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皇太子夫妻の歪んだ結婚   作者: 夕鈴
おまけ

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26/33

皇太子夫妻の日常7 中編

リーンは島国に向かっていた。

小国と島国は休みなく馬で走れば1週間だが、海路を使えば5日。

リーンは知り合いの商人に頼み船の手配を終え、体力の温存と精鋭騎士が同行しても危険な夜の移動は避けるため宿で休んでいる。護衛騎士に買い出し等の全ての用事を頼み、リーンは休息を優先する。体力のないリーンは旅では最低限しか行動せず、体力温存が一番の役目と知っていた。

留学中に諸外国を回り馬と馬車の移動に慣れ、旅慣れしていると自負するリーンの旅路は順調だったのは陸路まで。風が弱く、穏やかな波、頑丈な作りの設備の整った大船にばかり乗っていたリーンは海路の恐ろしさを知らなかった。

激しく揺れる小型の商船に乗ったリーンは船酔いを起こし、体を襲う揺れと風にうまく歩けず、護衛騎士に抱き上げられた。

立てばふらつき、吐き気を我慢している姿にデジロは出航してすぐに薬を渡し眠らせた。


「姫様は?」

「上陸まで寝かせる。酔い止めも効くまでに吐く。帰りは陸路」

「そうか。今更だけど、旦那を連れてこなくて良かったのか?」

「無能は邪魔だ。子供は父親がいなくても産まれる」


ラセルはデジロが常識がないことを思い出した。


「懐かしいな。島国は久しぶりだ」



幼いリーンを知る二人はぐっすりと眠る姿を眺める。ベッドの上しか知らないリーンが世界を回り、大人になり子供を産み、友達を助けに行くのは想像もできなかった。手のかかる所だけは変わらないが、昔とは心境が違う。リーンの異常なほど過保護な家臣の所為で気付かれていないが、ラセルも過保護である。家臣に心配ばかりかけているリーンは上陸するまで目覚めなかった。


***

リーンは目を醒ますと護衛騎士の腕に抱かれて馬に乗っていた。状況を聞きデジロ達に謝罪をして目的地を目指し、小国を出立し5日目に島国に足を踏み入れる。リーン達は島国の風景を楽しむことなく、城を目指す。

城門を守る衛兵の前でリーンはローブを脱ぎ、礼をする。


「先触れもない無礼をお許しください。小国皇太子妃のリーンと申します。ルーラ様との謁見を希望します。」


衛兵は人生で初めて見る美しい微笑みで綺麗な礼をするリーンに見惚れていると、門を通り過ぎようとした青年がリーンを凝視し足を止める。


「リーンか?」


リーンはルーラの父である女王の夫にあたる王配に礼をする。


「お久しぶりです。王配殿下。ルーラ様の出産が近いと聞き、優秀な医務官を連れて訪問しました。先触れを忘れて申し訳ありません」


大柄な男は妻と娘のお気に入りの友人を見て、歓迎の意をこめて抱きしめる。


「歓迎するよ。大きくなったな」

「ありがとうございます」

「いつまでいられるんだ?」

「ご迷惑でなければ無事に生まれるまで」

「うちに泊まりなさい。体はどうだ?」

「大国一の医務官を手に入れてからは万全ですわ」


リーンは王配に手を引かれて謁見の間に案内された。女王は夫に手を引かれて現れた金髪の娘の友人を歓迎し玉座から降りて抱きしめる。


「リーン、大きくなったわね」

「先触れもなく、このような服装で申し訳ありません」

「構わないわ。ルーラのために来たんでしょう?喜ぶわ。会ってあげて」


笑みを浮かべる女王に腕を解かれ、すぐにルーラの執務室にリーンは案内される。リーンはオルのことを聞かれないことに安堵しながら淑やかな顔で足を進める。

ルーラはノックの音に入室許可を出し顔を上げると金髪が目に入り夢かと思い目を丸くする。

執務室にゆっくりと入ってきたリーンを見て人払いをした。

二人っきりになったので、ルーラは立ち上がりゆっくりと歩いてリーンに抱きついた。オルのことは誰にも言えず、どうしたらいいかわからず、日に日に不安でたまらなくなり、リーンに手紙を書いた。

リーンは目を丸くしながら、久しぶりに会う友人の背中に手を回す。


「お久しぶりです」

「来てくれると思わなかった」


リーンは顔色の悪いルーラを見て、急いで来て良かったと思いながら笑みを浮かべる。


「大国の姫なら無理だけど今は気楽な小国の皇太子妃だもの。優秀な医務官を連れてきたの。産まれるまでいるわ。執務も見て平気なものなら手伝うから、手が空いたら診察しよう。私の医務官は大国一よ」


腕の中で笑っているリーンにルーラは力が抜け、王族の仮面が剥がれ落ちそうだった。


「泊まってくれる?」

「うん。宿がないからありがたいわ。食事も一緒に作ろうか」


リーンが傍にいてくれるのが嬉しくても、ルーラは言わないといけないことがあった。


「リーン、ごめんね。リーンがせっかく贈ってくれて大事にしてたのに、無くなっちゃった」


力のない声を出すルーラにリーンは悩む。そんな些細なことでリーンはルーラを怒らないが、落ち込むルーラを励ますために明るい声を出す。


「あれはルーラに贈ったものよ。大事にしてくれただけで嬉しい。無くしたことで悲しい顔をされるほうが悲しいわ」

「リーンが私のために。」

「また贈るわ。お腹の子のお祝いに。お腹の子には何がいいかな・・。ルーラは短剣でいい?」

「綺麗な鞘だけ無くなったの」

「あれはいざって時に売って良かったの。島国は苦しかったでしょ?大国の姫だからお金はたくさんあったけど、お金は直接渡せないから。」


顔の晴れないルーラを見てリーンは笑う。鞘を壊せるのは大国の剣だけであり、頑丈な作りの鞘は滅多に壊れない。


「ルーラ、どこで無くしたの?海の中?森?」

「売ったって。どこかわからない・・。でもたぶん隣国。売ったお金で贈り物もらった」


リーンの中で覚えのある嫌な男の顔が浮かび冷酷な顔をしそうになり、笑みを浮かべて取り繕う。


「その贈り物を見せて。探してあげる。私の得意分野。海の中でなくて良かったわ。懇意にしている商人を呼んでもらえる?隣国に行ってきてもいいけど」

「リーン・・」

「義姉様に任せなさい。小国では内緒にしてるけど私、実は優秀なの」


悪戯っぽく笑うリーンにルーラがつられて笑う。


「知ってる。いいの・・?」

「妹は姉に甘えるものよ。大事なものがなくなって悲しい気持ちは知ってるの。そんなに大事にしてくれてるとは思わなかったけど壊れてないなら大丈夫よ。あれを壊せる人は中々いないわ。執務を片付けよう。どれを見てもいい?」

「リーンに見られて困るものはない」


リーンは苦笑しながら、机から巻物を取り椅子に腰かけて手を動かす。全てにおいて世界一を謳う大国で教育を受けたリーンにとって、どこの国の執務も変わらない。ルーラはリーンのオルよりも速い手の動きに驚き、夜遅くまでかかるはずだった執務は夕方には全てが終わっていた。

その後、デジロは島国の医務官に囲まれる中、ルーラの診察をした。


「ゆっくり休まれてください。心身の疲労がたまってます。」

「明日の執務は私がするわ。」

「姫様もです。旅の疲れが出てます。倒れたくないなら安静に」

「わかりました。デジロ様、ルーラにも薬湯を。寝る前に飲みます」


デジロはリーンの希望に従い、荷物の中から薬湯を渡す。診察も執務も終えたので、リーンはルーラと共にルーラの邸に向かった。島国では城は仕事場であり、王族は邸を構えて生活しており、ルーラもオルと二人で邸で生活している。客室もあるのでリーンの護衛騎士とデジロも同行する。リーンはルーラと違い自衛ができないので安全な島国でも護衛は外せない。

リーンはルーラと一緒に干し肉とジャガイモを柔らかくなるまで煮込んだスープを作る。

夕食はスープと果物だった。

食事をすませ、体を拭いて夜着に着替えたリーンは寝室に行き、デジロ特性の薬湯をルーラに渡した。リーンはルーラの横に座りゆっくりと口に含み笑みを浮かべる。


「ルーラには味が濃いかもしれない。私ねデジロ様とお兄様の薬湯飲むと元気になるの。これはデジロ様の優しさが詰まった薬湯なの」


口をつけると苦みが広がり目を見張るルーラにリーンはラディルを思い出し笑う。


「無理して飲まなくてもいいわ。ラディルも苦手だもの。大国の薬湯はもっと苦いの。デジロ様の薬湯だけが苦くなかった。」


ルーラはゆっくりと口に含むと苦さの中にほのかに甘みを感じ、体が温かくなり久しぶりに眠気が襲ってきた。

オルがいなくなり、ルーラはよく眠れなかった。誰にも相談できずに一人で悩み、両親もルーラに気を遣って口を出さない。オルの護衛騎士はルーラを申し訳ない顔で見る。

リーンは目元にクマのあるルーラをベッドに誘い、伸ばされる手を握る。寝息が聞こえ、リーンは眠ったルーラを眺める。ルオならルーラを幸せにしてくれると思ってもリーンはルオと離れたくない。友人の幸せを願うのに、矛盾している自分の願いにリーンもどうすればいいかわからなかった。リーンが思考の海に潜ってしばらくすると、ラセルに肩を叩かれ、デジロから寝る前に飲むように言われた薬を渡され口に含む。横になり、頭を撫でる懐かしい手に力が抜けてゆっくりと目を閉じる。眠ったリーンを眺め、ラセルがこぼした長いため息はリーンには聞こえなかった。


***

小国では皇帝と皇后、ルオとオルが朝食をとっていた。ルオにはオルと話せる時間は朝食だけだった。リーンの留守で多忙であり夜はラディルと過ごしたかった。母のいないラディルの傍にいてあげたかった。ルオはラディルが母との約束を守るため父と毎日一緒に寝ているとは知らなかった。ラディルは母から父を任されていた。ルオにとってリーンのいない生活はラディルとの時間だけが癒しだったので、ラディルは大好きな母との約束をしっかり守れていた。


「兄上、帰国してよ」

「別にいいだろう。島国から手紙もない」

「オル、傍にいてあげたほうがいいわ」

「ルーラは俺なんていなくても大丈夫です」


オルは帰国する気がおきず、ルーラとどうなりたいかもわからない。

ルオは頑固な兄を護送させて送り返そうかと思ったが、着いたら逃げそうだった。芋料理も解消されたのに帰国しないオルの気持ちがわからない。ルオの中でオルの夫婦問題は頭から抜け、ルオは自分の片割れがリーンと同じ仲直りの方法がわからないとは気づかなかった。


***


リーンはルーラの執務を手伝っていたが商人が訪問したので、執務室を出て個室で面会していた。やりとりは手紙ばかりで久しぶりに会う留学中に知り合った商人に笑みを浮かべる。


「リーン様、お久しぶりです」

「ええ。会えて嬉しいわ。お願いがあるの。ルーラへの贈り物を覚えている?手違いで売られてしまい、同じ値段で取り返してほしい。銀貨で取引されてると思うけど任せてもいい?」


商人は首を傾げるリーンの言葉に迷うことなく頷く。商人にも常識があり、騙されるものが悪いが価値の知らない相手から低値で買い取るにも限度がある。リーンがしっかり調べて常識を教えこめと願うなら従った。

リーンが数多いる商人の中から自分を信頼して任せるなら期待に答える以外の選択肢を選ぶのは愚かな商人だけである。大国出身の世界で屈指の商人と手を組むリーンに睨まれたら未来はない。ふさわしい働きをすれば必ず見返りがあり、リーンに信頼される商人は箔がつく。商人は礼をしてルーラの小物入れを受け取り立ち去る。


リーンは快く引き受けた商人の背中を見送った。ルーラの小物入れは銀貨5枚の価値もない。リーンの贈り物は全て金貨で取引されるものばかりで、オルがカモにされたのは別にいい。ただ民がカモにされるのは許されないので手を回す。ルーラには正しい売り方を教えていたので、勝手に売った非常識な男を思い浮かべてすぐに人の首を斬りたくなる義兄の気持ちが初めてわかった。

リーンがルーラの執務室に戻ると人が集まっていた。


「医務官を、はやく」


ルーラが産気付き慌ただしい雰囲気に、護衛騎士にデジロを呼びに行かせ、デジロの護衛を命じる。

王族の出産は闇が付き纏うことがある。王族の出産は何があるかわからないのでデジロを一人でルーラの元に向かわせ、罪を被せられる危険もある。リーンは家臣を守るためなら手段を選ばない。もしデジロが危害を加えられるならすぐに旅立ち、手を回すつもりである。デジロが護衛騎士を連れルーラの部屋に入ったのを確認しリーンは立ち去る。

リーンにできることはないため邪魔にならないように客室に向かい、護衛騎士のラセルにお茶の付き合いを命じた。

ラセルは島国に来てから時々暗い顔して、落ち込んでいる主に陽気に笑いかける。


「何を悩んでるんですか?」

「友人の幸せを願いながら、幸せを壊している自分自身に」


リーンは時々考えすぎて読み違えることをラセルはよく知っていた。いつも軌道修正する友人であり、筆頭補佐官の侍従は小国にいる。


「姫様、ルー殿下とルーラ様が一緒になっても幸せになれるとは限りませんよ」

「え?」

「ルー殿下は姫様とラディル様に夢中です。」

「優しいし誠実だもの。きっと幸せにしてくれるわ」

「婚約者の名前も知らずに婚姻しようとした方ですよ。姫様が頼んでも、殿下は離れないと思います。」

「あの時に、強引に正しておけば違ったのかな・・・」


暗い顔のリーンはノックの音に穏やかな表情を浮かべ、ゆっくり立ち上がり、ラセルが開けた扉の外の見覚えのある騎士に視線を向ける。


「リーン様、この度は申し訳ありません」


頭を下げた騎士をリーンは冷たく見据える。


「頭をあげてください。ここで何をされてるんですか?」


オルの護衛騎士はリーンの言葉の意図を掴めない。リーンも最低限の役目も果たせない無能は嫌いであり、自分の騎士なら迷いなく解任した。


「殿下が帰国されたなら追いかけるべきです。また愚行を正すのも家臣の務めです。主に命令されてないのに、帰りを待つなどありえません」


「命令もなく出国するのは」


国に所属する騎士は許しなく国を出られないが緊急時は許される。主が行方不明ならば緊急時として動ける案件である。リーンの騎士達なら、リーンが消えたならどんな手を使っても追いかける。リーンの命令を待たない。


「騎士なら伝手の一つは用意しておくべきです。怠慢です。何が主のためになるか考えて行動して下さい。」


リーンは小国の入国許可証を書いて渡す。


「好きになさい。挨拶は不要」


立ち去っていく護衛騎士を見送り、ぼんやりしているリーンの頭にラセルが手を置いた。


「放っておけばいいのに。姫様、入れ替わりのことで罪悪感を持つべきは小国。両殿下と皇帝です。姫様が罪悪感を持つ必要はありません。そんなに気にするなら大国に帰国しましょう。」


「それは…。」


「婚姻前のことです。姫様は背負わず、ずっと怒ってていいんです」


ラセルはルオを避けている時、よく苦言を言っていた。


「諌めてたのに。」

「姫様が気まずそうにしていたからです。落ち込んでたでしょ?姫様が怒りに身を任せてたら放っておきましたよ」


リーンの家臣は鋭く頼りになるが時々見逃してほしいと思ってしまう。イナはごまかせてもラセルとデジロにはいつも見つかってしまう。


「どうしてわかるのかな」

「長い付き合いですから」

「このままでいいのかな」

「姫様のお好きなように。」

「私は家臣に恵まれた。お兄様の目は凄いわ」

「殿下は天才ですから。誰もかないません。来客があれば起こしてますので、眠ってください」


リーンはラセルの言葉に頷いて長椅子に座る。手を伸ばすと手を握ってくれるラセルが好きだった。大きい手で自分を包んでくれる懐かしい手の温もりにリーンは目を閉じた。久々に優しい夢が見れそうだった。


***

リーンが眠っている頃ラディルは手紙を読んでいた。リーンとデジロからの手紙だった。ラディルはデジロにも手紙がほしいと強請った。デジロは私的な手紙の書き方は知らないので、滞在した国の文化を綴り、リーンはラディルに現在の場所と毎日の過ごし方を綴っていた。留学中にリーンが父に送っていた報告書と同じ文面である。

子供に送る内容ではない文面にスサナは目を丸くし、イナは笑う。

イナは大国の姫のリーンが私的な手紙のやりとりをできないのをよく知っていた。リーンにとって手紙は報告書か情報収集の餌、謀、交渉の手段であり思惑だらけである。ラディルへの手紙は生存報告のつもりで出している。リーンの友人達に送る手紙さえも思惑だらけであり、リーンが飛び出す手紙を送ったルーラのようなものは書けない。リーンの知識は偏っている。大国の姫は与えることに慣れているため、リーンは助けを求められれば必死に手を差し伸べる。手を振り払われる辛さを知っているから余計に。イナはリーンの手を絶対に離さず行き先が地獄でも絶対に付いていく。イナだけはリーンに何があっても離れない。リーンがイナのために離れても絶対に傍にいると決めていた。

ルオがリーンから手紙がないと落ち込んでいるのは知らない。イナはいまだにオルを帰国させられないルオを冷たい目で見ていた。これ以上リーンの手を煩わさせるなら、滅んでもいいとさえ思っていた。イナはラディルのために残された。ルオさえしっかりていれば、リーンは旅立たなかった。もしくはイナも連れていってくれた。ラディルが大事でもイナの絶対で唯一の主はリーンである。リーンの身に危険はないとわかっていても心労で倒れたらどう報復しようか悩んでいた。

リーンの家臣はルオに冷たい。リーンの家臣はルオの執務を手伝うことも助言することも求められなければ絶対にしない。おかげでいつもさりげなくリーン達に助けらていたルオは余計に執務に追われている。


***


リーンが目覚めると日が暮れていた。ルーラがいないのに邸を使うのは気が引け、城の客室に泊まることにした。

デジロの薬湯で食事をすまし、ぼんやり夜空の星を見上げていた。久々にゆっくり眠れ、のんびり過ごした日だった。

ノックの音がしたので、部屋に戻り扉を開けると女王がいた。


「礼はいらないわ。リーン、付き合ってくれない?」


酒瓶を持っている手を見て、リーンは笑顔で頷く。テーブルの上には果物や料理が並べられ酒宴の準備がされた。


「無事に生まれたわ。医務官をありがとう。うちの医務官が驚いていたわ」

「おめでとうございます。お役にたてて幸いです」


新たな後継の誕生を話すのに顔色が暗い女王にリーンは微笑む。


「女王陛下、新たな後継の誕生を祝して無礼講にしませんか?私はここで耳にしたことは忘れます」


女王は昔から察しのよいリーンを見て、目元を緩める。


「ルーラは大丈夫?」

「ルーラは強いからきっと大丈夫ですよ。それに子が生まれればさらに強くなります」

「リーンは見た目は折れそうなのに、しっかりしてるわ。」


杯の中身を飲み干す女王をリーンは穏やかな顔で見つめていた。


「丈夫な子を産むために他国から皇子を迎え入れた。島国民と添い遂げたほうがあの子は幸せかしら・・」

遠い目をする女王にリーンは何も答えられなかった。オルと婚約していた時は幸せは求めてなかった。リーンに誠実で民さえ想ってくれるなら満足だった。駆け引きばかりの夫婦生活は嫌だったからオルを選んだ。政略結婚で幸せになれたのは運がよかっただけだと思っている。

ただ女王とリーンの考えが違うことはわかっていた。

そしてルーラとリーンの役目も立場も違う。

小国と島国の婚姻に利はなく友好のためでもない。小国は島国に求めるものはなく島国も小国を後ろ盾にするには頼りない。ルーラの婚姻相手に選ばれたのは年齢と家柄だけだろう。初めて他国から迎える婿には高貴な血が流れるほうが受け入れられやすい。ただもし今後も他国から婿を迎え入れるなら、オルと別れて次の婿も他国から受け入れたほうがいい。それはリーンの考えである。

女王としての立場と母としてルーラの幸せを願う呟きをリーンは静かに聞くしかできなかった。昔の自分なら女王としての言葉を肯定し、王族に幸せなんていらないと断言できた。でもリーンもラディルを想うと口には出せない。ただ一心に子供の幸せを願う気持ちを知ってしまった。

しばらくすると王配が女王を迎えに来て、礼を行って立ち去った。リーンはグラスの中の酒を飲んでいると情報収集に行かせた騎士が戻ってきた。

手に持つものを見てリーンは笑う。商人はリーンの願いを叶えてくれた。後継者の誕生で賑わう城に足を運びにくいためリーンの護衛に接触したのだろう。

護衛の話を聞いてリーンはさらに笑った。商人はひどい値段で買い取った露天商に制裁した。もうこの露天商は隣国では商売をできない。昔、贈った長剣と短剣の鞘を銀貨で売ったオルにも呆れ果てる。王族なら物の目利きができないのかと。どんなに考えてもリーンにはオルに良いところは一つも思い浮かばなかった。

酔って笑い転げるリーンに気付いたラセルが酒を取り上げる。護衛騎士がデジロを連れてきて、診察させ薬と薬湯を飲ませて眠らせる。リーンは報告書を読んだまでの記憶しかなく、翌朝人生で初めての飲みすぎをラセルに怒られ、デジロから二日酔いの薬と薬湯で朝食をすませた。


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