【幸せとまどろみ】①
「あーっ! ヤベェ! コレはヤマジでベェ! くっそーっ!」
剣道場へ向かっているときのこと。絶叫が聞こえてきた。
な、何だと見てみれば、廊下の先によく見知った3人の影が。
「何が大変なの? 朝桐くん」
「うわぁーっと! セラちゃんんん!?
いやいや何でも!? 特にこれといってヤベェ事態は発生してないぞ、うん!」
「ウソつけ。思いっきりヤベェっつってんじゃん」
「いらんことは言わんでいい!」
怒鳴る朝桐くんと受け流す日野くん。状況がわからず和久井くんを見やると、苦笑が返ってきた。
「えっと……部活には行かなくていいの? もうすぐ始まっちゃうよ?」
「おーそうだそうだ、行くぞー和久井」
「ああ」
「ちょ――――っと待たんか、キサマらーっ!」
「無理。お前補習じゃん。諦めな」
「うぐっ!」
「それだけじゃない。古典の課題忘れただろう。大人しく西田に怒られろ」
ん、それは確かにやばい!
「ね、ねぇ。朝桐くんが灰になってるんだけど……」
「ああいうのは気にしない。自業自得だ」
「そーそー。いちいち構ってやるほど俺らも甘くねーし。朝桐より部活部活ー」
これがいつも一緒だった3人の会話とは思えない。
朝桐くんをよそに、竹刀を背負い直す日野くんと和久井くんなのであった。
――……
「そっか、もうすぐ中間考査だっけ」
それで抜き打ちテストがあったんだけど、壊滅的な点数を取ってしまい、今に至る……と。
やっと事情を理解する。とたんに他人事じゃないような気がしてきた。
郁人くんや城ヶ崎のことで頭がいっぱいだったから、すっかり忘れてた……。
「そういえば、城ヶ崎は元気だったか? ここ最近家に行ってるんだろう?」
いつの間にか日野くんと和久井くんが立ち止まっていて、私も足を止めた。
D組のあの子……石井くんに事情を説明し、代わりにプリントを届けさせてもらうようになって数日。
家にはいるみたいだけど、会えないの。そう伝えると和久井くんが落胆したようにため息を漏らした。
「心配?」
「そりゃあな。俺や日野は朝桐みたいにアイツと長くいるわけじゃないけど、友達だしな」
「まーな。これでもあのバカよりは気遣ってやってるつもりだぜ。当のアイツが頼ろうとしないから不発だけど」
「そうだよね……城ヶ崎は独りで抱え込んじゃうんだよね」
「学校休んだ次の日とか、顔中に傷作って登校してくるし。声かけてもいつも以上に突き放すんだよな」
「そうそう、すぐカッとなっちゃうから私も困って……って、え!?
顔に傷? 学校に来てなかった日って、本当にケンカしてたの!?」
もともと、城ヶ崎に関するウワサで物騒なものは少なくない。
実際に話してみて、本当は親切な人だっていう事実に私は驚いたのだから。
「それは俺にもわからない。アイツ、何も言わないから。
ただ学校休んだ次の日には必ず傷を作ってた。それを見た担任が問いただしてたけど、相手にしてなかったな」
「先生無視!? そんなことして大丈夫だったの?」
「証拠がなかったから、処分の施しようもなかったんだ。ケンカしたのかそうでないのか、あやふやなまま今に至るわけ」
「……そうなんだ」
思わぬところで発覚した、城ヶ崎の日常生活。
口は悪いし、しょっちゅう睨んでくるし、ウワサの発生理由は充分に納得できる。だけど。
「なぁ。セラちゃんはどう思う? アイツがマジでケンカしてたと思う?」
「そうね……私はそんなことしないと思うわ。城ヶ崎がケンカしてるところなんて見たことないもの」
本人がどんなに素っ気なくたって、面倒見のいいところとか隠しきれていないのがわかる。
「まぁ……私の予想、というか願望なんだけどね。はは」
「いっやー? 俺たちもそう思ってたトコだよ。素直になりゃいいのに、変にツンツンしてるから誤解されんだっつの」
「もしアイツが言いたくない事情を持ってるなら、無理には聞かない。だが、無視はやめてもらわないとな」
「それじゃあその辺のヤツと大して変わらないってことじゃん? だったら友達の意味ねーよ」
「――――!」
……同じだ。
『せっかく俺がいるのに、独りで頑張ろうとするな!』
若葉くんが言っていたことと、同じ。
「そっか……そうなんだ」
「紅林?」
「……城ヶ崎も、幸せだなーって思って」
大切に想う人にほど、無理をしないでほしい、自分を頼ってほしいと願う気持ち。
それは、誰でも一緒なんだ。
――城ヶ崎、やっぱりあなたは、独りなんかじゃない。
道標が、見えた気がした。




