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第11話 E

 アナンに今夜メラニーが来ると伝えたら、心配して学校に来ちゃった。


「バイトは?」

「今日は夕方からだから」


 夜も働いてるのか。


「あんまりキョロキョロしないでよ。部外者ってバレるでしょ」

「ごめん。慣れないから」


 午後のキャンパスは人がまばらで、芝生は目立ちすぎるから、自販機近くのベンチに座った。


「飲む?」

「いらない」


 自分の分だけってわけにもいかないから、コーラを2本買って1本渡す。


「いらないってば」

「いいから。たまたま当たったの」

「そうなの?」


 ヨレヨレのTシャツにスポーツ用のハーフパンツ、素足にサンダル。


「寒くないの?」

「大丈夫。それで、今日はママは何しに行くの?」

「パパが香港の出張でお土産を買ってきちゃったの」


 パイナップルケーキのチョイスは恥ずかしいから、パパの名誉の為に言わないでおいてあげた。


「外で会おうとしてたから、お寿司とって、家に呼ぼうって言ったの」

「来るって?」

「うん。朝、パパに確認した」

「ママは基本、若い男にしか興味がなさそうだから、エミリが直接どうこうされることは無いと思うけど、でも、危険な人だから、あまり踏み込まない方がいい」

「例えば?」

「話をスルーするのはOKだけど、言い返すのはNG」

「なるほど」

「こっちの方がいいって勧める事はセーフだけど、何かをやめた方がいいっていうアドバイスは絶対NG」

「分かった」


 いろいろ聞いたけど、つまりは自分ファーストの女王様で、否定されるのが何よりも嫌いってわけね。分かり易いといえば、分かり易い。


「アナン、せっかくだし、ご飯食べていかない?」

「いいよ。金使いたくないし」

「学食安いよ?期限が切れそうなチケットがあるからご馳走してあげる」

「そんなのあるの?」


 あるわけないじゃん。今、私が作ったの。



 ◆



「何日食べてないの?」

「今朝、食べたよ」

「なに食べたの?」

「パンとか」

「ふーん」


 嘘だね。朝を抜いたとしても、人は昼にそんなには食べられないはずだよ。

 アナンはショーケースに並んでいるものを一通り食べた。


 飲み物はさっきのコーラを大事そうにちびりちびりと飲んでいる。

 食べられるときに食べられるだけ食べておこうっていう、人間の本能みたいなものが垣間見える。


「エミリ、アナン……」


 みいなから声を掛けられるなんて初めてだった。


「みいな!おっつー」

「コンニチワ」

「おつ……こんにちは。何やってるの?」

「この飢えた猛獣にエサをやっているのだよ」

「飢えた猛獣……って……ふふ」


 アナンには分からない日本語を敢えて使っているのが伝わったんだ。

 みいなとは、笑いのツボが合いそう。


「ウエ?モウジュ?」

「アナンは分かんなくていいの」

「ナニナニ?オシエテクダサイ」

「ほらぁ、みいなが困ってるじゃん」

「コマッテル?ダイジョウブ?」

「え?あ、私は別に……」


 なぁに?このクソ甘い雰囲気。こっちが照れるわ!

 赤い顔して汗を拭くみいなと、それを心配そうにあわあわしてるアナン。


 ひょっとしてって思った。

 昨日、織田さんから聞いた『透明感がすげえ美女』に恋してる……って、ああ。納得。でも、残念だけどアナン、みいなは脈無しだよ。あの金持ちイケオジ彼氏だもんね。あんたに勝ち目はない。



 ◆



 やんなっちゃう。アナンはともかく、みいなみたいな幸せお嬢様には私の悩みなんて分かりっこない。


 いつもより早く帰ってきたパパと、部屋を掃除する。


「エミリの気持ちには配慮するつもりだが、メラニーには愛想よく頼むな?」

「どうして?私、彼女のこと好きになれないって言ってるよね?」

「パパは好きなんだよ」


 そんなハッキリいう事なくない?やりづらいっていうの。


「メラニーはこれまでたくさんの身寄りのない子供たちを引き取って育ててきたんだ」


 育てたんじゃない。虐待してきたんだよ。


「離婚をきっかけに日本に来て、一人でアナン君を育てながら会社を経営してるんだ」


 アナンは自立してるよ。ママの世話になんてなってない。


「私はね、エミリ、メラニーのような頑張る女性の力になってあげたいんだよ」


 それは力じゃない。パパは養分にされそうになってるんだよ。


 言いたいことはいっぱいあるけど、どれもパパを傷つける。

 パパはお人好しだ。メラニーの本性を聞いたところで、理解はできないかもしれない。


「やってみるけど、できなかったらごめん」

「ありがとう、エミリ。いい娘を持って、私は本当に幸せだよ」


 私も。パパの幸せは、私が守ってあげるからね。



 ◆



「今日はお招きいただきありがとうね、エミリ」

「どういたしまして。先日、具合が悪くなって帰っちゃったって聞いて」

「そうなのよ。たまにあるの、ああいう事が」

「アナンが傍にいないと頭が痛くなっちゃうことが?」


 平然を心がけて、パパには聞こえないボリュームで。


「まあ。何を言ってるのやら」


 メラニーの笑顔が引きつっていることを私は見逃さない。


「とうてい親子とは思えない関係に見えたから。なんとなくそうかなって」

「似てないわよね。血が繋がってないんだもの」

「血が繋がってなくても、親子は親子ですよね」


 メラニーが鼻で小さな溜め息をつき、一瞬、上を向いて白目になった。


「エミリ、今日は可愛くないわね」

「メラニーも今日は全く良い人に見えませんね」


 コミックなら、目からバチバチと火花が飛んでたかもしれない。


「アナンに何か聞いたの?」

「何かって、何のことでしょうか?」

「いいわ。あの子は分かってないのよ」

「何が分かってないって言うんですか?」

「自分の立場よ」

「……」

「自分の置かれた立場をまるで理解していない。あの子は私の保護下に無ければ生きてはいけないのよ。そのことをあまり軽んじないで欲しいわ。あなたとどんなコミュニケーションを取ろうが知ったこっちゃないけど、これ以上の無礼は慎んで頂きたいわ。それが結果として、あの子の為になるのよ」


 メラニーの笑顔にゲロが出そうだった。




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