅力的な取引に、玲奈は抗えなかった。


「……取引、させていただきます」


夜の街の灯りが窓越しに揺れるなか、

二人の利害関係者は一つの目的に向かって動き出していた。


優里を蹴落とすために。



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