第49話 ムーンフェイズ
月のように浮かんだ光の中に陰翳が見える。
本当に……月みたいだ。
『月の陰翳は蟾蜍……つまりは蛙だという。月には菟よりも蛙が棲んでいるというのが先に伝えられた話だった。どっちにしても、菟と蛙は地上にいる事を選ばなかったのか、選べなかったのか。追われる身ならば恰好の隠れ場所になる事だろうな』
光の中で花弁が舞っているのだろう、それが陰翳を作り、その話を思い起こさせた。
「何を考えている? 来」
麻緋がニヤリと含みのある笑みを僕に向ける。
「その顔、どうせ分かって言ってんだろ」
「月……か」
「ああ」
「月の満ち欠けは不死を思わせる。何の徳があって死んでは生まれ変わる、何の利益があって腹に菟を棲まわせている……か」
「……ああ」
「徳も利益も、そんな事を考え、求めるのは人だけだ」
「ああ……そうだな」
「麻緋……白間……」
地に手をつき、蒼夜を心配そうに見つめ続ける塔夜が小さくも口を開く。
「俺……」
口を開いたはいいが、言葉が続かない。
麻緋は察しているのだろう、困ったようにも溜息をつき、こう声を掛けた。
「話してもいいんじゃねえか。お前、悠緋が言おうとしてた事、止めていただろ。悠緋は悠緋でお前を庇っていたしな」
「麻緋……俺は……」
「塔夜」
麻緋の声が強く響いた。
その声が塔夜の心情に変化を与えたようだ。
気づかされたようにハッとした顔を見せる塔夜に、麻緋は言った。
「悠緋は、場所が分かればリモートビューイングで何が起きているのかを知る事が出来る。あの時、お前に何があったのかを知ったんだ。勿論、俺の事もな。俺が悠緋に何も伝えず、一人で向かった事は悠緋に絶望を与えたのかもしれねえな……桜を頼ったのも悠緋なりの決断だった」
「それは俺の責任だ。俺も悠緋に何も言わなかった。巻き込む訳にはいかねえって思ったからな。それが逆に、悠緋にとって自分がやらなければならない事だと追い詰めたんだ」
「だからこそお前は、悠緋の側にいてくれたんだろ。あいつを一人にしないでくれたんだ」
「それは勘違いだ、麻緋。お前を……実の兄貴を裏切る事を強いられただけだよ」
麻緋と塔夜が会話する中、成介さんと桜花の術式が重なり合い続けている。
南から放たれた光が桜の花弁を纏い、重なり合って満月を浮かび上がらせた。
その光が地に降り落ち、四方を照らす。
本物……か。
美しくも弾ける光は強く、それでいて、僅かなものも見落とさない細やかさ。
綺麗だと、何の疑いもなく素直に思えるのも、それが自然であるが故なのだろう。
息も絶え絶えだった蒼夜の呼吸が安定し始めた事に、塔夜は桜花を信じたようだ。ゆっくりと立ち上がり、麻緋との会話を続けた。
「だが……お前を裏切る事と佐伯 桜を死に追い遣ってしまったという絶望に、悠緋が命を投げ出すのは俺の望む意図じゃなかった。はは……まあ……こんなの、言い訳にしかならねえけどな」
「お前が俺に賭けたというのも正直、納得のいくものだった。言っただろ、術を使うには口にしなくとも言葉があるってな」
「……麻緋」
「塔夜。それがお前が口を閉ざし、誰にも届けようとしなかった叫び……だろ」
「……そうだな」
麻緋が向ける笑みに、塔夜は苦笑を返して小さく頷いた。
桜花がゆっくりと立ち上がると光へと手を翳し、触れるようにも手を滑らせると、その動きに合わせて光が欠けていく。
桜花が麻緋をそっと振り向くと、クスリと意味ありげな笑みを漏らした。
「麻緋様……細やかな網をお張りになられたようで、お陰様で手間が省けました」
麻緋は、惚けたように笑みを返す。
「なんの事だ?」
「建物等が全て無くなったからでしょうか。障害物を避けながら呪力を広げるのは難しいものですから。平坦になった地に張り巡らされた網は、均等に呪力を行き渡らせる事が可能ですので、道筋も示し易いというもの……」
「ああ、それは来に言った方がいいぞ」
「おい。僕に投げて自分の事を曖昧にするな」
僕と麻緋の会話に、桜花は楽しそうにふふっと静かに笑った。
結局は南……ね。
あの時、言い訳でも考えているのかと思ったが、大した焦りがなかったのも、こういう訳か。
僕に向かってニヤリと笑みを見せる麻緋。僕は呆れて溜息をついた。
月を隠す月のような光が欠けていくと、月が現れ弦月を描く。
まるで月蝕みたいだ。
円を円で隠し、月の様相を見せるが、どうやらそれだけではないようだ。
月が欠けていく事が、通り道をも見せている。
その通り道とは……。
「まさか……桜花って……」
驚くような塔夜の声に、麻緋が笑う。
「お前、見えていたんじゃねえのかよ? 天の枢」
「ああ、いや……見えてはいたが、それは軸って訳で……」
「成介に上手く使われたな、塔夜?」
「だから俺と組んだって訳かよ……」
「お前が見えるって事は、桜花にはお前が見えるって事だ。だから怒らせるんじゃねえぞ?」
揶揄うようにも続けた麻緋の言葉に、桜花は満更でもない様子でクスリと笑った。
「鬼にもなるからな?」