第44話 E
朝のクライアントが長引いて、オープニングセレモニーに間に合わなかった。
ブーケを持ってギャラリーに到着する。
「……!」
MIYABIがメラニーに捕まってる。
あの女が、私の顔を覚えてるか分からないけど、用心に越したことはない。
「みいな。遅くなってごめん」
「エミリ!来てくれてありがとう」
ブーケで顔を隠しながら、みいなと立ち話。
「あんた達、昨日何があったの?」
朝からアナンがふにゃふにゃで聞かなくても分かるけど、からかってやろうと思った。
真っ赤になって、汗が吹き出すみいな。
やり過ぎたか……ごめん、ごめん。
「あのね、エミリ、お願いがあるんだけど」
「はいはい。次はなあに?」
「これをアナンに渡してくれない?」
ホテルのカードキー。
無意識に、九条さんを見てしまった。
「ちょっと大胆過ぎない?」
「でも、そうでもしないと、今夜は会えそうにないの」
切羽詰まったみいなを見て、私も腹を決める。
「預かっとく」
そのまま九条さんにブーケを渡して、一人になったMIYABIに話しかけた。
「お疲れ様です」
「ああ。エミリ、よく来てくれたね」
「私、MIYABIの絵が一番好きです」
「それはそれは、お目が高い。一枚いかがですか?」
「いっぱい働いて、お金持ちになったら全部買うよ」
「ははは。それは頼もしいな」
さっきまであんなに怖い顔してたのに、MIYABIは感情を隠すのが上手いんだろうな。
「MIYABIはみいなのことどう思ってるの?」
私はMIYABIもみいなが好きなんじゃないかって思う。
だから、アナンといるのを見るのは辛いんじゃないかなって。
「大切に思っているよ。『大切に扱われるべき人』って言うのが正しいかな」
「好きなの?」
「うん。好きだよ」
「女性として?デートしたいな、とか思うの?」
「うーん。そう言う意味では、もっと明るい子が好きだから、デートするならエミリみたいな子がいいかな」
「本当?!」
みいなよりも私がいいなんて言ってくれる人初めてなんですけど。
「嘘をつく意味ないだろ?」
余裕の笑みが、リップサービス的な会話だって告げられてるみたいで傷ついた。
「ですね。じゃ、私、オフィス戻りますんで」
お辞儀して去ることにした。
危うく、MIYABIに勘違いすることだった。
「ちょっと」
急に肩を捕まれた。
「なに?」
「なにって……今の流れ、完全にデートコースじゃなかった?」
「はい?」
「てっきり誘ってくれてるのかと。俺の勘違い?」
「いやいやいや、これ以上からかわないでください。本気にしちゃうんで。はは」
「……」
MIYABIの顔がゆっくり近付いて、キスされるのかと思った。
「本気だけど?」
耳元で囁かれて、全身に鳥肌が立った。
「え?」
少し顔を動かしたらチークキス……アクシデント……
「今夜、食事でもどう?」
「は……い……」
思いもよらなかったハプニング発生!
◆
オフィスにもどって、腑抜けた顔をしているアナンにカードキーを渡した。
「なに?これ」
「みいなからのお誘いだよ」
「……」
「まさかとは思うけど、行かないとかないよね?」
「どうしたらいいと思う?」
「私に聞かないでよ。私も今日はデートだから、これ以上は付き合えないよ」
「誰と?」
「誰でもいいでしょ、内緒よ」
夜に向けて速攻で仕事を片付ける。
出来れば一旦帰って、軽くシャワーでも浴びたいところ。
「エミリ、ちょっと」
マミーに呼ばれる。
「なに?」
「このリクエストあなた宛てなんだけど。メラニー・スミスって……」
私とアナンが同時に振り返る。
「メラニーが私に?何で?なんて?」
「名指しじゃないのよ。ただMr.KUJYOのエージェント管理をやってる人ってきてるから……なに?知り合い?」
「えっと」
「ボクの母です」
マミーは全てを察したようだった。
◆
「簡単にだけど、アナンに何があったのかはパパから聞いてるのよ。エミリを行かせるわけにはいかないわね。よし。この件は、マミーに任せなさい」
「え。いいの?」
「ええ。私が、エミリの代役を果たしても問題はないわよね?」
「うん」
メラニーの要求はMIYABIの作品を全て買い取るので、今回のギャラリーの展示を取り下げるようにとのことだった。
もしかしたら、さっき、本人に直談判したのかも知れない。
だからあんな怖い顔してたんだ……
「今からギャラリーに行ってみるわ」
「私も行く。遠くから見てるだけにするから、お願い、行ってもいい?」
「……いいわよ」
マミーと一緒にオフィスを出た。
「盛況なの?」
「そう思う。来客は多いし、もう何枚か売れたっぽいし」
「へえ。すごい」
マミーはメラニーに電話して、ギャラリーで会うアポを取っていた。
キョロキョロしながらマミーが展示会場に行き、私はピンチョスとワインが並ぶテーブルの隅から盗み見した。
MIYABIはみいなと談笑している。
それにしても、誰が見てもお似合いのカップルって感じ。
さっきのMIYABIの誘いがなければ、嫉妬してるところだ。
男はみんなみいなが好きって訳じゃないんだな……MIYABIが私の方が好きって言ってくれて嬉しかった。
ようやくメラニーを見つけたマミーが名刺を渡している。
マミーは自称ポーカーフェイスだけど、娘の私には、感情がもろ顔に出るタイプに見えるな。
明らかに、メラニーの態度に苛ついてるもん。
ふふふ。分かり易過ぎ。
メラニーはMIYABIの方ばかり見ていて、マミーの会話が耳に入ってないみたい。
一生懸命、メラニーの視界に入って、目を見ようとしてるけど、ちっとも合わないっぽい。
よっぽどMIYABIにご執心って感じ。
パトロンだった……しかも、ただお金を出してくれるだけじゃない。
そんなの犯罪じゃん。養子の件といい、変態女め。
チーズを一口食べて、様子を窺う。
おもむろに、メラニーがハンドバッグに手を入れた。
マミーを正面から突き飛ばして、真っ直ぐMIYABIに向っていく。
ハンドバッグを床に落とし、メラニーが握っているのが包丁だと分かった。
気付いてないMIYABIとみいな……足がすくんで動けないし、声も出ない。
あれ……
ほんの少し、おかしいと思った。
メラニーが向っているのが、MIYABIじゃなかった。
みいな……
「危ないっ!」
男の人の声がして、フロアーに血が広がっていった。




