5─後半
「そういえば、月に本当に棍棒当たったらどうなるんですかね? 室長」
今度は黒桐が聞いた。
いちおう仕事としての懸念というのもあるが、他の多くの人が抱くように、単純な好奇心から聞いてみたかった。
「それな……。まあ、実際マズかろうな。破片の問題とかもあるかもしれないけど、それより、月と地球が互いに重心的に釣り合っているおかげか、地球の自転周期が24時間っていう穏やかなスピードになってるみたいだから、その月が消滅しちゃうとバランスが狂う可能性があるかもね……。それによって地球の自転が猛烈なスピードになったり、海や気候が荒れに荒れることで、生態系や私たちの文明社会も甚大な影響を受けるだろな」
「はぇ~……やっぱ、何かゲロゲロマズイっすね」
「ちっ……、何がゲロゲロだっつの……」
「……」
再び舌打ちする松本に焦る黒桐。
そのようにしていると、
「――おい、来てやったぞ。クソども」
「「クソども!?」」
声とともに突如として現れた妖狐・神楽坂文のクソ呼ばわりに零泉と黒桐が驚愕した。
そのいっぽうで、
「ああ”? 割烹着姿で吐く言葉じゃねぇぞ? この化け狐が」
松本がドスの聞いた声で妖狐にキレながら前に出てきた。
そのまま続けて、いっきに機嫌が悪くなった松本は「ん……?」と、妖狐の後ろにいた元夫の綾羅木定祐に気がつき、そのままドスドスと歩み寄って迫った。
「――で、何しに来たの?」
「何て、アンタ、メールしとっただろに? 私らに調査協力してくれって」
元夫婦コンビはさっそく互いに嫌悪感を漂わせる。
「そうだけど、顔まで見せてくれなくてもいいわよ。この忙しいときに、イライラしてるときに」
「もう、アンタのイライラ具合なんか知らんっちゃよ!」
「知らなくてもさ、アンタの顔見たらイライラするってこと、自分でも分かんない? それと、あの狐も……!」
松本は険しい顔で、ビシッと妖狐の方も指さしてみせる。
そんな元妻の松本に、定祐はまいった顔をしながらも、
「……ったく、知らんちゃよ。そしたら、私らは帰れってことかね?」
「そうしてくれるなら、そうしてほしいわね」
「おい、やかましいぞ貴様たち。早く話を進めろ、このクソ夫婦ども」
「「元だよ!!」」
若干しびれを切らして割り込んできた妖狐に、定祐と松本の元夫婦コンビは息があったようにつっこんだ。
そんなこんなで、さてと、話を進めることにしようとするが、
「ところで、狐、――」
「ん? 何だ? 更年期」
「お前、まったこの前ハッキングしただろ! 人様のコンピュータに!」
噴火前の静けさのごとく溜めをはさみ、松本が妖狐に怒声を飛ばした。
すなわち、この狐のヤツが何をしたのかというと、妖術の一つに情報蒐集や解析に特化したものがあり、“それ”を用いてこの怪奇調査機関のコンピュータ、情報網にハッキングし、ちゃっかり調査に利用させてもらっているのである。
「おうよ、また頼むぞ」
(((いや、少しは悪びれろよ……)))
まったく反省の色のない妖狐に、松本たちや定祐たちはポカンとして呆れるより他なかった。
「ふむ。それよりか、だ……。さっさと本題を話すのだ、このクソ詰まりの更年期」
「お前、本当ブチ殺すぞ」
「……」
露骨にブチ殺すとの松本に、黒桐は冷や汗を垂らし戦慄する。
そのようにしながらも、
「はぁ……とりま話するけど……、ああ、もう! コーヒー飲みたくなってきた! ちょっち、円子! コーヒー淹れてきてよ」
「かっ、かっ、かっ、かしこまりぃ!」
松本から気分転換にとコーヒーを頼まれ、零泉はロボットダンスのように奇妙なステップでコーヒーを淹れに向かった。
「ちっ、早よ行けや、クソが……」
「……」
──続く