5─前半
■■ 5 ■■
再び場所は変わること都内は池袋、戦前の帝国ホテルを思わせるクラッシックかつモダンな“とある建物”があった。
その名は『怪奇調査機関東京本部』。
ときに内閣調査室のように“怪調”と略され、その名のとおり世の怪奇的なる事象・事案を調査しているという、いちおうは公的な組織である。
世の中、オカルトや陰謀論という言葉で片づけられる奇妙な出来事は実は思ったよりも起きているものであるが、それらが人々の目に見えない形で大事に至らないように処理されているゆえに、表向きは平生な世の中が保たれているのである。
そんな怪調の一調査室にて、室長の松本清水子は重厚なアンティークデスクに向かい、考える人のように口元を支えて佇んでいた。
このアラフォーの女性室長であるが、昭和のミステリ作家、“松本清張”と“松本室長”の語呂が若干似ていることの偶然か――室長・松本はややグレーがかったミドルロングヘアーに、文豪・松本と同じような黒ぶちのお洒落眼鏡をかけていた。なおその顔は性格がお堅そうに見える顔ながらも、どこかベビーフェイス気味で若々しかった。
「はぁ……。たっる……」
お堅そうに見えながらも、松本清水子は意外にもフランクな感じにため息をしてつぶやいた。
まったく、気だるい……
元来テンションは高くない人間なのだが、今日はそれにも増して気だるく感じていた。
というのは、毎日様々な案件をかかえる中に起きた“昨日のこと”――
「はて、どうすっかなー……」
松本は何か考えようとしたところで、
「――ただいま戻りました、室長」
「もっどりましたぁ♪ しっつ長♪」
などと、いつの間に現れたのか、部下の黒桐廉太郎と零泉円子がデスクの前にいたことに気がついた。
黒桐廉太郎の方は、可もなく不可もない、ラノベ主人公によくいそうな飾らなさそうな青年のようだが、その彼の隣の零泉円子は少しおかっぱがかったワイルドヘアをハロウィン仕様にカラーリングして、目立つ風体の女子エージェントであった。
「……あん? ああ、お疲れさん」
松本はゆっくりと顔をあげながら、戻ってきた二人に軽く労いの言葉をかけてやった。
「室長もお疲れな感じですね」
「うん、まあな……」
気遣う黒桐廉太郎に答えながらも松本は、「はぁー……! ――ったく、何なんだよ、この棍棒を投げる大会っての? 意味わからんし」と溜まった鬱憤を吐き出すようにボヤいた。
「確かに、昨日の夜、急にアレすからね。黒桐も見た?」
「うん、スマホでラノベ読んでたら急に画面が変わってさ、全然操作が効かないから、何かハッキングされたのかなと思ったよ」
「はぇ~……、やっぱ、黒桐もそうやったんやなぁ」
「ちっ、その「はぇ~」うぜぇっての……」
「……」
松本は零泉の言葉尻が鼻について舌打ちし、その様子に黒桐は無言で戦慄してしまう。
話を続けて、
「――室長、この“月に棍棒を投げる会”って、本当なんですかね?」
黒桐が松本に聞いてみた。かなりざっくりとした問いであるが、そもそもが突拍子もなさすぎる話なので仕方がない。
「まあ、ウチらからしたら、それが“真”である前提で考えざるを得んかなぁ。あるいは、何か別の意図だったり、陰謀があるのか……」
松本が答えながら考える。
ごく一般常識的な見解に照らし合わせれば、『月に棍棒を投げる』ということなど、限りなく嘘デタラメの類いの話として扱えばよいのであろう。
だが、あいにくここは“怪奇調査機関”である。“胡散くさい寄りの可能性”の方を考える必要があるのである。
すなわち、月に棍棒を投げる会というのが実際に存在し、その行おうとしていることが本気である、と――
「イタズラとかの可能性もあります? 室長」
「まあ、イタズラならイタズラでいっしょ……。まあ、あんま良くないけど」
続いて松本は零泉に答えた。調査にかかるリソースや騒動にともなう損失はもったいないかもしれないが、月が破壊されるという不可逆的に取り返しのつかない事態に比べればマシであろうと。
「――とりま、政府機関から懸案事項として、いちおうウチらにも緊急的に調査協力を打診されてるわ」
「はぁ……」
曖昧に返事する黒桐。
「まあ、実際ヤバいことだったら不味いからな。ここで扱ってきた案件的に、無きにしも非ずっしょ?」
「そうですね」
「ただ、な……、あまりに漠然と唐突すぎて、ほんっと何も分からんわ」
松本は話しながら、まいった様子をみせた。
棍棒を投げる会とそのやろうとしていることが“真”であるとは威勢よく言ったものの、未だに何者によって大規模ハッキング、乗っ取りが行われたのかさえ、まったくつかめてないのである。
──続く