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第51話 カタストロフ

 塔夜の体に巻き付いた金色の蛇は、麻緋の使い魔だったものだ。

 戦闘に特化し、理性などない。桜花のように人の姿を持つ事もなく、強大な威力で本能のままに破壊する、主戦闘諍訟。

 初任務で見た、麻緋の持つ力の一つだ。

 そもそも麻緋は北東で、誰が見ても名家と納得する主銭財慶賀が象徴だが、象徴体系は十二あり、それを四方に分ければ主戦闘諍訟も麻緋が有するものになる。

 そして、十二の象徴体系の一つである主戦闘諍訟が位置するのは東南。

 九重家は東南にあり、塔夜が使う事が出来るのは当然と言えば当然……か。


 ここでその力を解放するとは……。


『全ての封印を解いた時……その格式も本当に……跡を無くす事でしょうね……?』


 ……全ての封印。


 僕は、辺りをぐるりと見渡した。


 そっか。


 それは一人だけで保つものじゃない。

 だからこその『格式』だ。


 僕は少し俯いたが、笑みを浮かべていた。

「なんだ? 来」

 僕を窺うように見る麻緋だが、分かっているのだろう。

 ふっと漏らす笑みに、僕は納得するように静かに二度、頷きを見せた。


「麻緋……お前なら、全ての封印を解いても格式は保てるだろうな」

「それは来、お前がその色に染まってくれたからだろ?」

「その色……か」

「それが理性、だろ」

「理性……ね」

 そう呟きながら僕は、そうだなと頷いた。



「な……んで……」

 僕と麻緋が塔夜を見守りながらも話す中、蒼夜の掠れた声に目線を向ける。

 麻緋と僕は蒼夜に近づき、その声に耳を傾けた。

「僕じゃ……なかったんだろうな」

 込み上げる思いに声が震えている。

「蒼夜兄……だったら」

 麻緋のその呼び声には、懐かしさが滲んでいた。


 そうだよな……塔夜に兄がいた事を麻緋が知らない訳もないか。

 塔夜の思いを分かっていたからこそ、口に出す事もなかったんだ。


「だったら……なに」

「なんで俺だったんだろうな?」

「それ……僕には嫌味にしか聞こえないよ。また……僕を憎悪に染めるつもり……?」

「そう自分で染まったんだろ」

「お前に……僕のなにが分かる」

「じゃあ……蒼夜兄に、俺のなにが分かるんだよ?」

「なにってっ……! お前はっ……!」

 苛立ちを吐き出す声と共に、蒼夜は半身を起こした。


「あ……」

 驚いた様子で、蒼夜は声を詰まらせた。

 一点に目を向けたまま、硬直したように動きを止めた蒼夜に僕は言う。


「万象の伯……伯とは神の事だ。それは禍いを齎す悪神……つまりは鬼。だが、相手が鬼であっても、名代を通じれば平穏も可能だ。あれ、お前にも見えているよな……?」


 塔夜に巻き付いた金色の蛇が放つ光が、天に幾重もの網を張り巡らせていた。

 そして、その網には渾沌が絡め取られている。

 張り巡らされた網の上に浮かぶ桜花の手から、網を擦り抜けて塔夜へと白い玉のような光が降り落ちていく。

 塔夜はそれを手に取り、顔へと近づけた。


 それは舞人の……顔のない面だ。


 塔夜は、顔の左半分を面で隠し、見ていてくれと言うようにふっと笑みを見せる。

「……塔……夜」

 塔夜の思いが通じたのだろう。

 よろめきながらも立ち上がる蒼夜を、僕と麻緋は支えた。

 面を被り、塔夜が舞い始めると、巻き付いていた蛇が潜り込むように面へと消え、金色の四つ目が浮かんだ。

 塔夜の舞がキラキラと光を弾けさせる。


「なあ……蒼夜兄。塔夜はずっと蒼夜兄を探していたんだ。面が消えたあの日からずっとね……」

「……面が消えたんじゃない。南で父さんが儀式を行った時に、降神巫であった母さんが供犠になった……残ったのがあの面だよ。だからあの面は供犠の証なんだ」

 曰く付きと塔夜が言ったのは……そういう事だったのか。

「それは降神巫……だったからだろ。蒼夜兄」

「ああ、そうだよ。降神巫だったからだ。母さんは巫女を継いだ訳じゃない。能力があったから降神巫だったんだよ。降神巫は身内の誰かが供犠同然となる。神降ろしの条件だ。僕と塔夜を巻き込まない為に自分の命を差し出した……と言ったら、美談にでもなる? 塔夜だってそう思ってるから……」

 苦笑を漏らしながら言う蒼夜の言葉を麻緋は遮り、自分の言葉を優先する。


「美談になんかならねえよ。塔夜にそんな自己犠牲精神はない」


「あはは。言うね……」

「そう思ってると言うなら、蒼夜兄がそう美談にしたかった……自分をね?」

「馬鹿を言わないでくれないかな……僕がそんな事を思う訳が……っ……」

 ピシッと面にヒビが入った事に、蒼夜の言葉が止まった。


 渾沌に絡まる網が奴の力を吸い込むように奪い、見せる姿は渾沌の本来の姿なのだろう。

 塔夜が被る面が割れるのと同時に、塔夜の頭上で金色の大きな玉が作られた。

 その玉には翼が生えていて、犬のような足があるが顔はない。

 割れた面から金色の蛇が飛び出ると、再び塔夜の体に巻き付いた。

「塔……夜……お前……本当は……」

 驚きを見せる蒼夜の足が、半歩前に動く。

 ぐらりとよろめく体をグッと支えると、麻緋は言った。



「……蒼夜兄。そもそも神は人を食わない。人を食うのは……鬼だ」

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