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第52話 主観のファラシー

 渾沌の姿が小さくなり、やがて消えたが、舞いを終える塔夜の頭上に浮かんだ玉が大きくなった。

 翼と犬のような足を持ってはいるが、その玉に顔はない。


「塔……夜」

 強く感じたものがあるようだ。蒼夜は、覚束ない足取りで塔夜へと歩を進めようとするが、ガクンと膝を落とし、その場に崩れた。左目を片手で覆い、荒い呼吸を繰り返す。暑くもないのにポタポタと落ちる汗、僅かにも震える体に、僕は蒼夜の様子を窺った。

 ゴホッと鈍い咳に、蒼夜の口から何かが吐き出される。

 魚のように跳ねる物体を、塔夜に絡みついていた金の蛇が瞬時に咥え取った。

 蛇はそれを飲み込むと、塔夜へと戻る。

「あ……ああ……」

 吐き出した事で、多少、苦しさは緩和されたようだが、体の震えは止まらないようだ。

「おい……大丈夫か?」

 僕の声に、蒼夜はゆっくりと振り向く。

 ……涙……。

「お前……」

 僕は、左目を覆う手をグッと掴み下ろした。


 目が……。

 驚いた表情で僕を見る蒼夜に僕は言う。

「見えるか?」

「……見える……見えたんだ」

「本来、その左目に見えたものが……だろ?」

「……ああ……見えた……全部……」


 塔夜へと戻った蛇が大きくなり、頭上の玉を縛るように絡みつく。

 強く縛り付けていく蛇の圧力から逃れようと、その身は隙間へと逃げようとするが、あちこちの隙間から溢れる身はただその身を小さく分散し、圧力に耐えきれずに破裂した。

 キラキラと光の粒が星屑のように天に舞う。

 その光が塔夜へと降り注がれるように落ちると、塔夜は蒼夜へと目を向けた。

「兄」

 蒼夜へと伸ばす手に蒼夜は立ち上がり、塔夜へと向かって走り出した。

 覚束なかった足も、地を一蹴りするごとに力強くなっていく。

 塔夜の手を追って、蒼夜の手が伸ばされる。

 僕と麻緋は、二人を見守るように見つめていた。


「なあ……麻緋」

「うん?」

「同じに染まるってさ、簡単だけど難しい事だよな」

 僕は、蒼夜の手が塔夜の手を掴むのを見つめながら言葉を続けた。

「上辺だけ染まるのは簡単だけど、それはいずれ剥がれ落ちて元に戻る。否定する感情がそれを剥がすんだ。でもそれはきっと自分を理解して欲しいからで、理解された時に共感が生まれる……その時に本当に染まる事が出来るんだ。それが例え間違っていても、正しい事であってもね……だけど、間違っているとか、正しいとかって個々が決められるものじゃないだろ。基準があってこそ個々に伝わる良心……それも理性だろ」

「そうだな……憎しみや悲しみが(たが)を外す。その一瞬が後戻りをさせない枷になる。だが、枷を振り切って進む事は逃げる事だ。枷が簡単に外れる程、外部からの力が加わるってもんだろ。それが自分にはない力を他に求めたという結果だ」


 簡単、か……。

 自分にはない力を他に求める。

 確かにそうだな。

 麻緋の言葉に成介さんが言った事を思い出し、僕は苦笑する。


『僕が解きましょうか? 君が作った闇を。そうしたら、君の枷は軽くなりますか?』


 僕の表情で、何を思い返したのかを察したのだろう。

「成介から聞いているぞ、来。お前は望まなかったんだってな?」

 麻緋は、揶揄うようにニヤリと笑う。

「……別に。あの時はただ……」

「既に染まっていたんだよ。お前は」

「麻緋……」

「俺たちと同じ色にな」

 僕に向けられる麻緋の笑みに、なんだか気恥ずかしくなる僕は静かに笑みを漏らす。

 だけどその言葉は。


 僕が僕に素直に納得出来るものだった。



 桜花が天から降りて来ると、麻緋の隣にそっと立った。

「どうだ? 桜花。野放しにせずに済みそうか?」

「ええ。麻緋様。本当の生贄はその罪を背負い、追い遣られた者……」


 守られている事と仕わされている事の違い……本当の生贄。

 桜花の言葉を片耳に聞きながら、その真実を目にしていた。


「ですが、その罪を受け入れた者だけに転換されるのです。そしてそれは受け入れた者の破滅に繋がり、その者の破滅が転換した者の力を維持させてしまうものです。力を維持する為には生贄を殺せはしません。全ての罪を背負うのが本当の生贄なのですから」

「力を得ても同化は出来ない。同じ色に染まるなど皆無だな」

「当然です、麻緋様。ですから……」

 桜花の手が天に向く。


「これが真実である事をお伝え致しましょう」


 カッと弾けた大きな光が蒼夜と塔夜、二人を包んだ。

 目を眩ませる程の強い光が、次第に柔らかな光へと変わっていく。

 やがてその光が消えると、二人の姿が目に捉えられた。


 蒼夜を抱き抱える塔夜は、僕たちに目を向けていた。

 僕と麻緋は塔夜の元へと向かう。


「麻……緋」

 呟くように名を呼ぶ塔夜。

 麻緋は、塔夜の心情を察し、静かに頷きを見せた。


 ……蒼夜。


 塔夜に体を預け、自身の力で立つ事のない蒼夜。

 塔夜の目から涙が零れ落ち、蒼夜の頬を伝っていく。


 蒼夜は息を引き取っていた。

「……兄……」


 塔夜の問い掛けの答えを知る事が出来たのは。


「俺は……兄を救えたか……? なあ……兄」


 眠るようにも穏やかな蒼夜の表情だっただろう。

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