48「えー、なんでよー?」
事情は知らないし、この先聞くつもりもない。
けれど、レオとヴィートは「自由」をアルマに約束し、アルマは即答でレオたちの話を聞くことを受け入れた。
つまり、その「自由」は得難いものだったのだろう。
「アルマを助けてくれたから、今度は私が二人のためにできることをする」
ブランカの言葉に、ヴィートは驚いた表情を徐々にやわらげた。
「……天使には、事前にあなたが生き返ることについて話してあります。けれど、申し訳ないのですが、今度は彼が死んだことになりました」
「ありがとう」
「……はい?」
「アルマを助けてくれて、ありがとう」
「いえ……こちらにも恩がありますから」
「うん」
それだけを言ったっきり、ヴィートは約束を守ってアルマがしたことには口を閉ざしてくれた。
厳重に守られた貴族の元にいたはずの魔法使いを全員回収するということ。
それがどういうことか、言われなくてもブランカにはわかる。
そしてその者たちを安全に送り届けるということの難しさも。
魔法は万能ではなく、人を自由自在に、それも瞬時に移動させるようなことはできない。
ここへ引きこもって約二ヶ月。
それ以前に魔女や魔法使いが消えていたという話は聞いたことがない。
ヴィートが「アリスは死んだ」とレオに伝えたことも、アルマが初めからブランカを魔女だと知っていたことも、つまり、そういうことなのだろう。
どこか神妙な顔をした二人に、ブランカはひらひらと手を振る。
「まあ、色々気にしないで。説明も懺悔もいらないから。心配しなくていいよ」
軽く言うと、二人はあからさまに顔を険しくした。
「えー、なんでよー?」
「だって……お前、それ本気で言ってるんだろ」
「逆に怖いんですよ……」
「なにが?」
「いえ、なんて言うんですかね」
「色々請求してくれたり、恨み言を言ってくれる方が気が楽ってこと」
「うん。だからだよ」
と、わざと言ってみると、レオもヴィートもげんなりした顔になった。思わず笑ってしまう。
「冗談だってー」
「聞こえません」
「聞こえねえよ」
「本当、本当。気にしてないよ。私が何もわかっていないまま言ってるように見える?」
何となくそう聞く。
ブランカが出て行くのを待っていたヴィートが、それから色々と動いて今があることは、きちんとわかっている。二ヶ月という短期間で全てを終えられたのは、誰が手伝ったのかも、アルマが魔女と会っていた理由も、なんとなくだが理解した。
「……わかって、言ってるんですね?」
「そうだよ」
「じゃあ、こちらもそのまま受け取りますが」
「そうして。アルマを助けてくれたこともそうだけど、家族だからできることがあるなら、そのときに言って。手伝う。それまでここで好きに暮らしてる」
「……」
ヴィートが、ゆっくりと瞬きをする。
そうして、青い丸いレンズの向こうで微笑むように目を伏せた。
「そうですか」
情の深い人なのかも知れない。
ふとそう思い、これからも関わっていけることを自然と嬉しく思えた。
「これから大変になるだろうけど、身体に気をつけてね」
「今までのあなたほどではないですよ」
「私かなり働いてたもんねえ」
「ふ」
笑うその顔を新鮮な気持ちで眺める。
隣に座ったレオを見れば、気のゆるんだ顔でヴィートを見ていた。
ブランカはなんとなく、新しくできた場所でも、二人が行き詰まることなくやっていけるような気がした。
お互い補い合って、支え合って、そうして、自分たちが選んだ方へ力強く進める。
「頑張ってね」
ブランカの心からの言葉は、今度は正しく届いたらしい。
二人は少年のような笑みで笑ったのだった。
「わあー!」
「お、来た来た」
「これ、りんごですか?」
「お花みたい」
「ツヤツヤしてるな」
「砂糖を焦がしてるんですよ」
アルマが「おやつ」を持ってきた瞬間、三人が立ち上がってテーブルに置かれるそれを見て口早に話していると、アルマから「落ち着いて」の言葉をもらった。
そわそわしながら着席する。
ごろっとしたりんごを花のように丸く敷き詰めたそれは、茶色くツヤツヤと光っていた。アルマが切れば、りんごの下にあるクッキーのような生地が顔を出し、りんごの甘酸っぱい香りがふわりと立ち上る。
途端に、三人が「おお」と声に出していた。
アルマは何とも言えないような顔で切り分けているが、ブランカにはわかる。
これは照れているのだ。
「……はい」
と、珍しくレオとヴィートに先に皿を出したのだから、きっと今回の自由への「お礼」に違いない。ブランカがにこにこしていると、それに気づいたアルマはほんの少し眉を下げて、最後にブランカに一番大きな一切れをくれた。
「ありがとう。美味しそう!」
「そうだといいんだけど」
「いや、うまいぞ」
「おいしいですね……」
「あ、また先に食べてる!」
ブランカは急いでフォークを手にして、そっと突き立てる。
りんごがぐらりと崩れそうになりながら、クッキー生地までしっかりと突き刺し、急いで口に運んだ。
「……お、おいしい」
焦がした砂糖のほろ苦さ、りんごの甘みとさわやかな酸味、クッキーのバター風味。どれもが次々にブランカの「おいしい」を刺激していき、勝手に顔がとろけていく。
隣のアルマは「まあまあだね」なんて言っているが、その横顔は嬉しそうだ。
「ふふ」
嬉しい。
ブランカも嬉しかった。
色々とあったけれど、四人でこうしておいしいおやつを黙々と食べていると、そう思えた。
「よかった。なんか色々あったけど、よかったねえ」
ふにゃ、とブランカが笑うと、ヴィートは穏やかな目をして、レオは目元を眩しそうに細めて、それからアルマはにこやかに二人にナイフを飛ばした。
もちろん、防がれたが。




