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第50話 バックボーン

 月を隠す月のような光が欠けていき、天に弦月が描かれたように浮かぶが、それは二つ浮かんでいた。

 まるで……月が割れたかのようだ。


 桜花が天に向かって大きく手を広げると、片方の弦月が強く光を放つ。

 その方向は南だ。

 天をも動かすその力に、僕は目を見張った。


 弦月が放った光に共鳴するように南の地が真っ赤な光を放ち、翼を広げるように大きく燃え上がる。

 強大な力がそこにある事が一瞬で分かる程に。

 そしてそれは四象の一つでもある。


 主口舌懸官(こうぜつけんかん)……か。



 麻緋の目線が僕に合図を送る。配置を促す合図だ。

 勢揃いさせる気か。

 僕が頷きを見せると、麻緋は各方位へと手を動かしながら口を開く。

「前一、二、三、四、五」


 麻緋の声が流れた後、桜花がふわりと舞い上がり、分かれた弦月の間に浮かぶ。


 少し間を置き、今度は僕が各方位へと手を動かし口を開いた。

「後一、二、三、四、五、六」


 配置が整うと、ぐるりと四方に光が巡る。

 東に青。南に赤。西に白。北に黒。

 四方それぞれの色が浮かび上がる。

 その光を纏うように弦月の間で桜花が舞う様は、(まさ)に天女だ。



「……やっぱり……中神かよ……」

 天を舞う桜花を見上げ、力の大きさを実感する塔夜は、緊張に引き攣った笑みを漏らしながら呟く。

 麻緋は、ははっと笑うと塔夜に言う。

「やっぱりって、分かってはいたのか。まあ、それもそうだよな。お前、成介に怯えていたもんな?」

「麻緋……お前な。別に怯えてねえし」

「そう意地張るなって」

「張ってねえよ、別に」

「臆する事など何もないって?」

「当然だろ」

「じゃあ……塔夜」

 麻緋がニヤリと口元を歪ませ、意味ありげな笑みを見せた。

「なんだよ……麻緋……」

 企みを持った含みのある麻緋の笑みに、塔夜は眉を顰め、怪訝な顔をする。


「お前が担うんだな? この儀式の中心を……な」


 麻緋の言葉に塔夜の表情が変わる。

「麻緋……」

 緊張した感はあるが、真剣な表情だ。

 麻緋は塔夜の緊張を解くように、ふっと穏やかな笑みを見せる。

「お前……俺に」

「『仮』でも『元』でもねえんだろ? 塔夜」

 煽るようにもニヤリと口元を歪める麻緋の仕草は、塔夜を奮い立たせている。



『塔夜、お前……仮にも元神職者だろ』


『仮ってなんだよ? 元とかつけるな。別に、何処に身を置こうが辞めた訳じゃねえぞ』


 あの時の麻緋と塔夜の会話が頭に浮かび、思わず笑みが漏れてしまうが直ぐに表情を引き締めた。

 ここは神聖の場だ。

 天女の舞に神々が集う、最大の儀式だ。


 だが。

 ここに集っているのはそれだけじゃない。

 残ったもう一つの弦月がその証だ。


 心を落ち着かせるように塔夜が目を閉じる。そして、深呼吸をした後、パッと目を開けた。

「ああ。仮でも元でもねえ、現役だからな」


 塔夜の自信に満ちた表情に、麻緋はホッとしたようだ。それは僕も同じで、僕と麻緋は互いに目を合わせ、頷き合った。


 呼吸は安定しているが目を開ける事のない蒼夜に、塔夜は語り掛けるように言葉を置いていくと、弦月の間に浮かぶ桜花の真下へと向かった。


 裏切られても裏切らない……か。



 塔夜が神舞を舞い始める。

 繊細で力強く、次第に旋回速度を上げていく。

 塔夜の舞いに合わせて桜花が舞い始めた。

 その様を見て言った麻緋の言葉に僕は頷く。


「同じに染まったようだな」


 舞が終わると二つの弦月が同時に消えた。

 だが、闇に消えた訳じゃない。


 ……成介さん。


『君が見るべきものは、その答えを明確に導く為のもの……その目で見るものが任務に繋がります』


 今の僕は、目を背ける事なく、ちゃんと見ているよ。


 四方に浮かんだ四色の光が、弦月の消えた闇の中で鮮やかに光り輝いている。

 成介さんが南に渾沌を封じた意味が今、はっきりと分かった。

『元とはいえ、社殿に……』

 そして、麻緋が言った事も。

『元、だからだろ』

 だから社殿だったんだ。


 悪神である渾沌を封じる為に儀式を行ったのは、神主であった彼らの父親だ。

 一度、儀を交わした名代に力は望めない。新たな儀式の為には新たな名代が必要。

 それも渾沌からすれば当然だ。

 彼らの父親は、南に降り立たせた神と繋がっていたのだから。


 悪神が棲みついた地に神を降臨させるというのは、降伏させるという事だ。

 それを断ち切る為に、塔夜を名代に新たな儀を強制的に行なった。

 桜が犠牲になったのも、桜の力を利用して棲みついていた地を奪う為だった。

 そして、それが塔夜にとっての呪縛ともなったんだ。


 だがそれも……これで断ち切れる。



 四方の光が中央で混ざり合い、その光を桜花が纏う。

 まるで……天女の羽衣のようだ。

 ひらひらと羽衣が揺れると、金色の光が降り落ちる。

 その光を一身に浴びる塔夜は、手を大きく横に振った。


 塔夜の周りを金色の光がぐるりと回った。


 これ……麻緋が使っていた……。

 主戦闘諍訟だ。

 ああ……そうか。

 そもそもこれは……。


 塔夜の体に金色の光が蛇のように巻き付くと、塔夜は言った。



「万象の伯は名代を通じて平穏を人の世に。不穏は常。だからこそ俺のような存在がある」

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