表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

13.番外編 幸せな夜

ロイセル視点です。


シホがポプラの樹の下に指輪を埋めた後、俺は閉店間際の宝飾店へシホと共に行った。


だが、シホの指に合わせて作る物のほうが、丁寧だし綺麗に仕上がると聞いて、既製品を買うのをやめた。二人で選んだ形は、流線形のシンプルな指輪。もちろん俺も同じ物を作る。


結局指輪ができるのは十日後。待ち遠しいが、こればかりは仕方ない。嬉しそうなシホの横顔を見ることで、俺は満足することにした。


ついでに夕食も外で済ませ、軽い酒とつまみを買って、二人で歩いて家路に着く。

ポプラの樹の前までくると、シホは何も言わず、夜空と高いポプラの樹を見上げた。俺はその様子を黙って見ていた。



あの指輪は十日前までは、俺の敵だった。


シホが不安そうな顔をする時、泣いている時、思い悩んでいる時、必ずあの指輪を胸に抱えるようにしていた。


俺が見ていないと思っている所で、そっと左手の薬指を見つめて撫でる仕草は、俺の中の嫉妬心を燃え上がらせるに充分だった。シホが眠っている間にあの指輪を引き抜こうと、何度思ったことかしれない。


だが十日前にシホを抱いた時、それは消えた。シホのご主人は俺よりも器の大きな男だった。……認めたくないことだが。


しかもシホはこの十日間、ついに指輪を嵌めることのないまま土に埋めた。嬉しいような罪悪感が残るような、複雑な気分だった俺に、シホは指輪を買ってほしいと言ってくれた。


………とても嬉しかった。

きっと彼女はこの先ずっとその指輪を大切にしてくれるだろう。




家に着き、本当ならシホとふたりでバスルームに行きたかったのだが、さすがに露骨すぎるかと思って今日のところは諦める。


彼女にはまだ告げていないが、実は明日から三日間の休みをとっていた。もちろん、リルリルにもだ。


シホがバスルームから出ると、いつもはお茶を淹れるのを、今日はグラスに酒を注ぐ。彼女が飲めそうな、軽く甘い酒だ。つまみのチーズも添える。


「きれいな色ね…。」

「今日はお祝いだから。」


そう言うと、シホは湯上りの頬を赤く染めた。彼女の頬と同じ色の酒。正直俺には物足りないが、今夜はこれでいい。


「シホは飲める?」

「う〜ん、好きだけど得意ではないの。」


…弱いのか……それもいい。

俺の脳内では「酔ったシホ」が暴走する。よし!今夜は暴走してもいいぞ!いくらでも受け止めてやる!


「ああ…、やっとだ。」


グラスの甘い酒を味わって、溜息が出た。


「やっと?」

「やっと、シホを俺の妻にできた…。こんなに嬉しいことはない。」


そう言って彼女を見ると、暖炉の炎で黒い瞳が揺れていた。…いや炎のせいではない。シホの瞳が潤んでいる。じっと彼女を見つめていると、恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。


「シホ、シホ、頼むからこっちを見てくれ。」

「……見られない。」

「どうして?」

「…恥ずかしいから。」

「それは理由にならないよ。シホ、お願いだから俺を見て。」


するとようやくシホは顔を上げてくれた。頬を染めて、黒い瞳を潤ませて。淡いサーモンピンクの寝間着。その白い首元のボタンはひとつ、外してあった。濡れた黒髪は片側の肩に纏めて流している。露わになった首筋と耳。


その頬を、その耳を赤く染めたのは、俺。今までに感じたことのない、満足感が俺を満たす。だが同時に、今までに感じたことのない飢餓感が俺を襲って苛んでいた。


「早くこの目の前の女を抱きたい…」と。



なのに…



「ロイセル、なんだか眠くなってきたわ…。」

「え?」

「私、昔からお酒を飲むとすぐ、眠くなるの…。」

「………。」


小さな欠伸を漏らすシホのグラスを見ると、半分も飲んでいない。弱いにもほどがある。

……もしや、シホの頬を染めていたのは俺ではなく、酒、か…?


「おやすみなさい、ロイセル。」


そう聞いて俺は愕然とする。

いやいやいやいやいや、今夜は婚姻して初めての「初夜」だ!俺はこの飢餓感を抱えて一人で寝るのか!?冗談じゃない!


慌てて暖炉の火を始末し、グラスはそのままに、シホの後を追いかける。薄暗い廊下で、少しふらつきながら歩くシホをつかまえた。


「シホ、どこへ行くんだ?」

「ん?…ベッド。」


…今夜はコトになるんだろうか。三年間まったくシホに酒を飲ませなかったことを、俺はひどく後悔した。


「そっちのベッドじゃないだろう?シホ、今夜は夫婦になって初めての夜、初夜だ…。」


後ろから抱きしめてシホの耳元でそう囁くと、彼女の肩が震えた。


「え…初…?」

「明日から三日間、休みを取ってる。もちろん、リルリルにも。何も心配することはない。…シホ、おいで。」

「え?え?ロイセル?」


きっと考えてもいなかったのだろう。シホの困惑は彼女の体から伝わる。だが、俺は遠慮する気はなかった。ほんの十日前、初めてシホを抱いた。なのに、この飢餓感はどうだ!?…きっとシホを知ってしまったからこそなのだろう。


後ろからシホの柔らかな二の腕を支えて、俺の寝室へ誘う。戸惑いつつも、素直に従うのが愛しい。


「シホ、愛してる……。」




ああ…これが幸せなんだ。愛しい女を腕に抱ける。柔らかな、しっとりとした肌が俺に寄り添う。


頬を、目元を、首筋を、肌を、ほんのり染めて、潤んだ黒い瞳が俺を見上げる。白く細い腕でシーツを握り締め、薄い背を反らし、白い喉を俺に差し出す。その豊かな胸は俺の動きに合わせて揺れ、その艶やかな黒髪もうねる。


啼かせても啼かせても、まだ足りない。


どのくらいきみを愛してると言えば、この想いが伝わるんだろう。

どのくらいきみの中に入れば、俺は満足することができるのだろう。



シホ、どうか俺を許してほしい。

きみに飢えている俺を。きみに飽きることのできない俺を…。





愛してるんだ、シホ…。









以上で一応、完結とさせて頂きます。

最後まで本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ