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パパが最強すぎて異世界がバグった件  作者: ねこあし


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第1話「父と娘と、空から異世界ドン!」

最強パパと天才娘、世界のバグへ挑む

挿絵(By みてみん)

「……パパ、飛行機って落ちるの?」


「落ちたらニュースになるな。しかもかなりでかい扱いのやつだ」


「じゃあ今の揺れって……普通?」


「……うーん、普通ではないな。エンジン出力の低下に伴う不連続な振動だ。まあ、日常の範囲内とは言い難い」


 高度一万メートルを飛行するボーイング787の機内。


 客室全体を支配しているのは、低音で不気味に響く重低音と、ガタガタと座席シートを揺らす小刻みな振動だった。天井の読書灯がチカチカと不規則に明滅し、キャビン中央のスクリーンには「シートベルト着用」の赤いサインが警告音とともに点灯している。


 周囲の乗客たちは、顔を蒼白にして座席の手すりを両手で固く握りしめていた。


 悲鳴を噛み殺す母親、神に祈りを捧げる外国人の男性、必死にアナウンスを入れようとしてマイクを落とす客室乗務員――機内はまさにパニックの一歩手前、生きた心地のしない緊張感に包まれていた。


 だが、エコノミークラスの中央列、二人がけのシートに並んで座る父娘の空気感だけは、完全に周囲から切り離されていた。


 父、東雲一真(しののめかずま)(42歳)。


 角刈りに近い短髪に、日焼けした逞しい顔つき。服の上からでもわかる引き締まった体躯を持つ男だ。その正体は、自衛隊の中でも精鋭中の精鋭が集う組織において、さらに「最強」と謳われる空挺レンジャー隊員である。過酷極まる訓練と幾多の災害派遣をくぐり抜けてきた男の眼光は、パニックを起こすどころか、まるで明日の天気を予想するかのように冷徹で、なおかつどこか楽しげですらあった。


 隣に座る娘、東雲まひる(16歳)。


 少し大きめのパーカーの袖から細い指先を覗かせている彼女は、膝の上に置いたノートパソコンの画面を凝視していた。才色兼備という言葉は少し違うが、彼女はある特定の分野において突出した才能を持っていた。プログラミング言語であるC++やPythonを呼吸するように使いこなし、週末になればDiscordを通じて時差のある海外の技術者たちと夜通しオープンソースの開発に没頭する、筋金入りの女子高生エンジニアだ。


 一真は妻を、まひるを生んでしばらくしてから病気で亡くしていた。


 以来16年間、男手一つで娘を育ててきた。自衛官という職務上、長期間の演習で家を空けることも多かったが、二人の間には言葉によらない深い信頼関係が築かれていた。まひるの極度のデジタル没頭癖も、一真の過剰なミリタリー思考も、互いにとっては慣れ親しんだ「我が家の日常」に過ぎない。


『エマージェンシー! エマージェンシー! 当機はただいま高度を急低下させております! 全乗員はただちに衝撃に備えて――』


 スピーカーから途切れ途切れに流れる機長の悲痛なアナウンス。直後、機体がガクンと大きく不自然に傾き、客室内に悲鳴の濁流が吹き荒れた。


「はいはい、落ちますねこれ。右側の第2エンジンが脱落したか、ファンネルが壊れた音だ」


 一真は窓の外をちらりと一瞥し、指骨をポキリと鳴らした。物理的な破壊音の位相から、機体の現在のダメージを正確に算出している。


「パパ、私、スマホに入れてる最新のスクリプト、GitHubのメインブランチにプッシュしておいた方がいいかな」


 まひるはキーボードの上に指を叩きつけながら、真顔で尋ねてきた。


「お前、死ぬ前にやることそれか? 遺言とか部屋の掃除とかじゃなくてか?」


「当たり前でしょ。先週から組んでる非同期処理のライブラリ、バグ抜きがまだ完全じゃないの。私がこのままお星様になったら、プルリクエスト送ってくれたドイツのアレックスに申し訳なさすぎるじゃん」


「相変わらずスケールのデカいんだか狭いんだかわからん心配だな。……まあ、お前の努力の結晶なら好きにしろ」


 一真は苦笑しつつ、シートベルトの金具をカチリと締め直した。そして、まひるの肩を大きな手で力強く引き寄せる。


「まひる、しっかりベルトを締めろ。衝撃姿勢をとれ。……最悪、地表に激突する寸前に俺がお前を抱えて機体から跳び出し、身体を叩きつけて受け止める」


「……パパ、頼りになりすぎるのも考えものだよ。人間クッションになる気満々じゃん。物理法則を根性で無視しようとしないで」


「空挺レンジャーの辞書に『物理法則に従って死ぬ』という文字はない」


「絶対ウソだ、その辞書バグってるよ!」


 まひるがキーボードから手を離し、最後のエンターキーを叩き込んだ瞬間だった。


 ドドド、と腹の底に響く不快な重低音とともに、世界が「裂けた」。


 ドゴォン!!!


 金属が引き裂かれる悲惨な悲鳴、途切れる悲鳴、天井から落ちてくる酸素マスク、飛び交うスーツケース。


 だが、次の瞬間――それらの音と光景が、まるで水中に沈められたかのように遠のいていった。


 機体の外壁が破れ、通常であれば激しい減圧と極寒の風が客室内を襲うはずだった。しかし、破断面から溢れ出してきたのは、風でも氷点下の空気でもなく――空間そのものを侵食する、青紫色の眩い光の粒子だった。


「な……ッ!?」


 まひるの視界が、ぐにゃりと歪む。


 客室の壁、前方の座席、隣の乗客――あらゆる物質が万華鏡のように分解され、光の旋律へと溶けていく。


「まひる!」


 一真の太い腕が、即座にまひるの首元と腰を抱え込んだ。極限状態における反射神経。レンジャー訓練で体に染み付いた「極小受身姿勢」の形で、一真は我が子の生命線を物理的に保護する。


 しかし、激しい衝撃は来なかった。


 落下の恐怖を煽る不快なG(重力)が急激に消失し、二人の身体はまるで密度の高い液体の中に浮かんでいるかのように、ふわりと持ち上がった。


「ちょっ、なにこれ!? 重力定数が書き換わった!? 物理エンジン落ちた!?」


「空挺レンジャーでも、これは初めてだな……。降下傘(パラシュート)なしで浮く経験はめったにない」


 風のない空間。音が遮断された静寂の世界。


 周囲を舞う青紫の光は、まるで意思を持っているかのように二人の周りを優しく包み込み、螺旋を描いて降下していく。


 ふとまひるが一真を見上げると、父親の目つきが変わっていた。


 いつの間にか一真が着ていた私服のジャケットは消え去り、陸上自衛隊の迷彩服――それも過酷な環境下で着用される戦闘服姿へと変わっていた。胸元には、誇らしげに輝く「ダイヤモンドに翼」をあしらった空挺レンジャーバッジ。


「パパ……服変わってるし。ていうか、もしかして……テンション上がってる?」


 一真の口元が、ニヤリと吊り上がっていた。


 命の危険に直面した男の顔ではない。これから未知の演習場に乗り込む精鋭の顔だ。


「俺の勘がな……これは自衛隊のどんな過酷な演習より、面白くなるって言ってる」


「いや訓練より面白いのって、大抵生命の危機でアウトだからね!? 目を輝かせないでよ!」


 光の粒子が二人の身体を優しく押し下げ、徐々に密度を増していく。


 透明だった空間に、急激に「色」と「匂い」が戻り始めた。


 鮮烈な太陽の光。


 むせ返るような青草と土の匂い。


 そして、心地よい湿気を帯びた生の風。


 二人の身体は、光の束から解き放たれ――。


 ドシャーン!!!


「ぶはっ!?」


 まひるは、フカフカとした背の高い草の絨毯の上へと転がり出た。


 怪我はない。痛手もない。完璧な衝撃分散動作によって、一真が地面に激突する瞬間にまひるを上に抱え上げ、自身が滑り込む形で着地したからだ。


「……うぅ、なに……何が起きたの……」


 まひるは四つん這いになりながら、必死に目をしばたいた。


 視界一面に広がっていたのは、地平線の彼方まで続く圧倒的な緑の草原だった。


 見上げた空はやけに深く、吸い込まれそうなほど青い。そしてその大空を、雲を切り裂くように飛翔しているのは――ジャンボ旅客機ほどの巨体を持った、蜥蜴(トカゲ)に巨大な皮膜の翼を生やしたような生き物だった。


「ドラゴン……? いやいや、CG? VRのアセット?」


 現実逃避気味に呟くまひるの横で、サッと素早く立ち上がる影があった。


 父・一真である。


 一真は立ち上がると同時に膝を軽やかにならし、周囲360度に視線を走らせた。その動きには一切の隙がない。


「ふむ……気圧約1013ヘクトパスカル。気温およそ22度、湿度55パーセント。……酸素濃度問題なし。有毒ガスの臭気なし。視界良好。二足歩行および戦闘行動に支障なし」


「……何その精密すぎる環境測定。パパの身体、センサーでもついてるの?」


「レンジャーの勘だ。長年野山を駆け巡っていれば、皮膚感覚で大体の空気の質はわかる」


 一真は腰の後ろの装備ポーチを軽く叩き、動作確認を終えると、真顔で娘を見下ろした。


「娘よ」


「なに、急にその大河ドラマみたいな呼び方」


 一真は広大な草原と、空を飛ぶ巨大な竜を親指で示しながら、堂々と言い放った。


「どうやら我々は……いわゆる『異世界』とやらに転移したようだ」


「さらっと言ったけど、それ超やばい状況だからね!? 文明は!? Wi-Fiは!? GitHubへのアクセス権はどうなるの!?」


「Wi-Fiより先に気にするべきは水と食料と宿営地だ」


「エンジニアにとってはWi-Fiも生命線なの!」


「……だが、安心しろ、まひる」


 一真は胸を張り、迷彩服の襟元を正した。その背中は、どんな最新鋭のセキュリティソフトよりも頼もしく、そしてどこか致命的にズレていた。


「空挺レンジャーは、地球上だろうが異世界だろうが関係ない。どこに落ちようと即・生存環境を構築し、敵を撃破し、勝利する。それが任務だ」


「それ、すごくカッコいいこと言ってる風だけど、状況に対する認識が絶対ズレてるからね!?」


 青空の下、異世界の風が二人の髪を揺らす。


 見渡す限りの見知らぬ大地で、親子の漫才のような言い争いは、いつまでも草原に響き渡っていた。


 ――これが、後にこの世界の歴史にその名を刻む『風裂きの父娘』伝説の、あまりにも能天気な始まりであった。

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